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【本編完結】君の悪夢が終わる場所【番外編不定期更新】  作者: 蓮蒔
本編

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 テーブルに乗せられた書類に書かれた数字を見て、大司教は驚きの声を上げた。


「これはどういう事です。半分ではありませんか」

「ええ。現在の国庫からはこれが精一杯と言うことです」


 今までの国からの補助金額が半分になっている。それに不服を訴える様な表情になった大司教に対し、国の財務を預かるゲルラッハ侯爵は冷ややかな視線を送った。


「御存知の通りノイ伯爵が魔具研究所を辞した為に国庫が今後心もとなくなりましてね。全体的に支出を抑える事となりました。神殿だけではなく、各領地への補助金も削っている状況です。どうかご理解を」


 第二王子の婚約者のノイ家が降りた。否、降ろされた。元々神殿は魔具の開発をするノイ家を好いてはいなかったのだが、それでもここまで影響が出るとなると流石に手放しにかの家が王家から離れた事を喜べない。

 確かに婚約者の地位にノイ家が収まっていた事を苦々しく思っていたのは事実ではあるのだが。


「……こちらの補助金に関しても、正直に言えばそっとしておいて欲しいというイリス嬢のささやかな願いと引き換えに賠償金の辞退がなければ捻出するのも難しかった状態です」


 暗に彼女の慈悲だと言わんばかりのゲルラッハ侯爵の言い回しに思わず大司教は唇を噛んだが、言い返すことはできなかった。

 イリス・ノイを引きずり降ろしたのは神殿の推す聖女候補。確かに神殿のために王族とのつながりをできるだけ持つようにと言い含めてはいたが、まさか第二王子の婚約者を引きずり下ろすということまでするとは神殿側も思わなかったのだ。

 婚約破棄は第二王子の独断で聖女候補は関係ないと言い張る事も考えたが、明らかに第二王子の寵愛を受けていたこともあり神殿側が何を言った所で信じる者はいないだろう。


「急な事でこちらとしてもまだ調整中ではありますが、減ることはあっても増えることはないとお考えください」

「……しかしこれでは運営が……」

「本当に第二王子にも困ったものですね。イリス嬢やノイ伯爵家の後ろ盾に何の不満があったのやら。こちらとしても頭の痛い限りです」


 大司教の言葉を遮る様にゲルラッハ侯爵は茶を飲みながらそう呟く。元々神殿に対して対応が渋い方ではあったのだが、今回に関してはかなり目の敵にしているのだろう。


「まぁ、国庫の収支を大幅に見直すいい機会ですかね」


 仕事は終わったと言わんばかりにさっさと部屋を出ていったゲルラッハ侯爵を見送った大司教はソファーの背もたれに体重を預ける。

 各領地への補助も削られるとなると貴族からの寄付も期待できない。

 信仰の拠り所となる各地の教会の維持管理も厳しくなるだろうと思わず眉を大司教が寄せたのも仕方がないだろう。

 思わずため息を零すと、恐る恐ると言うように司祭が言葉を放った。


「お疲れの所申し訳ありませんが、月末の炊き出しの最終発注の確認にミュラー商会の者が来ております」

「あぁ。面会は今日だったな」


 大破壊の時よりはマシになっているのだが、それでも貧しい者は定期的に神殿で行われる炊き出しに集まってくる。炊き出しと同時に寄付などで集まったささやかな生活用品等の配布も行っているのだ。

 これすらも規模を縮小せねばならない。ただゲルラッハ侯爵の言う様に、少しずつでも見直しをはかっていかねばならない時期に来ているのかもしれないとぼんやりと考えながら大司教は姿勢を正す。


「お忙しいところお時間を頂きありがとうございます」


 思わず大司教が瞳を見開いたのは、ミュラー商会の神殿担当者の男と一緒にもう一人部屋に入ってきたからだろう。

 赤い瞳を細めて挨拶をするヴァイス・アイゼン……否、ヴァイス・ミュラー。


「これはこれは……お久しぶりですヴァイス殿」

「正式にミュラー家との養子縁組が成立いたしましたのでご挨拶をと思いまして。今後ともよろしくお願いいたします」


 幼少の頃よりミュラー商会の後継者と言われていたので、彼が養子縁組をしたと言われても大司教に驚きはなかった。ただ態々挨拶をしに来た事が意外であったのだ。取引はあるが神殿とミュラー商会の関係は良好とは言い難い上に、ヴァイス自体がどちらかと言えば神殿に対し冷ややかなタイプであった。

