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【本編完結】君の悪夢が終わる場所【番外編不定期更新】  作者: 蓮蒔
番外編

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ノイ一族と眼鏡伯爵令息・後編

「忘れてね?」

「……はい」


 にっこりとイリスに笑顔を向けられオスカーは小声でそう返事をする。うっかり偉いことを聞いてしまったと内心冷や汗をかいていたのだが、返事をすればイリスは直ぐに機嫌を直した様にヴァイスと一緒に卓についた。

 新たな客に気がついた女将がお茶を持って来ると、イリスは笑顔を向けて礼を言い早速注文を始める。

 選んだ料理は魚料理メインであるが、その中に東雲国から伝わった刺身という料理も入っていた。彼の国から輸入されている調味料をつけて食べる生食なのだが、これは敷居が高いのかなかなか地元以外では流行らない。


「あ、それが前言ってた生食?私も食べたい。あと、塩焼きも欲しいな」

「アラ汁もあるよお客さん」

「それじゃぁそれも。君は?」


 フォイアーに声をかけられオスカーは慌てて注文をする。そして女将が卓を離れた所で彼はイリスに尋ねた。


「イリス様は生食大丈夫なのですか?」

「前にここより北の領地で食べたことあるわ。水怪討伐のときだったかしら。あ、タコ!タコの注文忘れたわ!!唐揚げ食べたい」


 慌てたようにイリスが追加するのを眺めヴァイスが口元を緩めたのにオスカーは気が付く。水怪からタコを思い出したのが面白かったのだろう。烏賊とも蛸とも言い難いあの魔物はこの領地でも偶に見られる。大型のものはどちらかと言えば北方に多い。逆に海竜は南方に大型が多いのだが。


「ヴァイスとイリスはあちこちで美味しいもの食べられて羨ましい。私もたまには領地離れて羽を伸ばしたい」

「手前ェは羽伸ばしたら帰って来ねぇだろ。クジ運の悪さを呪うんだな」

「あぁ。あの時右を選べばよかったぁ」

「手前ェが先にクジ選んで次期当主引いたんだろ」

「あの時、絶望の余り泣いちゃったよ私。爺さんは爺さんでロートスに仕事仕込むよりはマシかとか言い出すし……。あ、イリスがフリーになったんだし、ここはクジのやり直しとかどう!?」


 まさかのくじ引きで次期当主を選んだという事を知ってオスカーは唖然としたが、フォイアーのやり直し提案にイリスは口を尖らせる。


「えぇいやぁ~。お兄様は可愛いお嫁さん貰うんだから頑張って!!私は漸く長いお仕事から解放されたしゆっくりするわ」

「それはわかってるけど……あぁ、でも私の可愛い奥さんは仕事を放置するなんてとんでもない!ってタイプだしなぁ。可愛い!!格好良い!!褒めてもらいたいし頑張ろうかなぁ」

「まだ婚約すら整ってねぇだろ」


 ヴァイスが呆れたように突っ込んだが、そういえば婚約が整いそうだと言う感じで支店長が話をしていたのを思い出してオスカーは胡乱な瞳をフォイアーに向ける。もう既に自分の奥さんとして完全に扱っている。妹が婚約破棄の憂き目に合ったというのに自分は絶対に大丈夫だと思っているのだろうかと余計な心配を思わずオスカーはしてしまった。


「お母様に楽して欲しくて婚約者の仕事引き受けたけど、やっぱり向いてなかったみたい。まぁ国は安定したけど、まさか!!最後に!!ヴァイスに大迷惑かけるとは思わなかったわ!!」

「風切姫に?」

「そうよ。お母様はなかなか軍属離れられなかったし。もう少し国が安定したら愛する夫の為に素材集めを気兼ねなくできるんだけどな、って年中言ってたのよ」


 驚いたようにオスカーが声を上げると、にこやかにイリスはそう言い放つ。愛する夫のためにもっと時間を割きたい。そんな母親の助けになりたい。それがイリスの望みだったのだろう。けれど風切姫は逝去してしまった。ならば彼女が何の躊躇いもなく婚約者の座を降りたのもオスカーには酷く納得できた。


「殿下に対しては……思うところはなかったのですか?」

「え?愛する人ができて良かったわね!って思ったわよ?学園で出会いがあるってわかってたら、入学前に円満解消でゴリ押しすればよかったって少し後悔はしたけど……ヴァイスに迷惑かけちゃったし。殿下はそうねぇ……国を安定させる目的に対する同士ではあったけど……まぁ、利用してたのはお互い様的な?」

「俺の事はいいんだよ。元々イリスのやりてぇこと手伝うって決めてたし」

「王子様はなぁ。悪い子じゃないんだけどヴァイスが上手く周りとの調整しちゃうからその辺の能力伸びなかった感あるよねぇ」

「俺のせいかよ」


 酷い駄目出しをするフォイアーの発言にオスカーはハラハラとしたが、不思議と腹は立たなかった。実際ルフトはやや調整力に劣る所があったし、そのせいで何度か生徒会室に末姫であるレアが乗り込んできたのをオスカーは目撃していたからだ。


