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ある男  作者: 井上
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あるお使いの行方

 えー、次に買うものはなんだったかな。


 泊まっている宿の女将から預けられたメモを見ながら市場を歩き回る。


 まったく、客を使うとは、どんな神経をしているのだろうか。腰が痛むとの事であったが、なら子供に任せればいいだろう。眉間に皺を寄せる。


 しかし、シワを作ったってお使いが終わる訳では無いのだ。確かに始まれば終わるかもしれないが終わらせる努力をしなければ終わらない。


 あと買うべきものは野菜か、たしか、野菜を売っているエリアはこっちのはずだ。おれは足をそちらの方に進める。


 ビンゴ。さすがだ。


 玉ねぎ、キャベツや根菜などなど、野菜を購入して背中の籠に入れる。量が多い。おれが筋肉あるからって任せすぎである。荷物を背負っている背中が重い。


 だが勘違いしないでほしい。けっして、このお使いを女将に脅されてりなんかしてイヤイヤやっている訳では無い。おれにも拒否権というものは存在する。こんななりでも人なのだから。


 ならばなぜ引き受けたのか? 今の所不平不満しか言っていないじゃないか、と。実は、おつりはお前にくれてやると、そう言われた。つまり労働の代価が出るのだ。そうならばやらぬ理由は特に無い。体も至って健康なことであるし、まあおれはいつだって健康だが。


 最後の野菜も買い終えたので、一旦宿屋に依頼の品を女将に渡してから金を使いに行く。渡すついでに文句も言っておいた。


 さて、何を買おうか。……。宿屋の前で立ち止まる。そうだ、一つ重要なことを忘れていた……。


 ──おれには物欲がなかった──。


 なんてことだ。


 金を貰ったのに、使いたいものがないなんて! これぞまさに宝の持ち腐れじゃないか。


 おれは特に娯楽は必要としないし、死ぬ心配もないから食事も気を使わなくて良い。


 え、何に使おうか。


 今思いついたのは、宿屋の寝具をグレードアップすることである。うん、そうしよう、いい枕カバーを買おう。


 おれはそうして、少し哀愁を漂わせ寝具屋に向かったのだった。



 ……その日、おれは夢を見た。


 どんな夢かは覚えていない。なにか、昔のことを想起させるような夢だった気がする……。


 はてさて、一体いつの記憶なんだか。

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