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プロローグ

新連載はじめます!

どうぞよろしくお願いいたします。


※二部構成になります。

 裏切りは、許せないものである。

 それが特に、信じて、愛していた人なら特に。


 だから――


「アレクシス様は将来わたし以外の女性と浮気をして、わたしを捨てるから、今のうちに別れてください」


 クラリス・ブラントームは重要な話があると婚約者アレクシス・ルヴェリエを呼び出して、面と向かってそう宣った。


 別れを告げるにしてももっと言い方があっただろうと、冷静になったあとで気づくことになるのだが、このときクラリスは平静ではなかったのだ。

 混乱していたとも言えるし、怒り狂っていたとも言える。

 絶望していたと言い換えることもできるし、茫然としていたとも言い換えることもできた。


 つまり、いろいろな負の感情がぐるぐると胸の内に渦巻いていて、冷静という言葉は遥か彼方に置き去りになっていたのである。


 だが、それも仕方がない。

 何故ならクラリスは、つい一日前にアレクシスの浮気相手が放った暗殺者の手によって、命を落としたばかりだったのだから。

 いや、この言い方は語弊があるだろう。

 クラリスはつい一日前に、アレクシスの浮気相手が放った刺客に殺された二年後から、現在に巻き戻って来たのである。


 こんなことを言ったところで誰も信じてくれないだろうが、間違いなくそうなのだ。

 命の灯が尽きる間際、気がついたら二年前に時間が遡っていて、十七歳の――アレクシスと結婚する前に戻っていた。


 はっきり言って、この身に何が起こったのか、一日経った今でもわからない。

 わかっていることは、裏切られ、殺されて、どうしようもない怒りと絶望がこの身に渦巻いてどうしようもないということだけだ。

 その、負の感情に支配されてまとまらない思考で一日考えた結果、クラリスは殺される前に元凶であるアレクシスとの関係を清算すると言う結論に至ったのである。


(大好きだったのに……)


 今目の前にいるアレクシスは、クラリスを裏切る二年後の二十一歳の彼ではなく、十九歳の青年だ。

 金髪碧眼。すらりと高い身長に、絵に描いたみたいに整った顔立ち。ルヴェリエ侯爵家の五男である彼は、現在騎士団に籍を置いていて、将来ブラントーム伯爵家の一人娘であるクラリスと結婚し、この家を継ぐ予定である。


 クラリスとの婚約は、クラリスが十歳、アレクシスが十二歳の時にまとめられた。

 優しく、人当たりもよく、真っ直ぐで真面目な性格をしているアレクシスに、クラリスが恋をするのはあっという間だった。

 だから彼と結婚して、幸せな家庭を築くことができると信じていたのに――


(許せないわ。絶対に許せない。結婚式の日に永遠の愛を誓ってくれたのに……)


 永遠の愛を誓ったのは目の前のアレクシスではなく、未来で裏切ったアレクシスだが、もはやそんなことはどうだっていい。未来でこの男は自分を裏切る。その事実だけで充分だ。

 真剣な顔で告げたクラリスに、アレクシスは茫然とした顔でしばし硬直した。

 時間が止まったかのように身動き一つせず、よく見れば瞬きもしていない。

 呼吸もしていないのではなかろうかと怪しんだクラリスが、「聞いていますの?」と控えめに声をかけたとき、突如アレクシスが笑い出した。


「あ、ははははは……」


 力のこもっていない乾いた笑い声だった。


「は、はは、はははは、はは……く、クラリス、い、今の冗談は、うん、なかなか、うん……すごかったよ。は、はは、ははは……」


 声だけ必死に笑おうとしているが、顔は全然笑っていない。むしろ青ざめていて、アレクシスが震える手で目の前のティーカップをつかむ。

 カタカタカタカタ、とティーカップが受け皿にあたる音がして、その音がだんだん大きくなるから、クラリスはカップが割れるのではないかと心配になった。

 けれど、今はカップよりも重要なことがある。このまま冗談にされてはたまらないのだ。


「冗談ではありません。婚約を解消してくださいませ」

「…………」


 アレクシスのわざとらしい笑い声が止まった。

 すでに青ざめていた顔からさらに血の気が引き、目が死んだ魚のようになる。


「な、なにを……」

「ですから、別れ――」

「だから!」


 別れてくださいと続けようとしたクラリスの言葉を強引に遮って、アレクシスがぐしゃぐしゃと頭をかきむしった。


「待ってくれ、意味がわからない。将来浮気? 何を言い出すんだ。まさか胡散臭い占い師にでも騙されたのか……? クラリス、とにかく落ち着いてくれ!」

「わたしは落ち着いています」

「落ち着いているものか‼」


 落ち着いていないのはクラリスではなくアレクシスだ。

 アレクシスは叫び、そして顔を覆う。

 アレクシスが叫び声をあげて数分後、こんこんと控えめに扉が叩かれた。声を荒らげたアレクシスに不安を覚えて、侍女か家令が様子を見に来たのだろう。

 王都のブラントーム伯爵家のタウンハウスにアレクシスを呼び出し、クラリスが彼と二人きりになることを望んだので、使用人は心配になって耳をそばだてていたはずだ。もっと言えば、昨日からクラリスの様子がおかしいのにも気づいているはずなので、いつもより気にしてくれていると思う。


