大根役者の待ち人来たる
巻き戻って以降、俺の行動は以前とは異なるものとなっていた。
今までの俺といえば、死ぬために機会を待つ、といったある意味受動的なスタンスだったが。
今回からは違う。相手のことを調査、理解。居場所を推測し、看破する。最後は追跡だ。
要するにストーカーのようなものだった。
見えますでしょうか、前にいらっしゃるのは明るい茶色のセミロングの美しい女性、一ノ瀬 深愛でございます。
休日ということもあり、普段見ることのない私服は新鮮に映る。欲を言えば前からも見てみたかったが……見つかるわけにはいかないので、後ろ姿だけで我慢するとしよう。
歩く度にスカートは揺れ、通り過ぎていく男性すべてが振り返る。
まだ少女とも呼べるほどの年齢だと言うのに、異性を惹きつけてやまないフェロモンを無意識に発しているようだ。
こうやって尾行し続けていれば、いつかは先輩とやらに出会い、交流を経て交際に移るのだろう。
「………………待てよ?」
ふと思う。
いつ出会うんだろう?
季節はまだ春。巻き戻ってあまり時間は経っていない。
もしも夏だとしたら? 秋かもしれないし、もしかしたら冬の可能性だってある。
最長で4シーズン、俺は尾行し続けるのか?
気の長い話に、目眩をする気持ちを覚えたが……まあ、この周は偵察と割り切るしかないだろう。
ここで知っておけば、次の周からもっと効率的に動けるはずだ。
そんな時だった。
「やだっ……離してっ!」
うら若き女性の悲鳴。俺は吸い込まれるように声の方向を見ると。
一ノ瀬だった。
男三人に絡まれ、一人に腕を掴まれていた。
…………なんか見覚えのあるイベントだな。
前にもこんなことがあったような、無かったような。
俺が物憂げに思考に耽っている間にも、あちら側では会話はどんどんと進んでいく。
「すげぇ可愛いじゃん。ね、遊びに行こうよ」
「絶対楽しいって。いいじゃん」
「キミも一人でいるよりいいっしょ? 仲良く遊ぼうぜ」
男ABCは好き勝手に言いながら、一ノ瀬を取り囲むように立ち位置を調整していく。
周りの人たちは心配そうに見守りながらも、男たちのガラの悪さに一歩を踏み出せず遠巻きに眺めているだけになっていた。
このままでは、一ノ瀬が男の毒牙にかかってしまうわけだが……。
「い、いやぁ~、離して~」
チラッチラッ。
当の本人が何故か危機感を覚えていないように思える。
口では嫌がりながらも、台本を読み上げたかのような棒読み。そして周囲に視線を巡らせ、何かを探しているようにも見える。
後なんでか知らんけど笑ってる。なんであの人笑ってんの?
おっと、見つかりそうだった。慌てて電柱の陰に隠れる。
「きゃぁ~」
演技下手か。
俺は笑いをこらえながらも様子を見る。やる気のない口調の一ノ瀬に対し、動かない彼女にイライラを募らせていく男たち。
「ちっ……いいから来いよ!」
腕を掴んでいた男が無理やり引っ張る。
「今だっ! は、離してよ~っ!」
なんか『今だ』って言ったぞあの人。
引っ張られた手を無理やり振り解く一ノ瀬。
男の手から離れ、バランスを崩した彼女は車道にまで体を滑らせた。
ヤバい! 慌てて電柱の陰から身を出して、助けに行こうとする俺だったが。事ここに至っても何故かニヤニヤ笑っている一ノ瀬が気になっていた。
故に初動が遅れる。動きの遅かった俺の脇を、誰かが通り抜けていった。
弾丸のような黒い影は、迷いを見せた俺とは違い素早く車道に躍り出る。
車道に転ぶ彼女の体を颯爽と抱え上げ、歩道にまで戻ったその人物とは……。
「大丈夫?」
「……あ、ありがとうございます!」
学生服を着た男性だった。その制服は俺が着ているものと同一のもの。
ふと自分の足元を見てみれば、白いスポーツバッグが落ちていた。彼の物だろうか?
スポーツバッグのストラップ部分には、ネットに入れられたサッカーボールが結ばれていた。休日だというのに制服なのを察するに、部活帰りだろうか。
サッカーボールということは、サッカー部と思われるが……。
見れば一ノ瀬を無理やり連れて行こうとしていた男たちは脱兎の如く逃げ出していた。思っていたよりも大事になって怖くなったのか。
そして一ノ瀬に視線を戻してみる。さっきまでのような大根役者も指差して笑うような演技は何処かにたち消え、助けてくれた男性に熱視線を注いでいる。
同学年では見たことない。つまりあれが先輩ということか。
あれ、高校時代はサッカー部なのにテニサー入るんだ?
