二人が親しくなったのは
『シンデレラ・その後』の第28章でエレノアが息子フィリップに
「私、なんとなく、あの二人は、昔から知り合いだったような気がするわ」
という台詞の裏側にあったお話。
マリアンヌとカルロス、エレノアの予想通り、実は幼い頃からの知り合いだったのです。
第1章
私は、マリアンヌ。母はアルノ河流域では一番の“賢女”といわれた薬草使い。幼い頃から母と一緒に住んでいたヴェネツィアのとある女子修道院の付属病院で、病人の治療と看護を手伝っていたわ。自分の父親が誰なのかは知らない。知りたくもない。母はヴェネツィアのとある貴族の娘だったけど、私を妊娠したことが父親にバレた突端、恋仲だった男と引き離されて、修道院に幽閉され、そこで私を産んだの。結局、その男は母と私を見捨てた。迎えにこなかった。母はいつも言っていたわ。見返りなしに愛をささやく男を信じるな、自分の腕だけを信じなさいってね。
私が13歳になったとき、母は元首宮内のある陰謀事件に巻き込まれてしまった。というのも、母の治療の腕前のよさから、当時の元首にプライベートに薬を調合してお届けしていたの。だから元首宮内にも出入りしていたからだけど、そこで元首の暗殺計画をたまたま聞いてしまったのよ。その陰謀の一味に口封じのために殺されるのを逃れて、ある小さな村に身を隠したの。ある貴族の方が、かくまってくださった。それがリッカルドのお父様よ。あのご恩は一生忘れない。だから私はリッカルドの依頼には、できるだけ応えるようにしてきたの。それに、リッカルドとの取引は、必ずGive&Take。現実的な話だけ。ちゃんと報酬についても交渉させてくれるし。で、私は、母と隠れ住んだ村で、母が行う治療を手伝いながら、東方から輸入した、治療に必要な材料をヴェネツィアで入手して、母の家に届ける役目もはじめた。ヴェネツィアに戻ったときは、いつも母の妹の家に滞在していたわ。母が修道院に幽閉された後、唯一肉親として、ずっと面会に来てくれたのは、この叔母だけだった。叔母は、母よりも10歳も年下で、いったんネーデルランド地方のある領主様のもとに嫁いだのだけど、気候が合わなかったのか、体を壊してしまって、子どもを残し、ヴェネツィアに戻っていたの。この叔母から、異国の言葉を教えてもらっていたのよ。
あれは十五歳のときかな、母に頼まれた香辛料をヴェネツィアから持ち帰ると、家の中が騒然としている。裏口から覗くと、部屋には、肩から血を流した、重症の2,3歳くらいの女の子が寝かされていて、そばには、すすり泣きしたり叫んだりしている女性と、それを落ち着かせようとしている男性がいた。
裏口にいる私に気がついた母が、目配せをして呼ぶので、戸口まで行くと、「この薬草が足りないの、至急探してきて頂戴。さっきここにいたカルロスが探すといって飛び出していったんだけど、きっと見つけられないと思うの。」とささやきながら、止血効果の高い薬草を私に手渡した。
カルロスというのは、まあ、うちのお得意さんというか、ある領主の息子さんで、皇帝の小姓でもある少年。あのころ、よくお使いでウチに来ていたの。私に言わせれば、結構、「ええ格好しい」でね、ウチに来るときも、服装も髪もビシってキメてくるのよ。私がちょっとからかうと、顔を真っ赤にしてマジに怒るから、おかしくって。乗馬や剣術の腕は確かなんだろうけど、薬草の知識や治療は私に叶うはずないのに、それが悔しいらしくて、お使いに来るたびに、母を質問攻めにするから、母もちょっと辟易してたわ。
状況が状況だけに、私も頼まれた荷物を母に渡して、すぐ飛び出していったわ。どこに生えているかは、大体見当がついていたから、河ぞいの湿地帯のあたりまでかけていったの。で、大急ぎで、薬草を刈っていたら、そこへカルロスが現れた。こんな一刻を争う緊急事態のときなのに「やあ、久しぶり、元気だった?」なんて間抜けな挨拶するから、私、どなり返しちゃった。「挨拶なんて後で!いいから手伝って、この薬草を刈り取って!いつも得意そうに持ち歩いているその剣はにせものなの?」って。
カルロスは顔を真っ赤にしながら、それでも猛然と薬草を集めてくれた。で、かなりの量を集められたから、「束にするために葦でしっかりくくりましょう。おさえていてね。」って頼んだんだけど、カルロスったら、人形のようにただ薬草の束をかかえているの。で、「もっとしっかりおさえてて」って注意したら、何を思ったのか、急に私の肩をしっかりおさえて、キスしてきたのよ。もう、こっちは吃驚するやら、腹がたつやら。
彼から逃れようとしたはずみで、私、湿地帯に足をとられて、転んでしまったの。本当に、男って、どうしてこう空気が読めないのかしらね。
泥の中に両手両足を突っ込んだまま身動きがとれなくなってしまった私は、隊長のようにカルロスに命令したわ。「あやまる前に、集めた薬草を全部、今すぐ届けなさーい! 駆け足!駆け足~!」ってね。
私が全身どろどろになった状態で、夕焼けの中とぼとぼ家に辿り着いたときは、自分のしたことが恥ずかしかったのか、カルロスはもういなくて、母の応急手当は終わっていたわ。
私も体の汚れを落としたかったから、井戸の水を汲んで沸かしていたの。そこへ母が2階からおりてきて、「申し訳ないけれど、今夜は私のベッドで一緒に休んでおくれ」っていうの。あの取り乱していた女性が、怪我した女の子の母親とは思っていたけれど、興奮を抑えるために鎮静剤の入ったお茶を飲ませて、やっと今、私のベッドに寝かしつけたところだというので、構わないと答えたわ。でも、下着まで汚れてしまったから、体を拭き終わって、寝る前に下着を取りに、自分の部屋まで行ったのよ。寝ているのを起こさないように、そうっとね。そしたら、なんとメイクラブの真っ最中じゃない。あの晩は、結構冷え込んで寒かったのよ。本当に。母が一緒のベッドにいなかったら、絶対ひどい風邪ひいていたわ。