 その辺りは商売と割り切って挨拶に来たのだろうかと大司教はヴァイスの表情を伺う。

 それに気がついたのか彼は僅かに口元を緩めると、己の隣にいる神殿担当の男に視線を送った。それを合図に担当は口を開く。


「それででしてね大司教様。炊き出しの発注の件ですが。いつも通りでよろしいですか?」

「あぁ、その件に関してだが最終発注の期限を少々伸ばせないだろうか」

「期限をですか?」


 担当の男は困ったように視線を彷徨わせた後にヴァイスに助けを求めるような視線を送る。恐らく決定権はヴァイスのほうが握っているのだろうと察した大司教は更に言葉を重ねる。


「大破壊の頃からかなり大規模に行っていましたが、規模の見直しをそろそろはかろうかと言う話も出ていましてね。お恥ずかしながらまだ意見が纏まっていない状態で」


 そんな話は出ていないのだが、予算を考えれば早急にでも検討せねばならない。今の規模で続けて行けばあっという間に破綻をしてしまう。業腹であるがゲルラッハ侯爵の言う通り収支の見直しをはからねばならない。


「時勢も変わりましたしね。お察しいたします。では一週間程でいかがでしょうか」

「ご迷惑をおかけして申し訳ない」


 頭を下げるのも心の底では腹立たしいがここは仕方ないと大司教は頭を下げる。するとヴァイスが思い出したように担当に声をかけた。


「アレを」

「はい」


 そう言われて出されたのは保冷魔具に入れられた魔物の食用肉。突然の事に大司教が面食らっていると、ヴァイスは一枚の紙を差し出す。


「以前から庶民向けには流通していたのですが、神殿への紹介をしていなかったと思いまして」

「はぁ」


 魔物の肉は確かに食用として流通しているし、基本庶民向けではあるが珍しい魔物のものは珍味として貴族間でも流通している。その紹介なのだろうと大司教は紙に視線を落とした。


「価格は家畜のものの半分となっていますが、そこにありますように調理するにあたり必要加熱時間が少々長く必要です。ただ神殿の炊き出しに関しては大鍋での煮込み調理が多い様に記憶しておりましたので、それでしたら時間はともかく手間に関してはさほど代わりはないかと思いまして」


 少し早めに煮込み始めればいいだけの話なので代替えにどうかと言う提案。準備が良すぎる、そんな事を大司教は考えたが、そもそもミュラー商会はノイ家と懇意にしている。恐らくノイ家が第二王子の婚約者を降ろされた事により神殿や各領地の補助が縮小されるのを予測して営業をかけているのだろうと苦々しい気持ちになった。


「こちらはサンプルですので一度味の方もお試しください」

「……手回しがよろしいようで」

「それができなければ商売になりませんよ」

「ミュラー商会は今後羽振りも良くなりそうで羨ましいかぎりですな」


 思わず嫌味を零した大司教に対し、ヴァイスは薄く笑う。


「ええ。貴方方が王家に捨てさせた金の卵を拾いましたので。とても感謝しています」

「……」

「私は貴族でありながら商人の真似事をする俗物的な人間ですから、本当に神から授かったのかどうかもわからない卵と共に心中する貴方方程の信仰心はありません。が……命の恩人を見捨てるほど恥知らずでもありません。神殿とかの家の折り合いが余り良くないのは存じていますが、慈愛の心でお目溢し頂ければと」


