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我慢にはダンゴムシ


「納得いかない」



 公園で俺は一人ぼやく。


 リンネは蝶を追いかけ、一ノ瀬はそれを温かく見守る。おお、それはまるで仲の良い姉妹のようなワンシーン。


 しかしワンシーンの隅でベンチに腰掛けて不貞腐れている俺を見て欲しい。俺が主人公なんだ、俺を中心に捉えて欲しい。


 俺が不機嫌なのには理由がある。


 それは、さっき一ノ瀬からされた提案に起因するものだ。


 ぽわわわん、と回想へゴー。



『あんたと私、交代交代でやらない?』



 俺は言った。



『は?』



 冷たい目で見下された。しかしそんな視線をぶつけられても訳が分からない。なんだ交代交代って。



『ぶっちゃけ、あんた有利のレースでしかないよね。今のこの状況って』



 一ノ瀬は先輩を真人間にしたい。対する俺は巻き戻りまくってイケメンになりたい。


 大学に行ってヤリ…………んんっ、テニサーに入らないようにするには、三年生からスタートして卒業、そしてサークルに入会するまで一年ちょっとと少し時間が掛かる。


 そして俺。俺はものの数秒で巻き戻すことが可能。なるほど、確かに俺有利かもしれないな。その気になれば先輩に出会う前に戻り続けることが可能なのだし。



『俺の数値が100%になるまで我慢するとかは?』


『や、私にメリットないもん』



 メリットと来ましたか。損得勘定だけで人間関係を構築すると後で痛い目をみますよ?


 リンネの目が『どの口が言っとるんじゃ』みたいな視線を送ってきたが無視。華麗に無視。



『しかしの麗人。お主も巻き込んでしまった負い目はあるはずじゃぞ。そこを鑑みれば、交代交代という持ちつ持たれつという関係は、十分な落とし所じゃと思うが』


『む……っ』



 負い目を言われると言葉が出ない。しかし、その十字架はいつまで背負い続ければいいんだろう?



『だからあくまでもフェアにいきたいの。私が失敗すれば巻き戻って、今度はあんたが好きなタイミングで数値を上げればいい。もしも先輩をサークルに入れないことに成功しても、次また同じことをすればいいだけだから……あんたに付き合ってあげるけど?』


『え? あんたと付き合ってあげるけど、って?』


『耳腐ってんの? 6号の釣り針で耳かきしてあげようか?』



 返しでズタズタになりそうだ。ひぃ、想像するだけで痛い。


 とはいえ、今この場で反論できる言葉は持ち合わせておらず。お互いの立場を考慮した結果のフェアな持ちかけだとは思う。


 思うが……。



『一つだけ条件を出してもいいか?』


『聞く耳は持ってないけど、いいでしょ』


『許可するなら聞く耳持ってくれよ』



 こほんと咳払い一つ、指を一本立てて言葉を続けた。



『先輩との出会いだけ、邪魔してもいいか?』


『…………一応聞くけど、どうして?』


『俺は一ノ瀬に告白した。それは一ノ瀬と付き合うつもりだったからだし、いずれ先輩を諦めて俺と付き合うことになるだろうから……って痛い痛い痛い!!』



 指をへし折られるかと思った。まったくなんて女だ。


 手を自分の背中に隠し、少し怯えた視線を一ノ瀬に送りながら言葉を続ける。



『期間にして一年ちょっと。その間俺は何もすることが出来ず、ただ日々を過ごすだけだ。対して一ノ瀬は自分が失敗したとしても、俺はすぐに死んで戻ることになる。待ち時間は圧倒的に一ノ瀬のほうが少ないわけだ』