「お嬢様……」


 クラリスもアレクシスも扉を開ける許可を出さなかったので、閉ざされた扉の外から探るような声がする。侍女のエレンの声だった。


「何でもないのよ、エレン」


 今ここで使用人に乱入されたら話がうやむやにされてしまう。クラリスは扉の外のエレンに、努めて柔らかい声で返事をした。


「何かあったらベルで呼ぶわ。下がっていて大丈夫よ」

「わかりました……」


 中の様子が確かめられないので、エレンが不安そうな声で返した。微かな足音がしたので部屋から遠ざかってくれたのだろう。

 エレンが声を挟んだことで、アレクシスも少しは落ち着きを取り戻したようだ。けれど表情は険しく、顔色は悪い。


「クラリス、説明してくれ」


 必死に感情を押し殺している声だった。


(説明と言われても、そのままなんだけど……)


 これ以上説明のしようがない。未来から戻ってきましたなんて言っても信じてくれるはずがないからだ。そんなことを言えば頭でも打ったのかと怪訝がられて、婚約を解消する話もそのままなかったことにされそうである。


「だいたい俺が将来浮気をするって、どうして君にわかるんだ。言っておくが、俺は今まで浮気をしたこともなければ、君以外の女性と手をつないだこともないんだぞ」


 おっと、それは知らなかった。クラリス以外の女性と手もつないだことがないと聞いて、クラリスの心に残っていた彼への恋情の欠片がちょっぴりときめいてしまう。

 恋心なんて捨ててしまわなければと思うのに、そう簡単に切り離せないのが厄介だ。それだけ好きだったのである。愛していたのだ。


「それは……」

「これまで君に対して不実を働いて来たなら、そう言われても仕方がないと思う。だが、俺は君に対して誠実だったつもりだ。未来で浮気心を起すなんて、どうして君にわかる?」


 クラリスはここで、もっと言い方を考えてから別れ話をすべきだったと後悔した。しかし時すでに遅し。感情のまま、あとさき考えず口走ったあとだった。


(でももう引き下がれないわ)


 裏切られるのも殺されるのも一度で充分だ。このまま未来で同じ結末を迎えたくない。


「とにかく、別れてください!」


 己の無策のせいで、クラリスにはもはや強引に話をまとめにかかるしかなかった。

 が、当然アレクシスが頷くはずもない。


「まさか君、俺以外に好きな男ができたのか?」

「は? 何を言うんですか? そんなはずないでしょう⁉」


 自慢ではないが、クラリスが恋をしたのは過去も未来もアレクシスただ一人だけだ。この人だけを愛していた。だから裏切られて傷ついたのだ。


「だが、いきなり別れてくれなんて、おかしいじゃないか!」

「おかしくありません! わたしにはアレクシス様が未来で浮気をするのがわかるんです!」

「話にならない!」


 ダン! とアレクシスがソファの前のローテーブルを叩く。

 大きな音にびくりとして、けれどここで怯んでなるものかと、クラリスはキッと青い瞳でアレクシスを睨んだ。

 アレクシスも碧い瞳で睨み返してくる。


 青と碧が交錯し、睨み合ったまま数秒が経過した。

 アレクシスがテーブルを殴った音を聞きつけて、再び使用人が扉の外へ集まってくる足音がした。今度はエレンだけではないのだろう。複数の足音がする。

 このままだと、使用人たちが強引に乗り込んできそうだった。

 話を早くまとめなければと焦るクラリスに、アレクシスが強い怒りのこもった声で宣言した。


「いい加減にしろ。いいか、俺は絶対に別れない。絶対に逃がさないからな。俺から逃げるなら、地獄の果てまで追いかけてやる‼」


 クラリスは思わずひゅっと息を呑んで言葉を失った。

 過去でも未来でも、アレクシスがこのような強い執着を見せたことはあっただろうか。

 クラリスはこのとき、アレクシスの中に眠る目覚めさせてはいけない何かを目覚めさせてしまったのだが、それに気づくのは、もっとずっと後のことだった。








お読みいただきありがとうございます!

しばらくの間、毎日更新する予定ですので、お付きあい頂けますと幸いです!(#^^#)

(次から毎朝6時更新にしようと思っています)


また、少しでも面白いと思っていただけたら以下の☆☆☆☆☆にて評価いただけますと励みになります!

今後連載を続けていくうえでの指標にしようと思います。


どうぞ、よろしくお願いいたします。


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