「怪我がなくて良かったよ」
一ノ瀬の体を見た後、先輩は俺の方へと向かってくる。
俺の足元にあるスポーツバッグを拾い上げ、一ノ瀬の元へ戻るが……。
彼女の視線は俺へと向けられていた。
先程の熱は何処へやら、驚きに見開かれた目は予想だにしていなかった人物の到来を示していた。
引きつった頬はイレギュラーを発見した証、わなわなと震えた体は死ぬ直前だったという恐怖から来ているのか。
それとも俺という不穏分子に怒りを覚えているからか。もちろん後者だと思う。
「じゃあ、気を付けてね」
爽やか笑顔で立ち去ろうとするサッカー王子。その背中を一ノ瀬は呼び止めた。
「ま……待ってください!」
「……ん? どうしたの?」
「あ、あの……その制服、同じ学校ですよね。私一年なんです……っ!」
「そうなんだっ? 奇遇だね」
同じ学校という盛り上がりやすいワードで引き止めに成功した一ノ瀬。
歩道の真ん中で話に花を咲かせる二人。そんな場所に俺は空気を読まずに姿を現す。
向かった先は先輩の背後。一ノ瀬にだけは俺の姿を見えるように。
俺の姿を捉えた一ノ瀬は、俺を睨みつけながらも先輩に愛想を振りまく。
「………………ふふ」
感情めまぐるしい一ノ瀬に対して不敵な笑みを向けた俺は、自分のことを指差した。
一ノ瀬は勿論気付く。俺が自分を指差しているのを訝しげに見る。
「………………」
自分を指差した後、車道を指す。そして水泳の飛び込むようなジェスチャー。
「……っ! …………っ!!」
「……どうしたの?」
俺のジェスチャーを見て意図を察したのか慌てて首を振る一ノ瀬だが、その様子を先輩は不審がる。
俺を止めなきゃいけないが、先輩に良く思われなければいけない。
ひと目見てわかるくらいに、テンパっているようだ。
ぼく知ってるよ、現状を解決する最も効率的な方法を。それはね、こうするんだよ。
「あっ!」
最後に聞いたのは、驚きに声を上げた、一ノ瀬の綺麗な声だった。
――鼻筋1%ダウンじゃ。何しとるんじゃお主。
ふふふ、すべて計算のうち。ダウンと言っていられるのも今の内だけだぞ?
――なんで無駄に得意げなんじゃ……。
「ふっざけんじゃないわよっ!!」
巻き戻った家の前、怒りで顔を真っ赤にした一ノ瀬が待ち構えていた。
対する俺は澄まし顔。それが余計に気に入らないのだろう、体がプルプルと震えているようだ。
「自分の手で巻き戻るほど、私の邪魔をしたいってわけ!?」
まあ、それもあるけど。あれに関しては少し違う。
「あそこで死んだら面白いかなって」
「面白いわけ無いでしょ!? 頭湧いてんじゃないの!」
「だってさ、必死に演技頑張って先輩が助けてくれるように仕向けたわけだろ?」
「ぐっ……!」
押し黙る。
「『いやぁ~、離して~』ってな。主演女優賞間違いナシの技量ですな」
「う……うるさいっ! じゃあなに、私の頑張りを無かったことにするために死んだっていうの!?」
「というか、何度も繰り返せば演技も上手くなるかなって」
「余計なお世話っ!」
怒り心頭。その言葉がピッタリ合致するくらいに一ノ瀬は怒り狂っている。
だが、と俺は思う。前もって言っておいたと思うんだが。
「俺、邪魔するって言ったよな?」
「言ったけどさぁ! いや…………言ったけどさぁ!」
「安心してくれ。次からは出来るだけ自殺はしないから。俺もペナルティ嫌だし」
「あー……ムカつく…………死ねっ!」
「待ってましたっ!!」
――鼻筋1%アップじゃ…………深愛が怒り狂うところまで予想しとったのか?
モチよ。勢い余って言葉を漏らすのまで想定済みだ。
――その頭の回りの良さを、対人関係に使ってくれんかのう……。
使ってるじゃん。
――だいぶ利己的な使い方じゃがな。
失礼な。しかし否定は出来ない俺だった。




