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「……結局一月位ェお前ら姉弟はうちに滞在して俺の飯作ってたし、面倒かけたよな」

「いーよ。ノイ領にいるならともかく、中央にいてもあんまやることなくて暇だったし。たまに姉さんと素材狩りに行けて楽しかった」

「うちの料理人も一角うさぎは自前でさばけるようになってたな」


 魔物は爪や鱗、牙等は魔具素材として使用され、一部内蔵などが薬として使用される。肉に関しては毒性があるなど特殊な事情がなければ野生動物同様食用として流通することが多い。

 普通の貴族子女は魔物の解体などしないが、そもそもノイ領で魔物討伐をするのは治安維持より魔具の素材確保の理由が大きい。それもあって、ノイ領の人間は魔物の解体技術が無駄に高いのだ。


「私も一度見舞いに行った時にやってみたがアレは難しかった。肉は取れても素材を駄目にしたな」

「回数こなせば大丈夫です!初めてにしては上手でしたよルフト様!」

「ルフトはそんな技術いらねぇだろ。騎士団志望のオリヴァーは魔物解体する機会もあるだろーけどよ」


 励ますように言うイリスを眺め、呆れた様にヴァイスが零す。


「では機会があればご指南下さいイリス様。騎士団でも魔物を解体できる人間は重宝されていますし」

「喜んで!」

「そのうちノイ領行って来い。頼めば魔物討伐も連れて行ってくれんだろ。ここの三兄弟ついていってるしよ」

「そうなのですか?」


 驚いたようにオリヴァーが言うとロートスは頷く。嫡男である兄と自分は父親と同じ火魔法、姉であるイリスは母親と同じ風魔法が魔物討伐できる程度の威力を持っているからと、笑いながら言葉を続ける。

 ノイ領の討伐隊に混じってではあるが、大破壊後に軍属になった下手な騎士より経験豊富なのだ。


「私も行ってみたいのだが中々許可が降りなくてな。オリヴァー、一緒に頼んでみようか」

「そうですね。ヴァイスは行ったことありますか?」

「俺の追跡魔法が逃げた魔物追い込むのに便利だっつって風切姫に定期的に拉致られる」

「そういえば貴方は有機物にも印がつけれましたね。……しかし、魔物の鱗や毛皮は魔力を帯びているから印をつけられないのでは?」

「その辺は無理だな。けど目とか口ん中とか、表皮剥がして肉が晒されてるトコならいける」

「ヴァイスはマーキングの命中率高いから母さんが喜んで、魔物の巣という巣を掘り返してた」


 追跡魔法は数多の魔法の中では地味な方である。ヴァイスは魔力が比較的高いので有機物にも印をつけられるが、魔力が低ければ無機物にしか印をつけられないし知覚できる範囲も狭い。

 そして魔物に使うには命中率の問題もあった。

 基本追跡魔法は手で触れて印をつける。魔力が高ければ距離があっても印を打ち込める。当然当たらなければ印がつかないので、命中率が重要になってくるのだ。


「ノイ領の魔物討伐隊に追跡魔法持ち何人かいるけど、ヴァイスの命中率ダントツだった」

「そんでも八割程度だろ」

「動いてる魔物相手にそんだけ打ち込めれば上出来だと思うけど。射程も追跡範囲も広い。それこそ軍に入ったら姉さんは前線、ヴァイスは支援で重宝されるんじゃないの」

「魔物討伐以外で役に立たねぇ軍属魔術師なんか使いにくいだろ」

「うちの魔物討伐隊では大活躍!将来仕事に困ったらうちの討伐隊に来て!」

「……覚えとく」


 宰相の三男坊、しかもミュラー商会の後継者が仕事に困るとは思えなかったが、元気よくイリスが勧誘した事にヴァイスが口元を緩めて返事をしたので思わずルフトは笑う。

 

「では将来私とイリスでヴァイスの取り合いになってしまうな」

「……仲良くはんぶんこにしましょうか」

「あぁ、それもいい」

「良くねぇよ」


 呆れるように返事をしたヴァイスを眺め、ルフトとイリスは顔を見合わせてクスクスと笑った。

 そんな中悲鳴が街に響き渡る。方向は噴水広場の辺り。それに気がついたヴァイスは眉を顰めたが、ルフトはパッと顔を上げて声の聞こえた方向へ駆け出した。


「ルフト様!?」

「手前ェはルフト追え。こっちは待ち合わせ場所で待っとく」

「それではお二人をお願いしますヴァイス」


 慌ててルフトを追うオリヴァーを見送り、ロートスは戸惑ったようにヴァイスに声をかけた。


「僕たちも助けに行こうか?魔法使えるし」

「駄目だ。二人共魔物相手なら問題ねぇけど、街中で人間相手に加減できんのか?誰か巻き添えにでもしてみろ、ノイ伯爵家に迷惑かかる」

「……そっか」


 確かに魔物相手であれば全力で魔法を使って討伐してしまえばいい。けれどこの街中で魔法を使うとなれば繊細な加減も必要となるし、関係ない人間を巻き添えにする恐れもある。ルフトも氷結魔法が使えるのだが、オリヴァーが一緒ならば対人訓練を受けている彼が対処するであろうと納得してロートスは小さく頷いた。


