言語
みんなで一緒に、こんにちは。
いつも一緒に、こんにちは。
個性が少し出てきても。
それは良いこと、こんにちは。
個性がたくさん出てきても。
あなたはあなた、こんにちは。
そのうち個性が溢れ出し。
最初の言葉は今何処に?
その日双子のシルキーがいつものように城の雑用を熟していると、ゴブリンのアソオスは机に本を何冊も重ね、一冊一冊を食い入るように読んでは変な言葉を発し、何かを熱心に書き込んでいる姿を目撃した。
変な言葉を発する時のアソオスはどこか苦しげの時もあり、これはどういうことだろう。と双子は主であるマルベーリに聞きに行くことにしたのだった。
その日もマルベーリは書類に囲まれながらも素早く正確にさばいていた。前回自分たち双子と話すことは苦ではない、というマルベーリの本心をそのまま本心で受け取った純粋な双子は、アソオスの今の状態と双子の心配だという心境を素直に全て話した。
「うむ、リーリエとフランは自らが生まれた国から出たことはあるか?」
一通り双子の話しを聞いたマルベーリはそう尋ねた。主は何故こんなことを聞くのだろう?と思いながら双子は顔を見合わせると、首を左右に振って否定の意を示した。
「つまり二人は生まれた国とこの国しか知らぬわけじゃな。」
マルベーリのその言葉に双子はこくんと頷いた。
「素直なことは良いことじゃ!二人の生まれた国とこの国は言葉が大体同じじゃからのう。新しい言葉を覚える必要がなかったんじゃな。」
笑いながらマルベーリはそう応えた。
主に無知を笑われたような気がしたリーリエは恥ずかしさとちょっとした怒りに似た感情で、
「覚える必要がなかったのですし、私たちと違う言葉を話す人に出会ったことはないですもの!」
と声を少し荒らげて、慌ててフランに止められる。そんな二人を見たマルベーリは
「良い良い、そうして一生を終えるものもいれば自国とは違う言葉を勉強する者もいる。自国の言葉しか話せないものも、他国の言葉が話せるものも、両方いて良いのじゃ。それで悪いことなど何もない。」
と笑いながら二人の頭を撫でた。
「アソオスはな、他国の国の言葉を学んでおるのじゃよ。」
「何でなのですか?アソオス様はしっかりここでお話しできますよ?」
フランが首を傾げて尋ねると、マルベーリは続ける。
「アソオスは他国の思想などを理解したいのじゃよ。他国を理解するにはその国の言葉を学べば良い。それを学べば本も読めればコミュニケーションも取れるじゃろうて。」
そのマルベーリの言葉にリーリエが続ける。
「何故アソオス様はあんなに他国の言葉を熱心に勉強なさるのですか?」
その言葉にマルベーリはハーブティーを一口飲むと、口を開いた。
「ゴブリンはの、ゴブリン特有の文字や言葉を使うのじゃ。ゴブリン内ではそれで充分だからの。しかしじゃ、ゴブリンの言葉を理解する人間は稀なのじゃ。人間は我ら魔族の言葉を理解しなくなってしまった……。最初は同じじゃったのにな。ゴブリンは人間にとっては理解不明な言動をする魔物として認知されてしまったのじゃ。」
ここでまたハーブティーを飲んでマルベーリか続ける。
「人間はな、人間の交流の中で満足してしまい魔族との交流を拒むようになった。魔族の言葉への理解がなくなったのじゃ。多くの魔族の言葉は最早人間には理解できぬ。完全にお互いの理解がなくなれば待っているのは……。」
「色々伝えられなくなっちゃうのは駄目……!」
「仲が悪くなっちゃいます……!」
顔面蒼白にした双子の頭を撫でながら、マルベーリは笑う。
「そういうことじゃ!ゴブリンは人間との衝突も多々あってな……。アソオスは人の言葉や文字を学ぶことで相手を理解し、争いが起きないように勉強をしているのじゃよ。」
そう、ゴブリンたちと人間たちの溝はどんどん深くなっていっていた。ゴブリンが暮らす場所と人間の領土は近いことが多い。そして最近攻撃的になってきた人間たち。
ゴブリンを含め、魔族は無駄な争いは起こしたくないのが根本的本音だ。そんなことなど知らぬであろう人間はこちらを責めてくる。
ゴブリンの言葉で「何故攻撃してくる?」「欲しいものがあれば渡そう、だから争いはやめないか?」そう尋ねても、それが人間に伝わることはない。
人間はゴブリンの言葉を理解していないのだから。
ゴブリンは数も多い。その全てに人語を話せ、などということはマルベーリでも不可能だ。
増えゆく被害、そんな中立ち上がった者たちがアソオスを始めとする"まずはこちらが人間の言葉を理解できるゴブリンを増やす会"であった。
この会には少しずつだか確実に規模を拡大しつつあり、アソオスはその会長として率先して様々な言語を学んでいた。
その場面をたまたま双子が見ただけだったのだ。それを聞いた二人は納得「アソオス様にお茶とお菓子を持っていく」とマルベーリにお辞儀をして部屋を後にした。
双子を笑顔で見送ったマルベーリは目を閉じ、遠い昔に思いを馳せた。
もう戻れない、皆の言語が同じだったあの時をそっと一人思い出すのだった。