 口調も表情も柔らかいが、赤い瞳はじっと大司教を見据えている。肌が粟立つのを感じて思わず大司教は言葉を絞り出した。


「心中とは穏やかではない」

「不信心な愚か者の戯言だとお流しください。では一週間後に担当を寄越しますのでその時にまたお時間を頂ければと」


 そう言い放つとヴァイスは興味が一気に失せたかの様に立ち上がり頭を下げると担当を連れて部屋を出ていった。

 昔から可愛気が無かったのだが、こうやって対峙すれば怖気すら大司教はヴァイスに抱く。元々命を助けられた事もありノイ家贔屓とは言われてたが、贔屓などと可愛いものではない。恐らく全面的にノイ家側につくつもりだろう。

 本当に神から授かったかわからない卵。

 心中するなら勝手にしろ、そんな突き放した言い回しを聞けば、積極的に神殿と敵対する気はないにしても聖女への嫌悪感が強いのは察せられた。

 ヴァイスの言葉はじわりと大司教の心に小さな黒い染みを残す。

 エーファに神殿側が手を焼いているのは事実である。聖女としての能力を顕現することもなく、国を乱したと言われかねない今回の第二王子の婚約破棄騒動の引き金となった。せめて聖女として国に認められていれば違っただろうが、現状神殿が後ろ盾となっていても所詮は子爵令嬢である。寧ろ後ろ盾である神殿の管理責任を問われかねない。

 第二王子の寵愛があるが故に下手に彼女を下ろせず、だからといって押し上げるには資質が足りない。長年その座に座っていたイリス・ノイが上手くやりすぎていた。


「厄介な事だ……」


 聖女としての能力が顕現さえすればと言う気持ちと、本当に顕現するのであろうかという気持ちが同時に湧き上がり大司教は思わず舌打ちをする。不信心な愚か者に惑わされるなと己に言い聞かせ、予算分配の見直しを図るために大司教は書類に視線を落とした。


***


「あんな事言って大丈夫なんですか坊っちゃん」

「何だよ」


 綺麗に撫で付けられた髪に手ぐしを通して少し乱雑に緩めるヴァイスに神殿担当の男は呆れたように視線を送る。


「卵ですよ卵。聖女候補と心中したければご勝手にって意味ですよね」

「他にどう聞こえんだ」

「はー。昔から坊っちゃんは神様信じてませんよねぇ」

「俺の命を助けたのはノイ家で神様じゃねぇしな。神様死んでんじゃねぇの。大破壊でも助けてくれなかったんだろ」

「絶対信徒にそれいっちゃ駄目ですからね!石投げられますよ!まぁ我々にしてみれば、神殿の神様よりガンガン魔物の屍積み上げていく風切姫の方が神様みたいな存在でしたけどね。軍神・風切姫」


 胸元も緩めて完全にオフモードに入ったヴァイスは男の言葉を聞いているのかいないのか適当に相槌を打っていたのだが、風切姫の名が出れば笑った。


「……そーだな。俺も風切姫の方がイイ」

「ですよねー!というか、また昼から孤児院の方回るんですからあんまり服装緩めないでくださいよ。イリス様に怒られますよ?」

「イリスはんな事で怒んねぇよ」


 まぁ、怒らないだろうな。そもそもあの方が怒るのはどんな時なんだろうかと思いながら男は苦笑した。


「それよかクラウスナー子爵から一筆もぎ取って来たんだろうな」

「バッチリですよ。支店の話だとご子息の手紙を見たら直ぐに書いてくださったようで。今朝方蛇皮の納品と一緒に届いてこちらに」


 鞄をぽんぽんと叩く男を眺め、ならば問題ないと言うようにヴァイスは流れる風景に視線を送った。

 少しでもノイ家への逆恨みを逸らす為にマルクスに頼んだのがクラウスナー子爵から孤児院の寄付を増やすという段取り。無論貧乏子爵と散々マルクスが主張しているように多少最近は魔物素材の売買で余裕ができてもそこまで回す金はない。名義貸しを頼んだのだ。

 孤児院と言うのは基本神殿が運営している。ノイ家というのは自領に神殿が管理する教会も孤児院もないので昔から寄付はしていなかったし神殿も寄付の催促をしなかった。けれどイリスが第二王子の婚約者という立場に立ってからは王族に連なる立場という事で、孤児院の慰問やそこに寄付などを施していたのだ。多少神殿としては苦々しく思う所だろうが、彼女の立場を考えれば寧ろ何もしない方が問題だとそれに対して何も言っては来なかった。王族の孤児院慰問などは寧ろ公務扱いである。