「待ち合わせ場所って?」

「はぐれた時とかトラブルに巻き込まれた時用にオリヴァーと決めてたんだよ。オリヴァーはルフトの護衛だから絶対アイツから離れねぇだろうし、いざという時もルフトだけなら守れる。けど流石に俺たちまで守るのはホネだろ」


 オリヴァーがルフト、ヴァイスがノイ姉弟のそばを離れない。そんな事を前もって決めていたのだろうとイリスは思い、こくこくと頷いてヴァイスの顔を眺めた。


「それじゃぁオリヴァー様の後方の憂いを無くすために待ち合わせ場所に行きましょうか」

「そーだな。飯でも食って待っとくか。足りねぇだろそんだけじゃ」


 結局串焼き程度しか腹に入れていないし、育ち盛りのロートスもそう言われれば満面の笑みを浮かべる。

 三人でブラブラと歩きたどり着いたのは小さな食堂。酒なども出しているので夜は賑やかなのだが、昼間はどちらかといえば素朴な料理が人気で女子供の客も多い。何度か彼らも入ったことがあった。


「いらっしゃい。おや、ミュラーの坊っちゃん」

「どこでもいいか」

「いいわよぅ。お客も殆どはけちゃってね」


 普段はもう少し賑わっているのだが、女将の言う通り空いている。不思議に思ったロートスが椅子に座りながら女将に声をかけた。


「珍しいね。いつもこの時間多いのに」

「さっき広場の方で騒ぎあったみたいでね。野次馬しに出ていっちまったよ」

「あぁ、そんでか」


 女将と喋りながらふとヴァイスに視線を送ると、彼は店に残っている客に何やら話しかけている。不思議に思ったが、その客の顔に見覚えがあったロートスは漸く同じテーブルに付いたヴァイスに声をかけた。


「さっきのミュラー商会の人?」

「よく覚えてんな」

「前にちょっと話したことある」


 その男は直ぐに勘定を済ませると店を出ていってしまったので、ロートスは不思議そうな顔をしたが脳天気なイリスの声で我に返る。


「この間食べた芋美味しかったわぁ。揚げたやつ」

「僕は小魚の素揚げ食べたい。あとは……野菜もとっとく?」

「芋は野菜です!!」

「……ちょっと微妙だな姉さんの判定」

「つーか、油っぽいのばっかだなお前ら。芋食ったら喉乾くからスープも頼んどけ」


 呆れたようにヴァイスは零すと女将を呼ぶ。油っぽいと文句は言うが、この姉弟が素材が確認しやすくシンプルな工程の料理を自分に合わせて選んでいるのを知っているので、ありがたくその気遣いを受けてリクエスト通りに注文をする。

 比較的狭いこの店は、客席に座っていても厨房が見えるし、調理は店主、接客は女将だけで間に不特定の人が関わることがない。安心して食事が取れる店の一つであった。

 いい加減何とかならないかとヴァイス自身も思っているのだが、マシになったとはいえまだ身体が受け付けてくれない時もある。あと数年すれば学園に入るが、そこの昼食が食堂なのだ。

 貴族子女の通う学園の食堂で毒物混入など信用問題に至るので大丈夫だと頭では解っていても、恐らく食は進まないだろうと考え思わずヴァイスはため息をついた。

 そんな憂鬱そうな表情に気がついたイリスは早速運ばれた小芋を半分に割ると己の口に放り込み、残り半分をヴァイスに差し出す。


「そんなに油っぽくないから大丈夫よ?半分食べる?」

「バターつけろよ」

「油が!増す!」


 笑いながらそう言うと、皿に添えられたバターを小芋につけて再度ヴァイスの口元へ差し出した。それを彼はパクリと食べる。

 咀嚼が終わり飲み込んだのを確認すれば、今度はロートスが小魚をヴァイスに差し出す。雛鳥に餌をやるような姉弟の行動に思わずヴァイスは口元を緩めた。


「前に食ったときより小魚でかいな」

「あぁ、ごめんねぇ。この時期は大きくなっちゃうんだよ。小骨が気になるかい?今月末ぐらいまでの扱いになりそうだからたくさんお食べ」

「いや、小骨は大丈夫だ。来年までお預けなのは残念だけどよ」


 口の中の油っぽさをスープで流すとヴァイスは女将にそう返事をした。

 暫く雑談をしながら食事をしていると、先程出ていったミュラー商会の男が戻ってきて小さくヴァイスに耳打ちをする。それに頷き礼をヴァイスが言うと、男はまた早足に店の外へ出ていった。

