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the "future" in the box

作者: 初音硝子

  心臓の音がうるさかった。


 ものすごくうるさかった。


 僕は初めて僕の心臓の音を聞いたのかもしれない。


 あるいは、僕にも心臓があるんだということを、初めて認識できたのかもしれない。


 どきどきどきどき


 徒然なるままにじゃないけど、頭の中でいろんなことが飛び出したり引っ込んだりしている。


 何かしていないと死んでしまいそうで、でもこの家から出ずにできる仕事は何もかも終わってしまっていて。


 そういう意味では、することがなくて暇、所謂「徒然」に当たるのだけれど、今の僕は、この心持ちは。


 心待ちにしていた「彼女」の発送開始日が昨日で。


 「今から送られますっ!」というメッセージと一緒に、段ボール箱を被った「彼女」の写真が送られてきたのが今朝で。


 もう受取希望時間はとっくに始まっていて。


 「まだかな?」


 「まだかな?」


 さっきから意味もなく呟いてばっかりだ。


 しかしそれでも、意味がなくたって何かしていないと落ち着かない。


 この心待こころまちを、心持こころもちを一体どうすればいい?


 片付けるところも、譲るあてもないこの気持ちを?


 どうすればいい?


 だれか教えてくれ、───なんてね。


 言ってみたって変わらない。


 待ち遠しさは、煩わしさは、消えてくれないし、消えてくれるはずがないわけで。


 今この瞬間も対面の時が迫っているんだと考えると、そう、まさに、居ても立っても居られないんだ。


 心配してるんじゃない。


 楽しみにしている、のは当てはまるかもしれないけれど、ちょっと違う。


 この気持ちは体験しないと解らない。


 きっと言葉の限界なんだ。


 知らないことは連想させられない。


 だって、あらゆる物音が「彼女」のオトに聞こえるんだ。


 階段を上る足音も、外の通路を歩く音も、緊張した息遣いも。


 聞こえるはずないのに、聞こえてしまうんだ。


 そんな経験、並じゃない。


 特盛でもない。


 別枠みたいな。


 そんなk

 「ピーンポーーン」




 ……



 ………



 …………ドアチャイム。


 ドアチャイムが鳴る音がした。


 確かにあれはこのアパートに備え付けられているドアチャイムだった。


 僕の部屋のが鳴ったんだよな?


 隣の部屋のを聞き間違えたんじゃないのかな?


 万が一ではあるけれど僕の幻聴の可能性もあr

 「ピーン、ポーーン……」




 鳴った。


 再び。


 いや、()()()


 間違えようもなく間違いなかった。


 これは間違いなかった。


 僕の部屋のドアチャイムではなかったけれど、このドアの向こう側に、いる。


 狂いそうなほど心待ちにしていた「彼女」が、いる。


 僕はただ、あと一歩踏み出して、ドアノブを回し、扉を開くだけでいい。


 それだけ。


 僕らを隔てるものはもはやこの、薄っぺらな木の板しかない。


 厚さ3センチもない板。


 手を伸ばせば届く距離。


 どうしよう?


 「開く」


 ただ、ただ、それだけが遠い。


 あと少し、もう少し、ほんの少しだけが。


 近くて、遠かった。


 「彼女」はやってきた。


 時空を超えて、やってきた。


 画面を超えて、やってきた。


 こんなところまで、こんな僕のところまで来てくれた。


 「ありがとう」


 と。


 それ以外になんと言うのだろう。


 むしろなにを言うべきなのだろう。


 倒れこむように抱きつく僕を同じように抱きしめて、


 「何ですか?どうしたんですか?マスターはしょうがない人ですね」


 聞き慣れた、聴き慣れた、聴き焦がれたあの声で、


 歌声で、「彼女」は言った。


 こんにちは、おめでとう、初めまして。 どうぞよろしく、初音ミク。


 今日は僕が生まれた日だ。

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