ジェノヴァでの出来事
第7章
ジェノヴァ入りしてすぐ、宰相が指定した宿に入ったら、カルロスったら、床で寝るって言い出してね。
「夜中に一緒のベッドで、君に手を出さない自信がない」
って、真剣な顔で言うのよ。まったく。
「マリアエレナは私を信じてくれている」
なんてよく言えたものだわ。本当に痛い目に会ってないのかしら? まさか彼を床に寝かせるわけにもいかないし、仕方ないから、旅先で派手な夫婦喧嘩をしたふりをして、宿のおかみさんに頼み込んでもう一部屋とったの。
さっそく翌日、商品を取り扱った商人から連絡が入って、港の近くの倉庫で、商談を行ったわ。でも、会ったときからちょっと、その商人の様子がおかしかった。変に周囲の気配をうかがったりして。
カルロスったら、いきなり代金を支払おうとするから、慌ててとめて、中身を確認させていただくわって言ったの。商人としては当然でしょ。注文どおりの品物かどうか、確かめなきゃ。そしたら、急に脅かしたり、安くしとくから、全て引き取ってくれと言い出したり、明らかに挙動不審だった。だから相手の言うことを意に介せず、ひと瓶づつ、丁寧に調べたのよ。そしたら、どうもおかしい匂いが混じっているものがいくつかあるのがわかったのよ。
カルロスは、早く取引を済ませたいのか、
「まだ調べるのか? 何が問題なんだ?」
って聞いていたけど、それも無視して、神経を集中させて匂いをかいだの。ジキタリスかベラドンナじゃないかと目星をつけたけど、毒入りだとわかったことは伏せておきたかったので、その商人に問い詰めたの。品質が劣化しているって。で、なかなか口を割らないから、鼻先に近づけたら動揺するじゃない。これは毒入りと知っているな、と思ったわ。
私もついしびれを切らして
「あなたの肌につけて品質を確かめましょうか?」
と言ったら、やっとカルロスも気がついて、そしたらいきなり剣を抜くんだもの。私も吃驚しちゃった。でもその商人は、その日の朝、ただ渡すことを頼まれただけで、何も事情は知らないのがわかった。ただ、触らないように気をつけろと言われたらしいわ。
カルロスは黒幕を捕まえようと、必死の探索を始めたから、その間、私は、宿に戻って、部屋にこもり、毒入りでないと思われる分の安全性の確認作業に没頭していたの。何しろ貴重品ですもの。毒入りで無い限り、ぜひ持ち帰って、マレーネ様のために使いたかったのよ。3日ほどして、カルロスがしょんぼり宿に戻ってきたわ。どうも駐在大使筋の周辺が怪しいけど、これ以上探索を続けると、自分の身元がバレそうだ、と。手下もいないから、これ以上は無理だ。そろそろ戻ろう。と落ち込んでいるので、
「あなたは私を守ってくれたじゃない。それだけで宰相殿も感謝されるわ。もちろん私もね。」
っておでこにお礼のキスをしたら、また急に押し倒そうとするんだもの。だから咄嗟に
「ベッドに毒入りの瓶があるわよ!」って叫んだの。カルロス、部屋の外にすっ飛んでいったわ。
ジェノヴァから戻って、さっそくマレーネ様のためにマッサージオイルをブレンドしていたら、ひょっこりリッカルドがやってきたの。思った通り、ザルツブルグ潜伏して、諜報活動していたとかで、宰相殿の前妻、ロバートのお母様のドロテア様の話を聞かせてくれたわ。
ドロテア様の”恋の逃避行”の噂は、アナスタシア様のところにいたときにちょっと聞いていたから、ああ、やっぱりロバート様のショック状態が原因はそれだったのかと腑に落ちたわ。
でも、リッカルドの話をききながら私、ちょっとぞっとしちゃったわ。ふと、ドロテア様を刺したのは、宰相殿だったんじゃないかと思ってしまったの。口には出さなかったけどね。もしもそうなら、ロバート殿が突然フラッシュバックでそのシーンを思い出したときに、父である宰相殿を殺そうとするかもしれない、なんて。そういうこと、結構あるのよ。何年たった後に、何かが引き金になって、忘れていたシーンを思い出すの。何が引き金になるかわからないけれど。まあ、杞憂かもしれないけどね。
それにしても、フィリップ殿の言動にはまいったわ。あんなに空気が読めない方とは思っていなかった。あれじゃ解決することも解決しないじゃないねえ。大司教様のご機嫌も損ねるなんて。で、大事なときはいつでもリッカルド頼みだし。
だからつい、なぜリッカルドがあんなに彼のために尽くすのか、前々から不思議だったので、聞いちゃった。彼一流の返答で、はっきりしことはわからずじまいだったけど。昔から、あの一族に対して、何か工作をしていたのね、リッカルドは。
でも、フィリップの人生を狂わすような情報操作をしたことに、リッカルドはちょっと負い目を感じている気がしたわ。
ま、でも彼はどうも十二人委員会のメンバーとして召集を受けてしまったようだし、私も宣伝活動はひとまず終了して、本業に戻って新商品を開発したくなっちゃって、マレーネ様へのラベンダーオイルの治療に効果を実感できたタイミングで宰相殿の屋敷から閑をもらうことにリッカルドも同意してくれたの。ラベンダーのマッサージオイル、新商品ラインナップに加えたいのよね。ワイルドローズもいいかもしれない。ああ、ワクワクするわ。
追記:
これ、書いておこうかどうか迷ったんだけど。。。
カルロスが毒入りオイルの黒幕捜索に走り回っていたとき、ある男を宿にかくまっていたのよね。まだ二十歳前の船乗りの青年で、どうもあの毒入りオイルの黒幕の使い走りとして使い捨てされようとしたところ、返り討ちをしようとして大怪我したみたい。船乗りっていってたけど、読み書きもできるし、どこぞの貴族様のご落胤かもしれないと思わせるような不思議な品がある青年だったわ。
はじめは後をつけられて、宿の部屋までやってきて、金を出せなんて脅迫してきたけれど、何で私をつけてきたのか説明の途中でそのまま部屋で貧血で気を失ってしまった。私のせいではないけれど、今回のオイルの取引のとばっちりで、怪我をしてしまった彼にちょっと同情して、治療をしてあげたわ。なんとなく、マリアエレナ様のことも思い出してしまって。幸い出血の割に傷は浅くて、傷跡を縫う必要もなかったから、まず身体をきれいな水で清潔にしてあげてから、カルロスのいない3日間塗り薬と飲み薬で治療してあげた。その間ずっと甘えた子犬のような目でじっと私を見つめているし。
暖かくて栄養のある食事も作ってたべさせてあげた。どちらかと言えば怪我よりも、食事もぜす睡眠もとっていなかったことが倒れてしまった原因だったかもしれない。
そうしたら、私としたことが、ちょっと情がわいていてしまって。ちょっとね。最後に彼と自然にそんな雰囲気になってしまったの。怪我も片腕だけだったし、とても魅力的な青年だった。
お互い心も身体も満ち足りた気分になったことに、ちょっと驚いたけど、彼は「いつの日かお金持ちになって、君を迎えに来る」なんて芝居のような台詞を言うから、「ずっと待っているわ」と笑って答えたわ。
カルロスが帰ってこなかったら、もしかしたらあのまま彼と旅を続けたかもね。
船乗りの彼のことはカルロスに黙っていた。彼も自分の雇い主は知らなかったし、何よりそういう関係になってしまったことがバレたら、カルロスに何されるかわからなかったからね。




