黄色の光と黒色の光
「今日も元気にいきますよー!」
バーベナは窓を開け放って雲一つない空を見上げた。
「エルアさんー!ユキシィさんからお届け物です!」
素敵な花壇が特徴的なお洒落な家のドアを叩く。バーベナはここ植えられた花たちの香がとても好きだ。花には蝶が、水場には鳥が、ここは動物たちにとっても心地の良いもののようだ。
そんな光景をバーベナが横目で見ているとドアの向こうから音が聞こえてきた。もうすぐ家主が出てくるのだろう。
「はあい、バーベナちゃん。ありがとう。」
「いえいえ、これもお仕事ですからー!こちらにサインをお願いしますね。」
「はいはい。確かに受け取りました、と。ユキシィによろしくね。」
バーベナはエルアのサインが書かれた紙を丁寧に折りたたんで仕事用のポーチに入れる。
「こちらも確かに受け取りました!ユキシィさんにも伝えておきますねー。」
「いつも本当に助かるわ。これはお給金ね。」
そう言ってエルアはバーベナに硬貨を握らせた。エルアの好意にバーベナは嬉しく思ったが、既にユキシィからお給金を受け取っていたのでそれを首を振って断った。
「ユキシィさんからこの分のお金は受け取ってますからいただけませんよー!これ以上受け取ったらおばあちゃんに怒られます!」
「相変わらず良い子ねえ。でももっと甘えても良いのよ。」
「んー……。そうです?……そうですかね?」
いつもなら直ぐに断ることができたバーベナだったが、今回は違った。先日花屋で見かけた、ここでは珍しい花。あれを使って魔法薬が作りたかったバーベナは迷ってしまった。
「そうよ。人間、たまには自分を甘やかさなきゃね。」
「………では今回はありがたく甘やかさせていただきます!」
そうしてバーベナは硬貨を握りしめた。
その際、数枚の硬貨が落ちた。それはチャリンと気持ちの良い音を立てた。拾わなくちゃ、とバーベナが思った時にはその硬貨は既に消えていた。
「お金もーらい!」
そうこちらを向きながらおちゃらけるのはこの辺りで有名な子供たちの一人だ。
「それは私のお金ですー!」
バーベナがそう言うと、
「俺は落ちてた物を拾っただけだよーだ!」
「だからそれが私の物だと……。」
「えー!何でこれがバーベナ姉ちゃんのものなの?」
「名前も何もないのに、証拠もないのに決めつけちゃ駄目だよ!」
ワラワラと何処からともなく子供達が増えていく。そう、彼らはこういった悪知恵による悪行で有名な子供たちだった。元気で活発で身軽な彼らにこの辺りの人々は手を焼いていた。
「屁理屈ばかりこねくり回して……おばあちゃんにかわって私が拳骨くらわせますよー!」
そう言って駆け出したバーベナをエルアは申し訳なさそうな顔で見送った。
「みんな逃げるぞー!」
子供たちはその言葉で一斉に逃げ出す。
「森でお師匠……おばあちゃんに鍛えられた私から逃げられますかねー?!」
こうして何度目かの、子供たちとバーベナの追いかけっこが始まった。
子供たちはその身体を活かして細い路地に逃げたり元から設置していたであろう罠で足をとったりと、大人に不利な追いかけっこを仕向けたはずだった。しかしバーベナにとってそれは効かなかった。
バーベナは幼い頃から深い森に暮らし、厳しくも優しい魔女トゥルペに様々な事柄を教わってきた。それらを乗り越えてきたバーベナにとって、こんな追いかけっこなど片手でタマゴを割るくらい簡単なことだった。
「はい、一人目ー!」
ベシン!
「二人目ー!」
ベシン!
