表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある男  作者: 井上
10/14

ある病人と冬

 今年の秋。同居人が病気になった。重いと言われるもので、これまでに何人かが死んだ記録がある。


 そんな訳で、(彼女)は今床についていた。初めのうちは起きている姿をよく見たが、しばらく経てば寝ている事がほとんどになった。


 病気故に外が出れない(彼女)は、起きている時はよく外の様子を眺めていた。


 もう紅葉が始まったとか。


 月が綺麗だとか。


 鳥が枯れ枝に止まっているとか。


 そうして病気が治らぬまま、秋から冬に季節は移り代わった。この辺りはぐんと冷えるので、火鉢が欠かせない。


 時の経過につれ(彼女)の病状も悪化していき、起き上がれなくなった。おれが看病するとき、よく外の様子を尋ねられるようになった。


 柿は実ったかとか。


 冬の鳥は目覚めたかとか。


 その度に俺は実際に柿を持って行って見せてやったり、鳥の羽を拾ってきたりした。


 そうしている内に、さらに病状が悪化していった。先日、また同じように質問された物を見せようと思ったら、目が見えないと言われた。


 しかし質問はいつも通りしてきた。


 木の葉は全て落ちたかとか。


 霜は下りたかとか。


 おれは庭に出て木の葉の音や、霜の音を踏んでみて聞かせた。


 寒さが身に染みたか。病状は悪くなる一方だった。また音を聞かせようと思ったら、反応しない一方だった。もしや、と思い肌をなぞってみると、耳が聞こえないと(彼女)は泣いた。


 やはり質問はいつも通りしてきた。


 雪はどれほど積もったかとか。


 除夜の鐘はなっているかとか。


 おれは(彼女)の腕をつつき、これほど積もったと教えたり、鳴っている、と手のひらをなぞった。


 ここ最近の(彼女)は、寒いと呟いているばかりだった。体の中の病に蝕まれていた。喋るのも辛くなったか、質問もしてこなくなった。


 何も出来ない自分があまりにも恨めしく、しばらく眠れない日が続いた。きっと、この眼前の空知らぬ雨も(彼女)は見ることが出来ない。


 いつも通り(彼女)の体をあらい、布を洗濯しようと起きたがったとき、実に久方ぶりの質問をしてきた。


 春はいつ来るか、と。


 おれは布の入った桶を置くと(彼女)の傍に行き、手をなぞった。じきに、と。


 それを感じると、そうか、と(彼女)は呟きまた眠った。弱々しい呼吸の音が聞こえる。そしてそれが徐々に弱まり、遂には止まってしまった。


 おれは動けなかった。だが体は無意識に(彼女)の額に手を伸ばしていた。炎が燃えていたように熱かったその体は、今は鉄のごとく冷えていた。


 おれは立ち上がり縁側に座った。


 蝉の割れんばかりの唄声がおれの耳を突き刺していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