 けれどイリスが婚約者の立場を降りれば文字通り昔に戻る。ノイ家の財布から出ていた寄付などは当然止まるのだ。


「しっかし迂回させなくていいんじゃないですかねぇ」

「直接ノイ家から施しされるのは神殿のプライドが許さねぇだろ」

「プライドで飯食えませんけどね。まぁお優しいイリス様が孤児院の子どもたちを哀れんでこっそり寄付を続けているっていうのは美談ですけど」

「続けねぇと孤児院潰れんだろ。国から神殿への予算大幅カットだしよ」


 今はイリスを引きずり下ろした方へ恨みは集中しているが、潔く下がってしまったノイ家への逆恨みもないわけではない。実際ノイ家は補助が減って困窮するであろう他領をよそに、ミュラー商会と今後利益を得てゆくのだ。

 だから稼いだモノをどこに使うかが問題になる。


「最低限孤児院が維持できるレベルで構わねぇし」

「控えめですね」

「ノイ伯爵が国庫に貢献しすぎた結果、今財務の連中が涙目になってんじゃねぇの。表立って神殿に貢献できないって名目でギリギリ一杯やってますって見える位が丁度いい」

「全然ギリギリじゃないですけどね。余裕ありまくりですけどね」

「見えるって言ってんだろ」


 金銭の寄付は帳簿の関係で迂回し辛いので現物の寄付。具体的に言えば魔物の食用肉。ノイ家が狩ったそれを、クラウスナー家を経由して孤児院へ寄付をする。


「でもクラウスナー家の寄付が跳ね上がったら怪しまれませんか」

「怪しんで、調べて、ノイ家が出てくる様にしてんだよ。神殿は矜持を守るために見て見ぬ振りをするだろうし、貴族連中はノイ伯爵が娘可愛さに孤児院への寄付に関しては黙認してるって思うんじゃねぇの。実際甘いし、この件に関しては好きにすればいって言質とってる」

「まぁ、風切姫も大破壊の時は孤児院に対しての現物寄付やってましたしねぇ」

「らしいな。魔物の屍そのまま孤児院に持っていこうとして騎士団の連中が慌てて止めたって話は聞いたことある」


 大破壊で国土が荒れ食糧難の中、孤児院などは寄付などでなりたっているのもあり真っ先に困窮した。それを聞いた風切姫が、食べるものがないのは可哀想だと討伐した魔物肉を仕事の合間に届けたりしていたのだ。それ以外にも、炊き出しなど国主導で行われていた救済処置の時も率先して協力していた。

 それもあり風切姫は庶民からの人気が高かった。そんな風切姫の娘であるイリスが孤児院の子どもを哀れんで、と言われれば周りも納得しやすい。


「その上、ノイ家三兄弟がガンガン他領からの依頼で今は魔物狩ってますしねぇ」

「魔物討伐に回す予算が厳しい所から安価で受けてるな」

「そのお陰で肉は余ってますから寄付はいくらでもできますし、素材に関しても大分余裕ありますしねぇ。全然ノイ家の懐痛んでないですよねこの寄付」

「イリスが身体で稼いだ分寄付になってんだろ」

「坊っちゃん言い方。でもそんな風に見えますね。はい」

「困窮してるわ魔物が出るわの八方塞がりん時に恩売っとけば文句も出にくい」

「けど、困窮したのはノイ家が降りたせいだから魔物討伐は当然の補填って連中も出ますでしょう?」

「そんな連中は逆に、ノイ家は寧ろ放っておいた方が利用できるってのを思い出すだろうよ。少なくとも余計な事は言い出さず黙って利用して、もしもノイ家に不利益をもたらす輩がいれば、自分の利益の為に向こうさんを潰してくれるんじゃねぇの賢いお貴族様は」


 咽喉で笑ったヴァイスを眺め、男は呆れたような顔をした。

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