 慌ただしい行動に女将は目を丸くすると、ヴァイスに言葉を落とす。


「何か問題かい?」

「いや、広場の騒ぎの様子見に行って貰った報告。取締中にトラブルあったみたいだな」

「怖いねぇ。あれだろ?違法薬物扱ってるって噂の店」

「違法薬物?」

「医療行為以外の使用を禁止されてる薬物が出回ってるって通報あったんで、ミュラー商会が調べてた」


 不思議そうにイリスが聞くので、ヴァイスはため息を付きながら話をする。

 鎮痛効果があるという事ではじめは使用されていたのだが、中毒性が確認され流通に規制が昔からかかっている代物。ミュラー商会だけではなく国内流通を担う商会は国から許可を得ている所にしか卸していないのだが、ここ最近流しの商人が下町で流通させていたらしい。

 念入りに下調べをしてからの今回の取締。

 ただ、今回下町に関しては駆逐できるかもしれないが、一部貴族などにも流通している分に関しては、流石にミュラー商会でも会員制サロン等への調査が難しいのもあり、国主導で秘密裏に行われているのだが、流石にそこまではヴァイスもここでは喋らない。


「錯乱するとか、幻覚見るとか聞いたわねぇ。急に暴れだして川に飛び込んだとか」

「え、怖い」


 女将がヴァイスの話に付け足すようにそう言うと、イリスもロートスも顔を思わず曇らせて声を上げる。


「大昔はその薬のせいで滅んだ国もあったらしいからな。国としても厳し目に取り締まるんだろ」

「はー。それは頑張ってもらわないと。国が傾くとか怖い」


 モソモソと芋を食べながらイリスはヴァイスの話に相槌をうつ。円満婚約解消のためにも是非頑張ってもらいたいところだとちらりと考えたイリスは、思い出したように店の扉に視線を送る。そういえば一向にルフトとオリヴァーが帰ってこない事が気になったのだ。


「遅いね姉さん。そろそろ迎え来る時間じゃないの?」

「そうよねぇ」


 ノイ姉弟に関しては夕食までに帰れば良いと言われていたのだが、ルフトはそれよりも早い時間に迎えが来る予定となっているのだ。余りゆっくり回れなかったとイリスは残念そうな顔をしたが、また来ればイイだろ、とヴァイスに言われて気を取り直す。


「遅くなって済まない」


 店の扉を開けて入ってきたルフトを眺め、イリスは安心したように瞳を細めて笑った。怪我などはしていないようなので安心したのあろう。


「……摘発に子爵令嬢が巻き込まれてしまって、それに対応していた」


 申し訳無さそうな顔をルフトがすると、ヴァイスは呆れたように口を開いた。


「だからあの辺行くなっつったろ。令嬢の代わりに人質になってルフトになんかあったら、オリヴァーだけじゃなくてその場にいた兵の首も飛ぶ。よく考えて行動しろ」

「見てたのかヴァイス」

「見てはねぇよ。大雑把な報告だけ聞いたから大方そんなもんだろうって思っただけだ」

「何事もなくて良かったです。私も肝が冷えました」


 流石にオリヴァーもルフトの行動に思うところがあったのだろう、僅かに非難がましい視線をルフトに送る。それにルフトは僅かに眉を下げると視線を反らし、逃げるようにイリスに視線を向けた。


「それでだな。もう時間が無く戻らなくてはならない」

「はい。また来ましょうねルフト様」


 途中で放置されてしまったのにも関わらず気を悪くした様子が無かったのにホッとしたルフトは、イリスに一輪の花を差し出す。


「今日の記念に」

「ありがとうございます」


 恐らく店のそばにいた花売りの子どもから買ったのだろう赤い花。それを受け取ったイリスは瞳を細めて笑った。

 お気をつけてとルフトとオリヴァーを見送ったイリスは花を眺めて首を傾げる。


「ルフト様は赤い花が好きなのかしら。前に頂いた花も赤だったわ」

「好みまで俺は知らねぇな。花売りが赤い花しか売ってなかったのかもしれねぇし」


 残った食事をロートスが平らげたのを確認するとヴァイスは女将を呼んで精算をする。自分たちで払うとノイ姉弟は言ったが、今日のために宰相から金を持たされていると聞けば渋々引き下がった。恐らくルフトの財布代わりにと渡された金なのだろう。

 そして女将と店主に礼を言い店を出たロートスは、ふと足を止める。そして何かを確認した後、小走りにある少女に駆け寄った。


「黄色い花。一つ」

「はい」


 ニコニコと笑顔を向けた花売りの少女。ロートスは小銭を渡すとゆっくりと自分の方へ歩いてくるイリスにその花を差し出した。


「今日の記念」

「この流れだと俺も贈るハメになんだろ」

「贈りなよ」

「まってまって。無理しなくていいから。この流れだと後で話聞いたオリヴァー様が自分だけ贈ってないの物凄い気にしちゃうから」

「……花束届くんじゃねぇの、あいつクソ真面目だし」


 可笑しそうに口元を歪めたヴァイスは、花売りの娘に小銭を渡し籠から白い花を一本引き抜く。


「今日の記念」


 ロートスと同じ言葉をヴァイスが告げると、イリスは笑いながら受け取った。

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