夜の強襲
初めて目にしたのは母だった。その次に兄弟。父を目にしたのは一番最後。父は出産の時に間に合わなかった。一番乗りで駆けつける気満々だったのに、仲間と過ごしていたら遅れたらしい。母にとても厳しく怒られていて、しょぼくれた父を今でも覚えている。
そう、それが俺たちの共有する温かな記憶。
「早く逃げろ!」
「逃すな、囲え!」
正反対の言葉が交差する。
焦げた匂い。黒い煙と赤い炎。飛び交う怒号、絶叫。倒れる見知った顔と、見知らぬ顔を持つものたち。武器のぶつかり合う音。
全て知らなかった。今日までは。
始まりは三軒向こうの家だった。そこから火の手が上がった。それは真夜中の出来事で、そこのおばさんが慌てて出てきて火事を告げた。
何だ何だと住むものたちが出てきたところにその声は落ちてきた。
「出てきた……!ファイヤーバースト!」
その言葉と同時にたくさんのものが燃えた。
焦げて炭のようになった同胞を呆然と見つめられたのは、一瞬だろう。
「て、敵襲!人間だ!!バーベリア領の方から人間が来てる!」
その言葉に一気にパニックに陥った。
とにかく逃げ出そうとするもの。泣き出すもの。武器を手に駆け出すもの。子どもを抱えて呆然と立ち尽くすもの。何故だと騒ぐもの。
落ち着きたかった。ひと息でも良かった。
けれどそれすら許されなかった。
「逃がすかよ!」
逃げ出そうとしたものを片手に持った剣で貫く若い人間の男。
「人間がこっちにもいるぞ!こっちは駄目だ?!」
貫かれた同胞の隣でこちらを振り向き声をあげた同胞は、同じ剣で切り捨てられた。
「ナイス、コウジ!」
炎の魔法を飛ばしてきた人間の女が喜んでいる。
「まあな、お前も撃てるならドンドン撃てよ!」
「私の魔法はクールタイムが長いの!コウジもやすやす逃さないでね、レスリアの方から応援がくるまでは私たちでやるよ!」
女の方はあの凄まじい威力の魔法の連発は出来ないようで、男の方をせっつくように声をあげる。
「相手は数が少ない、分散して逃げろ!」
「あの炎が飛んでこないうちに、早く!」
「気合いのあるやつは武器を持ってこい!他のやつが逃げるまでの時間をかせぐぞ!!」
様々な声が飛び交う中、武器を持って飛び出した。
「お前は家族がいただろう、共に逃げないのか?!」
「逃げたいさ!でも誰かがここであいつらを止めないと逃げたくても逃げられないだろう!俺の家族も、他のやつらも!!」
涙を流しながら同胞がそう吠える。
炎が燃え広がり、同胞の死体が転がる。
「女の方はそっちに任せたぞ、男はこちらが引き受ける!」
「わかった!女子供は皆逃げろ!煙が見えなくなっても足が動く限り走れ!」
武器を手に取り敵に向かう。敵は強かった。たった一人で同胞たちの死体を積み上げた。
「この力……俺が知ってる人間の力じゃねえ!」
「でも女の方はやったみたいだ、あとはコイツだけだ!」
女がいた方向から同胞の歓声があがっているのを背中で聞いた。
「こっちは片付いた!今そっちにいくぞ……お?」
そう声をあげた同胞の頭に穴が開き、身体が倒れる。それがとてもゆっくりに見えた。
「レスリアの旗だ!おい、嘘だろう?!」
その言葉は絶望を広げた。
「コウジ様、ミサ様、遅れて申し訳ない!」
「?!おっせえよ!ミサは死んだ!俺もヤバイから早く来いよ!」
レスリア兵を見て、朦朧としていた男の瞳に光が戻る。
「そもそも!お前らがコイツらの素材?死体やらを欲しいって言ったんだからお前らが先に仕掛けるべきだろうが!」
目の前の男が大声を張り上げて武器を振るう。疲れていることに間違いはないだろうが、味方を得たためか。先程とは明らかに力が増していた。
「申し訳ない!クルヴィ様が勇者様方に先陣を任せた方が安心して攻めていけると仰られてな。」
「ハッハ!さすが勇者、頼られたもんだな!まあ、お前らもさっさと動け……よ!」
強められた語気と共に強烈な斬撃が襲いかかってくる。
「……へえ、コレ防げるんだな……!」
「お前はレスリアの人間か?!」
こちらも負けずに武器を振るう。
「お前、結構やるじゃんか……!」
「お前の力は人間ではあり得ない!」
「お前がここのリーダーとか?!」
「お前のその力は何だ?!」
「中々強いけど……!まだまだやりたいことあるんだよな……!」
「ここまで好き勝手したんだ……生きて帰れると思うな!」
「俺さあ、勇者に憧れてる兄弟がいるんだよね……!」
「俺の同胞を、兄弟を逃がすために!」
「今の俺を見たら兄弟は何て言うかな!!」
「お前たちに俺の兄弟はやらせない!!」
ぶつかり合う武器、交錯する思い。倒れていくものたち。
お互いの言葉を理解できぬ二つの種族がぶつかり合い、ただただ凶器と混沌がこの夜ここ一帯に広がった。