「イリスに赤い花ばっかり贈るの見て、嫌がらせかな?って私思ってたんだけど」

「え?駄目なんですか?」

「だって風切姫の娘に赤い花だよ?君だって父と母の話知ってるよね?赤い花は川に流すもので、穢なんだよ?普通贈る?よりにもよってピンポイントで。そういう所が駄目。他の令嬢なら赤い薔薇にときめくかもしれないけど、風切姫の娘にそれはない。結局模範解答で対応してるだけで、イリスを見てないってことだよね?」


 一○○日一目惚れをした風切姫に、彼女の故郷の風習にあやかって白い花を送り続けた天才。赤い花は川に流す穢。それを思い出したオスカーは言われてみればと渋い顔をする。もしかしたらルフトはイリスの好む花を知らなかったのかもしれない。ただ、以前イリスが花を受け取っているのを見た時に嫌そうな顔もしていなかったので、はっきりと彼女が主張をしていなかったことも察せられた。


「まぁ、それは私が言わなかったから。お花自体は嬉しかったわよ。全部川に流したけど」

「流したんですか!?」

「赤い花は川に流すものでしょ?」


 不思議そうに首を傾げるイリスを眺めオスカーは唖然とする。その辺りの思い切りの良さは学園で見る彼女の印象と違い戸惑ったが、彼女の言葉にフォイアーも、流すよねぇ、と同意したのでノイ伯爵家では普通の対応なのだろう。


「別に政略的な婚約だったし模範解答でいいと思うわ。私も安心して婚約者のお仕事できたし。社交は面倒くさかったけど、王族教育は他国の言語や文化とか交易に役立てる部分中心だったからミュラー商会のお手伝いもできそうだし」

「え、イリスはミュラー商会に就職するの?」

「ヴァイスが一生懸命私にその辺りの勉強教えてくれたんですもの。役立てないと勿体ないわ。全部が全部無駄じゃなかったって事」

「うちの子いい子過ぎない?恨み言の一つでも言っていいんだよ?」

「そんな労力割くぐらいならヴァイスやロートス君と楽しく各地を回るわ」

「あ、それはわかる。面倒臭いよね。っていうかお兄ちゃんも入れて?お兄ちゃんも楽しく各地回りたい」


 ブーブーと文句を言い出したフォイアーにイリスは、お土産を一杯持って帰るわ!と満面の笑みを浮かべた。


***


 食事を終えて解体作業の始まった港。逆鱗を景気よく剥がしたフォイアーはご満悦の表情であったが、直ぐに先代当主からの呼び出しがかかり帰りたくないと涙目になりながら渋々帰路へついた。

 それを見送ったオスカーはぼそっと言葉を零す。


「飛行魔具なんて聞いたことない」

「お嫁さんに会いに行くのにお兄様が最近作ったのよ」

「燃費がくっそ悪いから売れねぇけどな。フォイアーでも一時間程度の起動だしよ。しかも魔力制御も難しいから調整失敗したら墜落する」


 イリスの跳躍とは違う飛行用魔具。背中の翼は青い色をしていたのでもしかしたら使用者の魔力の色が反映されるかもしれないとオスカーはぼんやりと考える。

 フォイアーで一時間程度しか動かせないのなら使える人間は限られてしまうだろう。


「イリス様の跳躍は魔力消費多いのですか?」

「あくまで跳躍の補助だし一日中飛んでいられるわよ。まぁ、ヴァイス以外の人を担ぐ時は防風魔法展開するから少し消費が多いけど」


 言われてみればあれだけの勢いで飛び回れば下手をすれば目を開けているのも困難かもしれないと思ったオスカーは納得したように頷いたが、ヴァイスは平気なのかと彼の方へ視線を送った。


「俺はノイ伯爵から防風魔具貰ってっからな。イリスのは風切姫からのお下がりだけどよ」

「アレもっとたくさん作れればいいのに」

「無茶言うな。東雲国の鵺の魔眼がいんだぞ。二つ作れただけでも御の字だろ」


 はるか昔、素材集めの為に海を渡ったノイ一族がおり、果ては東雲国までたどり着いた。それがきっかけでこの国と東雲国の交易が始まったのだが、その面々が持ち帰った鵺の魔眼。使い道が当時思いつかないと保管されていたのだが、ノイ家の天才が己の妻のために携帯用の防風魔具を作ったのだという。

 イリスが首元から引っ張り出してきたのは指輪の形をした魔具。それに紐を通して首から下げている様だ。恐らくヴァイスも同じものを首から下げているのだろう。

 風切姫が亡くなった後イリスに譲られ、ノイ家の天才が持っていたものはヴァイスに譲られた。一番イリスと一緒に飛ぶ機会が多いと言う理由であろう。

 初めて見る魔具をしげしげと眺めながらオスカーは小さく言葉を零す。


「知らない魔具がこんなにあるとは……」

「うちの工房にはもっと沢山魔具転がってるわよ。燃費悪いとか、材料が希少だとか流通してないものも多いの」

「古龍の逆鱗使う魔具とかどうやって量産しろって言うんだよ」

「最近はお父様も時間あるから改良の方も手掛けてるわよねぇ。今までは国の要望で作ることが多かったけど」


 例えば携帯用の浄水魔具は今となっては軍の必需品であるし、携帯用防壁魔具も大破壊の時にノイ家の天才が作成したのだ。それまでは港にある防壁魔具のように都市防衛用の魔具しかなかった。


