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ルアル

 アムールの谷には世界一美しい鱗を持つ巨竜がいる。その鱗の輝きの前では宝石の輝きすら霞む。またそれはとても丈夫で魔力を帯び、加工をすれば素晴らしい武具になる。その鱗を一枚でも手に入れたものは、巨万の富を得るだろう。



 「今日も騒がしいな。」

アムールの谷はこのところ騒がしくなった。ルアルは今日も自らの巣でそう思うのだった。

 騒がしくしているものが何なのか、ルアルは勿論のことながら、この谷にいる全ての龍は知っているであろう。

 「ルアル様、また人間めが押しかけております!昨日より数が増えておりました!」

 自らを慕い共に暮らすレガからの報告を受けたルアルは大きな溜め息を吐いた。

 「レガ、そこまで声を荒げなくても良い。既に知っている。だが、今回はどのくらいの規模で来ていた?」

 「はい!今回の規模は50人ほどと思われます。」

レガのその言葉に、ルアルは呆れ返ってしまった。ここまでくると笑えてくるのだ。


 人間よ、どこまでも愚かな生き物だ、と。


 「ハハハハ!50人?人間50人で何ができるというのか?揃えて我らに剣やら魔法やらを向けるのか?!愚か、実に愚か!そのようなもので我らを傷付けることなど不可能、いつになれば人間は学ぶのだ!」

最後は最早怒号だった。ルアルが前脚で地面を叩いた衝撃で石が飛び、叩かれた地面には小さなクレーターができた。


 自分より遥かに強い巨竜の怒りにレガがどうしたものかと考えていると、そこに人の形をした龍が現れた。

 「荒れているな、ルアル。」

そう気さくに声をかけたのは龍の長であるパースだった。

 「パースよ、今その姿で私の前に現れるでない。殺してしまうぞ。」

 「できるものならしてみろ、いつでも受けて立とう。」

睨み合う一人と一匹にレガの緊張度は限界を超えていた。一人は長、一匹は慕う巨竜。これらがぶつかれば他の龍をも巻き込んだ争いになるのは必須。そうなればアムールの谷は消え、周辺のものも消え去るだろう。



 「……今回はお前とやり合う為に来たのではない。」

 一発触発の空気はパースが龍になったことで収まった。ルアルと並ぶほどの巨竜であるパースは空を飛びながら、一枚の小さな紙を落とした。

 その紙は人間にはそれなりに大きく、龍にとっては小型であるレガにとっても小さいものだった。

 「先日王からこのようなものが人間の国で出回っているらしいのでな、知らせに来た。お前の様子を見てから渡そうと思っていたが、今渡しておこう。防護壁はかけておいてく。存分に暴れると良い。」



 龍の長であるパース自ら出向き。防護壁まで施し。今の状態のルアルを見て。存分に暴れると良い。

 改めて整理しても不穏な言葉の羅列にレガの頭は混沌を極めた。正直整理するために3日くらいはほしい、と切実に思っていたがルアルがそれを今与えることはなく。

 「レガ、その紙を持て。」

 「……はい。」

レガは中身を確認することなく、ルアルに見えるように紙を広げた。


 


 レガにとっては永遠にも感じるような時間、静寂が続いた。それを切り裂いたのはルアルの笑い声だった。

 「ハハハハハハ!!何だこの紙切れは!私の鱗は宝石すら霞む?武具になる?巨万の富?ハハハ!」

 そうルアルは一頻り笑うと、思い切りその紙を切り裂いた。勿論レガは無事である。

 「つまりこのところ騒がしいのはこの紙切れのせいか。私の鱗が、私の牙が欲しいと!フハハハハ!なんだ、人間にとっては命よりも巨万の富が大事なのか!……理解できぬ!!」

ルアルは怒りの咆哮を挙げ、その身体を揺らした。怒りで尾を叩きつけられた岩は潰され粉々になり、爪が強く食い込んだ地面は抉れていた。



 「何故人間は命を大切にしない?人間の寿命は私たちよりはるかに短い。その中で大切なものを探し出し、それを愛でる時間を何故生きない?何故その短い時間で争うことができるのだ?!」

ルアルの咆哮が響く。

 「私の鱗や牙など私が死んだらくれてやる。何故今を生きる私から、敢えて無駄に奪おうとするのか!」



 自然界に生きるものとして、その頂点に近いものとして、龍にとって人間の生き方はとても歪だった。

 生まれ、愛を歌い、寄り添い、死んでいく。

 人間はその短い間で命を紡ぎ次代へ繋ぎ、文明を築き上げた。龍はそれが素晴らしく、そして尊いことだと理解していた。

 短い命でもここまで紡げる。その素晴らしさを、奇跡を龍に教えたのは間違いなく人間であった。

 短い命を大切にする。それが昔の龍の人間へ対する認識だった。だがしかし、今はどうだろうか。人間の命は相も変わらず短いのに、寿命を全うする間もなく死んでいく。愛を歌った者同士で争い死んでいく。愚かな欲に呪われ死んでいく。

 なのに生を求めている。死にたくないと言いながら、自ら過酷な地に赴き死んでいく。


 この矛盾が龍にはわからなかった。

 皆で分け合っていた人間たちを知っているからこそ。尊く思い大切にしていた頃を知っているからこそ。

 今のこの矛盾を、無駄に命を枯らす人間たちを、ルアルは許せなかった。


 ルアルも生きている限りは生き続ける。自らが死んだ後、それが誰かの糧になるなら本望だ。自分の死骸で何ものかが次に命を繋げることができるのならば、それはなんて素敵なことだろう。


 「人間よ、何故そこまで落ちたのか?!」

美しき龍の咆哮は遠くまで響いた。

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