◆ 5話 個性って大事
「平和だ」
最近、昼休みは屋上でダラダラするのが日課になっている。
今日も屋上で大の字に寝転び、空を眺めながらゆったりしている。
どーせすぐに騒がしくなるんだ、今のうちにこの平和な時間を満喫しよう。
「シュウ!」
噂をすればなんとやらか、屋上のドアを勢いよく開けて先輩が現れた。
「今日も元気ですね」
「ええ、それよりもあんたには失望したわ!」
寝転んでる俺の顔を先輩が覗きこんでくる。
「はい?」
「昨日のことよ!」
昨日のこと、といえば…
「先輩がモエと俺を無理矢理デートさせたやつですか?」
「そうよ!」
「それがどーかしたんですか?」
「私はベタが嫌いなの」
誰も先輩の好き嫌いなんて聞いてないですけど。
「そうなんですか。それは知りませんでした」
眠いので適当にあしらう。
「まじめに聞いてんの!?」
先輩の目付きが悪くなる。
やば、ちょっと怒り気味だ。
「聞いてますよ。いったいなんなんですか?」
「なんなんですかぁ? じゃないわよ!」
むかつく感じに俺のセリフを繰り返す先輩。
もしかして今の、俺のマネか? だとしたら似てなさ過ぎる・・・
「いや、俺そんな言い方―」
「とにかく! 私はシュウが最近ならお約束というくらい多い、女の子の気持ちが全然わからない鈍感主人公だったってことに失望してるの!」
は!? シュジンコウ? なんだそれ!?
「すいません。言ってる意味がよく一」
俺はそう言いながら上半身を起こす。
「うるさい! あんたには個性がないのよ! 主人公は個性が命! あんたは地味よ、地味!」
俺を勢いよく指差す先輩。
ああ先輩、あなた今思いっきり俺の目ついてますよ。
てゆーか、
「地味って…」
ちょっとショックだったりする。
「あんたもちょっとはね、撲殺なドクロの宮○君なり、憂鬱の○泉なり、ラッキーな白○みのるなりを見習いなさい!」
「あの、それ全部主人公じゃない気がするんですけど…」
「細かいことは気にしない!」
「はぁ…」
そーゆーのゴリ押しって言うんですよ?
「んー、個性がほしかったら必殺技でも身につけなさい!」
先輩が人差し指をひらひらさせながら、またトンデモ単語を言っている。
「必殺技、ですか?」
「そうよ、一流の執事たるもの必殺技の一つや二つ持ってて当然よ?」
あぁ、話についていけないなぁ。執事とか訳わかんないこと言ってるし。
「えと、必殺技ってかめ○め波とかですか?」
「え? あんたそんなの出せるの?」
急に素のテンション戻って返してくる先輩。
「いや、出せませんけど・・・」
「全く! こっちは真剣に話してるのに適当なこと言わないでくれる?」
「すいません・・・」
あれ? これって俺がおかしいの?
「とりあえずあんたは個性を出しなさい!」
「ぁいて」
なぜかセリフと同時にチョップをくらう俺。
「個性を出せとか言われても、そんなもんどーしたらいいんですか?」
そう言うと先輩は俺の質問を鼻で笑い、
「甘いわね! そんなもんどーにかするに決まってるじゃない!」
さも当然のようにかっこいいセリフを言い放った。
ぁあバカっ!
「・・・どーすればいいんですか?」
「そうね、語尾になんかつけてみたら?」
かっこつけた割には意見がちょっと残念だ。
「語尾ですか? 例えば?」
「ござるとか」
「嫌ですよそんな武士みたいな語尾」
「じゃあニャン」
「ベタです」
ベタは嫌いなんじゃなかったのか?
「ガペゴババン」
「ガベゴガ・・・ 無理です」
「だっちゃとか」
「性別がちがいます」
「なら星とかどう?」
「星?」
「それなら誰もやってないでしょ?」
そりゃそーでしょう。
「語尾に星なんて言ってもたぶん誰にも伝わらないと思うんですが」
「あんた、なにか勘違いしてない?」
「なにがですか?」
「星は星でもこの星よ」
そう言って先輩は屋上に落ちていた石で壁に『☆』の絵を描いた。
ああ、星マークのことか。
「じゃ、さっそく言ってみて」
でた、先輩の無茶振り。
「星マークの発音なんてできません」
「ぇえ!? ほんとに言ってんの!?」
いや、そんなびっくりされても・・・ できなくて当然だから。
……できないよな? 普通。
「ほんとです。そもそもこの世に星マークの発音なんてできる人がいるんですか?」
「いるわよ」
まじかよ…
「そんなおもしろ人間、どこにいるんですか?」
「後ろにいるじゃない」
俺の方を指差す先輩。
「へ?」
後ろを振り返る。
いやいやいくらなんでもそんなベタな展開があるわけ一
「ぁの、こんにちは」
いた。
モエがいた。
そこには、茶色がかったセミロングの髪を風になびかせたモエがちょこんと立っていた。
「お前、いつからそこにいたんだ…?」
するとモエは相変わらずの甘い声で、
「シュウくんが『平和だ』って言ってたところからですぅ」
と言った。
始めからじゃねーか。全然気付かなかったぞ。
なに、もしかして前世忍者?