肌が叩かれる音の後に聞こえる仲間の大きな泣き声に振り向いた子供たちが見たものは、尻に真っ赤な手形を浮かばせて泣く仲間たちだった。
それに恐れを抱いた一人がバーベナに自首をした。
「ご、ごめんなさい……。」
それにバーベナは目を閉じて深く頷く。
「自ら過ちを認めて謝る姿勢はよろしいです。……しかしもう罰を与えたものがいる以上、連帯責任です!あなたも私は叩きます!」
そうして聞こえてくる、ベシン!という肌を叩く音。それから泣き声。子供たちは最早お遊びではなく本気で逃げ出した。
数十分後、尻に真っ赤な手形を付けた六人の子供たちと硬貨を取り戻したバーベナの姿があった。
「バーベナ姉ちゃん痛いよー!」
「お尻が凹んだあ……。」
そんな子供たちの泣き声にバーベナは応える。
「痛くしたので痛いのは当然ですし、お尻はそう簡単には凹みません!……まったく懲りない子たちですねー。」
ジロリと睨むバーベナに子供たちはそっぽを向く。それにバーベナは溜め息を付くと
「またやったらまた連帯責任ですからね!」
と言ってその場を去った。
そう、バーベナとこの子供たちの追いかけっこは初めてではない。初めて追いかけっこをした時は子供たちの嘘泣きに騙されたが、何度も繰り返されるこれと、王都の他の出来事でバーベナは騙されることなく子供たちを叱るようになった。
バーベナは王都に来たその日に持っていた金銭を失った。
温かく迎えてくれた王都にバーベナは舞い上がった。勧められた食べ物は全部食べたし、良いと思った物は積極的に受け入れた。そんなバーベナの姿に民衆は笑ってくれて、そんな民衆にバーベナは笑った。
日が落ちて、一通り楽しみ終えたバーベナは今日の宿を探そうと宿街を歩いていた。すると狭い路地裏から声が聞こえてきた。
「そこの人……。聞こえてるなら来てくれないか……?」
その声が聞こえたバーベナはその声の元に近付いた。そこにはボロボロのフードを深く被った年老いた男が小刻みに震えながら立っていた。
「おじいさん、どうしたんですか?!何かできることはありますか?!」
その姿にバーベナは慌てて声をかける。
老人はそんなバーベナにこう頼んだ。
「何日も食べてない……水だけで良いから飲みたいんだ……。だが私には水を取りに行く気力がもう無い、迷惑かけるが良かったら私に水をくれないか……?」
「水ですか?水なら持ってるのであげますよー!」
そう言って大荷物の中から水を探し始めたバーベナに、老人は少し慌てて声をかける。
「私が飲みたいのはここから暫く行った先にある特別な水なんだ。そこまで水を取りに行ってくれないか?」
どう聞いても怪しい言葉だった。
しかし長いこと人の悪意に触れてこなかったバーベナにはそれが怪しいとわからなかった。
「わかりましたー!少し待っててください。」
そう言って腰をあげるバーベナに、老人は更にこう声をかけた。
「その荷物では大変だろう。全部……いや、その重そうなウェストポーチだけでも下ろしていくと良い。」
怪しい。どう受け取っても怪しい言葉だった。
バーベナですら疑問に思ったが、確かにそろそろ荷物が重くなってきた頃だったのだ。
「じゃあ少し荷物を置いていくので、水を取りに行くかわりに見ていてくださいー!」
バーベナはいくつか荷物をその場に置いて、水を取りに行った。
結果。
水場などは何処にもなく、どうしようかと帰った場所にはあの老人はいなかった。そしていくつかの荷物も。残っていたのは物は、老人が価値を見出だせなかった物たちだけだった。バーベナが騙されたことに気が付いたのはそれが理解できた時のことだった。
そうしてバーベナは王都に来て早々一文無しになったのだ。
その後はひたすら師であるトゥルペと心優しい人たちに感謝しながら必死に過ごした。
トゥルペから教わった術で生計をたてて、やっと今の生活を手に入れた頃にはバーベナはすっかり人の悪意にも敏感になっていた。
「まったく、あの子供たちは懲りないですねー……。」
そう呆れながら道行くバーベナに一人の青年が紙を差し出す。無意識に受け取ろうとしたその紙は、後ろから伸ばされた手に奪われた。
バーベナが後ろを振り向く。
「号外号外ー!勇者のコウジ様とミサ様、それから我らが誇る兵士たちが魔族に勝ったぞー!」
青年はそう言いながら紙を配っていた。
「……そう、ミサは死んだのね。」
バーベナが振り向いた先には、黒い髪に黒い目を持つ同い年くらいの少女が立っていた。
大きな風が吹いて、少女の手から紙が攫われる。少女の瞳がバーベナに向けられた。
バーベナの光を集めたかのように輝く黄色い瞳と、少女の闇のように深く吸い込まれるような黒い瞳が交差した瞬間だった。