「私はお父様程魔具作成の才能はないし、ここは素材集めで活躍したいところね!」

「イリス様が作成した魔具もあるのですか?」

「……お花が長持ちする魔具とか……こう……個人的に使うものばっかりで流通してないわ」


 もにょもにょと小声で言うイリスの様子にオスカーは些か面食らったが自然と口元が緩んだ。


「茶葉を乾燥させる魔具はうちで買い上げたろ」

「それも結局私の趣味の延長だし」

「便利で助かってる」


 ヴァイスの言葉に少しだけイリスは驚いたような表情を作ったが直ぐに笑顔を浮かべる。本当に嬉しそうで、その表情を見れば完璧な婚約者としての顔は彼女の努力の結晶なのだと今更ながら思った。そして僅かにオスカーが憂いるのはそのイリスの影を背負う事になる聖女候補。

 礼儀作法一つとっても子供の頃から努力を重ねたイリスには及ばないだろうし、ゆくゆくは公爵に降りるとは言え第二王子の伴侶としては恐らく足りないものも多い。

 イリスも、ロートスも、時間と努力を重ねて今の形があるのだ。

 そしてその姉弟を助け続けるヴァイスは何を思っているのだろうかとふとオスカーは考える。国を支えるためだろうか、命の恩人へ報いるためだろうか。

 それとも……淡い恋慕なのだろうか。ふとそんな事を考えて己とは違うとオスカーは小さく頭を振った。


***


「マジで超便利!!」

「うおぉぉぉ!俺も欲しい!!」


 煩いと一瞬言い放とうと思ったが何が便利なのか少し気になったオスカーはマルクス・クラウスナー子爵令息の方へ視線を送った。一緒にいるのはモーリッツ・ベック子爵令息。共にオスカーと同じ班である。

 長期休暇も終わり、また学園へと通い出したオスカーであるが、イリスの所へ行くためにロートスが席を外している休み時間。


「何が便利なんだ?」

「服の皺を伸ばす魔具!!」

「……普通にあるんじゃないのか?」

「家で使ってるやつはこう、片手で持ってスーってやるやつだろ?」


 マルクスに手を滑らせる仕草をされて、オスカーは自分ではしないが使用人が使っている魔具を思い浮かべる。簡単に言えば熱で布の皺を伸ばす魔具で、庶民にも流通しているものである。


「俺が貰ったやつは、こう、ボタンをとめて吊るしたシャツの下からその魔具で風を送る!するとシャツが膨らんで皺がぴしっと伸びる!!不思議!!仕組みが全然わからない!!結構ぶ厚めの布でもいけるの凄い。何でアレ市販してないんだろ」

「……ロートスから貰ったのか?」

「俺お前にこの話したっけ?そう。ロートスが急に持ってきた」

「初めて聞いたけど……市販されないのはマルクスの為にロートスが作ったからじゃないのか」

「えぇ?」


 不思議そうな顔をマルクスがしたので、オスカーは少し迷った後に口を開いた。彼がいつだったかマルクスの服を焦がした時に随分気にしていた事、かわりに持っていった服の扱いにマルクスが手こずっているのをイリスが知った事、手入れが楽な服にしてやれとヴァイスが言っていた事。


「そこで手入れが楽な服を持ってこないで、服の手入れが楽になる魔具を持ってくる辺りがロートスっぽい!!」

「……そうなのか?」

「まぁいいや!ヴァイス様にロートスから貰った魔具ちょっと後で見せよう」

「何でそんな事を?」


 別にわざわざ見せなくてもいいだろうと思ったのだが、マルクスは大真面目な顔で口を開く。


「お前これ売れると思わない?すげー楽だし」

「まぁ、あれば使うと思う」

「ノイ家って魔具作ったら基本作りっぱなしらしくてさ。商売っ気ないっていうか、こう、思ったとおりにできたー!で終わりっていうか」

「へぇ」

「ミュラー会長もヴァイス様もそんな便利魔具を作った報告すらないもんだから勝手に工房行って適当に売れそうなの発掘するって言ってた。これ絶対ロートスが作ったのヴァイス様知らないと思う」

「……何のために魔具を作るんだあの人達」


 研究所をやめてしまったノイ伯爵の開発管理をする者がいなくなったので、現在気ままに作った魔具が積んである状態なのだろうと考えてオスカーは顔を顰める。


「そんなの決まってんだろ。自分と家族が幸せになるためだって。まぁ俺は家族じゃないけど!!皺伸ばし楽になって超幸せ!」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべて言い放ったマルクスを眺め、思わずオスカーは吹き出した。

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