後日談 未来へ
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「アレクシス‼ 急いで帰れ‼」
ウィージェニーに捕まって話し相手をしていたところに、グラシアンが血相を変えて飛び込んできた。
そのただならぬ様子に、アレクシスが城を飛び出してブラントーム伯爵家へ帰ると、邸の中はすでに騒然となっていた。
急いで夫婦の寝室に飛び込み、血まみれた部屋に背筋が凍る。
そして、泣き崩れるエレンのすぐそばに横たわっていた愛しい妻の変わり果てた姿に、目の前が真っ黒く染まっていった。
「クラリス……」
茫然としながらつぶやけば、エレンがハッとして振り返る。
そして泣きじゃくりながら、部屋の中に侵入したなにものかに、クラリスが殺されたのだと語った。
「クラリス‼」
エレンの言葉が信じられなくて、彼女を押しのけてクラリスの側に膝をつく。
だがどれだけ呼びかけようとも、肩をゆすろうとも、クラリスは目を開けない。
「クラリス‼ クラリス‼」
見開いた目から、涙が溢れた。
ぼたぼたと落ちるしずくが、血だらけのクラリスの顔に落ちていく。
抱き起こせば、だらりと落ちる弛緩した腕が、クラリスがもうこの世にいないことを物語っていた。
まだ、温かいのに。
この小さな体にはまだ熱が残っているのに、もうここにクラリスはいない。
「――――ッ」
声にならない慟哭が、体の底から溢れ出た。
(誰が――誰が――‼)
そんなもの、思いつく人物は一人しかいない。
クラリスを抱きしめて泣くアレクシスの瞳が、だんだんと暗く染まっていく。
――その瞬間、アレクシスは確かに、壊れたのだ。
「アレクシス‼」
グラシアンが叫んで飛び込んできたときにはすべてが終わっていた。
鮮血で赤く染まった剣を手にしたまま、アレクシスはうつろな目で振り返る。
足元に転がっているのは、愛しい妻を死に追いやった元凶――ウィージェニーだ。
「なんてことを……!」
青ざめるグラシアンに、アレクシスは壊れたように笑う。
この結果、自分がどうなるかなど、わかっていた。
ゆっくりと、断頭台に向けて歩く。
心は凍り付いていて、今から死に向かうという恐怖はこれっぽっちも感じなかった。
ただ淡々と歩いて、鈍色に光る断頭台を見上げる。
――もうこの世界に、クラリスはいない。
生きていたって苦しいだけなのだから、今日をもってこの命に終止符が打てるのは、むしろ幸いかもしれなかった。
「クラリス……」
口から零れ落ちるのは、愛しい妻の名前だけ。
断頭台に頭をおいて、ゆっくりと目を閉じる。
その刹那――
聞こえないはずの妻の悲鳴が、叫びが、聞こえた気がした――
☆
――アレクシス様を、返して‼
そんなクラリスの悲鳴が聞こえた気がして、アレクシスは目を覚ました。
ハッと隣をみえれば、クラリスが幸せそうな顔で眠っている。
なんだか怖い夢を見た気がして、アレクシスは震える手でクラリスの頬に手を伸ばした。
(温かい……)
指先に伝わる熱と、確かに聞こえてくる呼吸音にホッとする。
クラリスを起こさないように慎重に抱き寄せると、クラリスが何かむにゃむにゃと寝言をつぶやいてすり寄って来た。
幸せな夢でも見ているのだろう。表情はどこまでも穏やかだ。
(何の夢だったのだろうか)
まったく思い出せないが、ひどく冷たく苦しい夢だったことだけは覚えている。
夢の中で、クラリスが叫んでいたような気がした。
よくわからないが、すごくつらそうな声だった。
夢の中のアレクシスは、クラリスを悲しませるようなことをしてしまったのだろうか。
クラリスのつるつるした髪を撫でる。
クラリスから香るバスオイルの香りに、ざわざわとした心が少しずつ落ち着いて行く。
ウィージェニーの死を知ったのが昨日。
それを知ったとき、自分でもびっくりするくらい無感動だったのを覚えている。
アレクシスには、ウィージェニーがクラリスを害することができないという事実さえあればよくて、彼女が生きていようと死んでいようと、どうだっていいのだと、改めて思い知った。
アレクシスには、クラリスがすべてなのだ。
クラリスさえ側にいればそれでいい。
逆に言えば、クラリスがいなくなれば自分を保っていられない自信がある。
クラリスとはじめて会ったときから、アレクシスはクラリスの虜だ。
こんなに愛おしい存在は、きっと一生――いや、たとえ生まれ変わったとしても、出会えない。
「おやすみ、クラリス」
クラリスの頭に口づけて、アレクシスは妻を抱きしめたまま目を閉じる。
クラリスさえいれば、悪夢はもう見ないだろう。
そんな気がした。
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これにて完結となります。
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