物語られた英雄
粉すら残さず消えてしまった。
ラスティーは自分の両手を見つめた。さっきまでこの手の上には腕輪が確かにあった。しかしそう、今は見ての通りだ。跡形もなく消えてしまった。
「ラスティー、無事か……?!」
耳を押さえながらヴェーストが近付いていく。ヴェールトのことだ、きっと機械仕掛けのあれを見てきたのだろう。そしてあの不協和音を直撃ではなくとも受けたのだろう。
「私は大丈夫よ……。あなたの方こそ大丈夫かしら?」
「……直ぐに駆けつけられなくてすまねえな。」
「ふふ、あなたが直ぐに駆けつけてきたら今頃ここを病院にしなきゃいけなかったわ。」
そんなラスティーにヴェールトは押し黙るしかなかった。獣人であるヴェールトがあの不協和音を直撃で受けていたら、耳を押さえる程度では済まなかった……それこそラスティーのいうように病院を建てて三日三晩看病することになったといわれてもおかしくなかった。
「……で、結局アイツ……アイツらは何だったんだ?」
「……わからなかったわ。ただあの人間は子供てはなかった。それだけは確かよ。……それなりに疲れたから少し休ませてもらうわね。」
ラスティーはそう言うと、ヴェールトと乗ってきたケルピーに癒しの魔法をかけて水に消えていった。
取り残されたヴェールトは髪の毛をわしゃわしゃといじりながら、後処理の仕方をどうするか悩むのだった。
コニア国の王都ゼグニア。そこにある酒場で一人の男が酒に溺れていた。服の下に隠れたその背中には大きな傷跡がある。その男の名はヴェント・ネブーロ。雷の使い手の名高い男である。
ヴェントはコニア国でブラックドックとの戦いで唯一生き残った男としてコニア国では「さすが雷の使い手」「彼の戦いっぷりは跡地を見れば直ぐにわかる」「あのような場所でも生き残れる実力の持ち主だ」と、実際にあの戦いを見ていなかった者たちによって大いに称賛された。
この評価に実際あの場を生き抜いたヴェントはというと、肯定の顔をして笑っていた。
「ねえ、雷の使い手様。ブラックドックとの戦いで唯一負った傷が背中にあるって本当?」
ヴェントの左右に侍る美女の一人が問いかける。
それを聞いたヴェントはおもむろに服を脱ぎだした。女たちの黄色い悲鳴があがる。服を脱いだヴェントは立ち上がると酒場にいる全員に背中を見せ付けた。そこには大きな傷跡があった。
「これが噂の〜?!」
「とても素敵ね!」
「よ!生きる伝説、雷の使い手様!」
彼の傷を称える声は女たちにとどまらず、男たちからも称賛された。彼の傷の経緯など知らない彼らは、それを勲章のように扱った。
あの戦いは圧倒的な実力差の前に屈辱的な敗北だった。背中に残った傷跡は生き恥だと思っていた。どんな罵倒を受けるだろうか。逃げながらもそう考えていた。
実力には自信があった。雷魔法で自分の右に出るものなどいないと思っていた。ブラックドックどもにだって、あの忌まわしいサンダーバードが現れなければ自分は間違いなく華々しい勝利を遂げていたのだ。
何故だ?何故自分はこんな傷を負って、情けなくも逃げている?こんなはずではなかった。何故?
後ろから聞こえるサンダーバードの声と雷鳴。それに怯えながらどこまでも、音が自分の息遣いだけになるくらいのところまで走った。
たどり着いた先にあった小屋で何もかも投げ出して休んだ。相当な数を先導した自覚はあった。そしてそれを失った自覚も。
どんな責任に問われるだろうか。
どんな罰を受けるだろうか。
ただただ後ろ向きになる自分の思考に沈みながら日々を過ごしていた頃。どんな時でも腹は空くもので、狩りに出かけ獲物を仕留めたところでたまたまハンター達と出会った。
雷の魔法を見られていたのだろう。自分の名前を言われた時、仄かに絶望を感じた。
まだ、覚悟も何もできていなかったから。
だがどうだろうか。彼らの口から出るのは自分への称賛の言葉。どういうことかと慎重に尋ねたら、自分はどうやらブラックドックを掃討した英雄になっているようだった。その時点で驚きだが、そこから尾ひれだ背びれだ終いにはあり得ない羽でも生えたかのような物語が出てきた。
やり直せる。負の遺産を背負わずに。そう、思った。そして実行した。英雄になったのだ。皆が物語る英雄へ。
酒をあおるヴェントに美女は尋ねた。
「ねえ、雷の使い手様あ。次は何を倒すのお?」
そんな声にヴェントは
「そうだね、次はサンダーバードでも倒してやろうか。」
と応えた。
そんなヴェントの言葉に酒場はまた盛り上がるのだった。