「それで、星マークの発音ができる人ってモエのことですか?」
「そうよ、さぁモエ、昨日練習したあのセリフ言うのよ!」
先輩はビシッとモエを指差した。
するとモエは「うん!」と言って一度深呼吸したあと。 口を開いた。
「みっくみくにしてやんよ☆ミ」
どこから取り出したのか、木の枝を振り回しながら変なセリフを叫ぶモエ。
「ぅゎ…」
あいたたたぁ・・・ さすがにこれはちょっと… 痛いぞモエ。
「そ、そんな目でみないでくださぃ!? モエは、モエはがんばりましたよぉ! ぅわぁぁぁん!」
俺と先輩の冷えた視線に耐え切れなかったのか、モエは泣きながら屋上から出て行ってしまった。
てかなんで先輩もそんな目で見るの? あなたがやらしたんですよね?
「最低ね」
先輩が俺にむかって冷めた声で呟く。
「ええ!? 俺のせいすか!?」
「まあいいわ。それなりに楽しめたし」
鬼だこの人!? 妹泣いたんですよ?
「先輩、もう語尾はあきらめましょう」
そもそも語尾なんて元からつける気なんてなかったし。
「そうね、他の手を考えましょ」
「まだやるんですか!?」
「あったりまえじゃない」
「めんどくさいんでいいですよ。それじゃ俺は教室に戻ります」
変なこと言わされる前に早く逃げよう。
教室に戻るためにドアに向かって歩きだそうとすると、先輩が俺の肩を掴んだ。
あ、なんかデジャブ。
「わかったわ!」
そして俺の前に回りこんでくる先輩。
顔が近いです。
「なにがですか?」
「シュウに足りないものよ」
俺に足りないもの?
「なんです?」
どーせ野菜とかくだらないこと言うんだろうな。
「たまには自分で考えてみたら?」
え!? ここにきて焦らすの!?
とか思いつつも、俺は言われた通り自分に足りない物を考えてみる。
足りないものかぁ・・・ ぁ、
「わかりました」
「なに?」
「優しくてまともな先ぱぃぃいたたたた!!」
真顔で俺の手を無理矢理ひねりながら虚ろな目で「人間の腕って何回転するのかしらね・・・」と呟く先輩。
「すいません! まじめに考えますから一回離してくださいっ!」
必死に懇願してやっと腕が開放される。
「はぁ、はぁ、それで、俺に足りない物ってなんなんですか?」
腕が無事に動くか確認しながら先輩にたずねる。
すると先輩は何事もなかったかのようにいつものハイテンションに戻り、
「ツッコミよ」
と言った。
「ツッコミって、ボケとツッコミのあのツッコミですか?」
「そ! シュウのポジションはツッコミ以外考えられないのよ!」
ポジションってなんだよ。
「でも俺ツッコミなんてできませんよ?」
「だから言ってんのよ。できるなら足りないとか言わないわ! あんたバカぁ!?」
さり気なくどこぞの名ゼリフを発する先輩はかなりの上級者だろう。
「それでツッコミの先生を用意したわよ」
「用意がいいんですね。また後ろにいるとか言うんですか?」
からかい気味に言ってみる。
「ええ、よくわかってるじゃない」
「マジで!?」
まさかホントにしこんでいたのか!?
俺は勢いよく後ろを振り返る―
が、そこには誰もいなかった。
「うそよ。残念ながらツッコミの先生はみつからなかったわ。だからツッコミは自分で勉強してちょうだい」
俺の肩をぽんぽんと叩いてドアの方に歩いていく先輩。
「………」
なぜそんなくだらない嘘をつくんだ…
「んじゃまたね!」
そう言って先輩は屋上を出て行った。
…くそ、なんだこの敗北感は。
俺は負けたのか?
だとしたら何に!?
・・・先輩にか。
ツッコミね、考えとくか・・・
はいどんとこい指摘!
すぐになおしますヨー!