『……それで?』


『どうせ暇になるなら、邪魔して遊びたいだろ?』



 つまりこれはただのイタズラ。毒にも薬にもならない俺の暇潰しだ。


 長い月日を待つことになるんだ、それくらいは許可して欲しいところだが。



『……ま、いいでしょ』



 許可を貰えた。やったぜ。


 一ノ瀬は何故かドヤ顔で胸を張って俺を見る。



『どうせ、あんたが何かしたところで私と先輩の間にある愛情にはヒビひとつ入れられないんだから』


『おいリンネ、でっけぇダンゴムシだ!!』


『どこじゃ!?』


『私の話をデカいダンゴムシなんかで…………いやでっか!!』



 ぽわわわん、と回想終了。


 こうして、話は強制的に終わり、リンネの昆虫鑑賞の時間となったわけだが。


 時間が経つにつれて、何故俺が我慢をしなければならないのか、という気持ちがふつふつと沸いてくる。


 これは俺の人生であり、俺の周回だ。人の色恋を応援するためにループしているわけじゃないんだが……。



「見ろ深愛! デカいバッタじゃぞ!!」


「わあ、ホント。出来れば近付けないでねー」



 笑顔で拒絶する胆力の強さを見習いたい。


 …………まあ、いいか。


 いつもであれば周りの気持ちなんて無視して自分のやりたいことを優先していたはず。


 だけど何故だろう、こうして少し離れて二人の笑った顔を見ていると、ちょっとくらい回り道をしても良いかと思えてくる。



「じゃあテントウムシはいいか!? デカいぞ!?」


「うーん、よくないかなあ」



 実際は虫の押し付けとやんわりと断る引きつった笑顔だが。


 そんな光景をぼんやりと眺めていると、視線に気付いた一ノ瀬が俺を睨み付ける。



「何見てんの」


「微笑ましい光景を温かな視線で見つめたらダメか?」


「性犯罪者みたいな微笑みだったけど?」


「失礼な」



 とても辛辣だが、本気で嫌がっている様子はない。


 最初に比べれば、一ノ瀬も俺に慣れたものだ、と思う。記憶を持っていない頃の一ノ瀬だと、俺を見るなり悲鳴を上げるか暴言を吐くか……。



「一ノ瀬ってなんで人気あるんだろうな……」


「は? 何なの藪から棒に」


「いや……口は悪いのに、どうして人が集まってくるんだろうなって」


「口が悪いのは自覚してるけど……それ以上に内面が美しいからね」



 なんか言ってる。


 俺がジト目で見つめ続けると、言葉が照れくさかったのか咳払いをして誤魔化し始めた。



「そ、それに……っ、私の口が悪いのはあんた限定だし」


「なんで?」


「なんでって…………なんでかな?」



 俺に聞かれても。


 あごに指を当てて、考える仕草を見せる。


 動作一つ一つがとっても絵になるが、今の内容は俺への暴言。絵になっていい内容ではなかった。



「先輩と付き合う前とか、いや付き合ってた時でも結構告白されたけど……普通にやんわり断ってたしね。なんか言いやすいのよね、あんた」


「暴言吐きやすいって、絶対褒め言葉じゃないよな」


「褒めたつもり無いけどね」



 軽口の応酬。そんな時にふと思った。


 ああ、俺会話してるんだな…………と。思わず笑みが零れる。


 俺の笑みを目ざとく見つけ、一ノ瀬は訝しげな視線を送ってくる。



「俺って、今まで人と会話したことないんだなって」


「いきなり重いんですけど」


「そうでもない。あの顔だったからな、誰からもコミュニケーションを拒否されてたってだけだ」


「ほら重い!」



 そうだろうか。慣れているせいで麻痺してるだけか?


 だから、人と会話しているということ自体が俺からすれば奇跡のようなものだった。



「一ノ瀬は、俺の元の顔を知ってて尚、まだ普通に接してくれるんだなと思ってな。口はとんでもなく悪いけど」


「まぁ……とんでもなく自己中だし、無駄に偉そうだし、まだちょいブサって感じだけど。悪いやつじゃないってことは分かったからね。私の口が悪いのは、あんたの態度が悪いからだけど」


「そりゃ、顔を見るだけで暴言を吐かれ続けてたらひねくれもするわ」


「って言われても……覚えてないからね。でも、ごめんなさい」


「え、いや……謝られても……」



 まさか謝罪されるとは思っていなかったので、流石に慌ててしまう。


 困ってる俺を尻目に、吹き出したように一ノ瀬は笑い出す。



「ぷっ…………あははっ、何困ってんの」


「だって謝られるとは……って、何してんだお前!!」



 俺と一ノ瀬が喋ってる最中からちょくちょく気になってたけど!


 リンネは暇なのか俺のポケットの中に何かを入れ続けていた。なんだこれ…………ダンゴムシかよ!



「ワシのことを無視するからじゃ!」


「だからって虫を入れんじゃねぇよ!!」


「おあとがよろしいようで」


「何も良くねぇー!!」

読んでいただきありがとうございます。


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