ある病人と冬
今年の秋。同居人が病気になった。重いと言われるもので、これまでに何人かが死んだ記録がある。
そんな訳で、彼は今床についていた。初めのうちは起きている姿をよく見たが、しばらく経てば寝ている事がほとんどになった。
病気故に外が出れない彼は、起きている時はよく外の様子を眺めていた。
もう紅葉が始まったとか。
月が綺麗だとか。
鳥が枯れ枝に止まっているとか。
そうして病気が治らぬまま、秋から冬に季節は移り代わった。この辺りはぐんと冷えるので、火鉢が欠かせない。
時の経過につれ彼の病状も悪化していき、起き上がれなくなった。おれが看病するとき、よく外の様子を尋ねられるようになった。
柿は実ったかとか。
冬の鳥は目覚めたかとか。
その度に俺は実際に柿を持って行って見せてやったり、鳥の羽を拾ってきたりした。
そうしている内に、さらに病状が悪化していった。先日、また同じように質問された物を見せようと思ったら、目が見えないと言われた。
しかし質問はいつも通りしてきた。
木の葉は全て落ちたかとか。
霜は下りたかとか。
おれは庭に出て木の葉の音や、霜の音を踏んでみて聞かせた。
寒さが身に染みたか。病状は悪くなる一方だった。また音を聞かせようと思ったら、反応しない一方だった。もしや、と思い肌をなぞってみると、耳が聞こえないと彼は泣いた。
やはり質問はいつも通りしてきた。
雪はどれほど積もったかとか。
除夜の鐘はなっているかとか。
おれは彼の腕をつつき、これほど積もったと教えたり、鳴っている、と手のひらをなぞった。
ここ最近の彼は、寒いと呟いているばかりだった。体の中の病に蝕まれていた。喋るのも辛くなったか、質問もしてこなくなった。
何も出来ない自分があまりにも恨めしく、しばらく眠れない日が続いた。きっと、この眼前の空知らぬ雨も彼は見ることが出来ない。
いつも通り彼の体をあらい、布を洗濯しようと起きたがったとき、実に久方ぶりの質問をしてきた。
春はいつ来るか、と。
おれは布の入った桶を置くと彼の傍に行き、手をなぞった。じきに、と。
それを感じると、そうか、と彼は呟きまた眠った。弱々しい呼吸の音が聞こえる。そしてそれが徐々に弱まり、遂には止まってしまった。
おれは動けなかった。だが体は無意識に彼の額に手を伸ばしていた。炎が燃えていたように熱かったその体は、今は鉄のごとく冷えていた。
おれは立ち上がり縁側に座った。
蝉の割れんばかりの唄声がおれの耳を突き刺していた。




