チャプター2 バックヤード
銃声。
「あーあ。結局こうなるのか」男が溜め息を吐きつつ告げる。「でも、店長さんも悪いんだからね?」
そう言う彼の目の前には、つい今しがた頭を撃ち抜かれたばかりのもう一人――今は一つと言うべきであろうか――男の死体があった。
ここはコンビニの事務所だ。雑然としたその部屋の中に無断で踏み込んだ男は、初めは穏便に事を済ませようと店長と話し合った。レジの前には誰も立っていなかったが、そのまま持っていくのも大変だ。開けてもらうよう交渉したのだ。
しかし拳銃を向けられてもなお、頑なな態度を取り続け、業を煮やした彼はついに撃ち殺してしまった。
彼が招く結果はいつもこうだ。嘲弄するかのようなその喋り方が駄目なのかもしれないが、これは生まれついたもので今更変えようもない。
俺は話し合いには向かないな。男は我ながら、自らのコミュニケーション能力の無さを笑った。
ともあれ、こうなってしまってはもうレジごと持って行って、どこか人目のつかないところで破壊するしかない。もしくは店内に誰もいない隙に壊すか。どちらかというと後者の方が楽だ。そうしようかなと結論を出したちょうどその時、店内からコンビニの入店音が聞こえてきた。
男はすぐさま動きを止め、息を潜める。兎にも角にも、様子を見ることにした。
店内の方から声が聞こえて来る。
「店員さーん! いないのー?」
無視する。
「聞こえないんですかー?」
無視を続ける。
「事務所ですかー?」まるで憚ることない声でこう告げてくる。「行ってみるか。一度行ってみたかったんだよねー」
その言葉を聞いて男は思った。今は来られるのはまずいな。この死体を見られるわけにはいかない。少なくとも俺が逃げるまでは。だが手ぶらで逃げるわけにもいかない。どうにかやり過ごせないものだろうか。
とその時、事務所の休憩スペースに投げ出された制服に目を止めた。ネームプレートもついたままで、そこには暁と書いてある。
どこぞの誰とも知りませんが借りますよ、暁さん。制服も、名前も。そう内心で呟き、急いで袖に腕を通した。
着替え終えると、すぐさま店内へと出た。
「いらっしゃいませー」そう言いながらレジへと入る。
「なんだいるじゃん」敷島が言う。「居眠りでもしてたの?」
「ええ、まぁ。そんなところです」
「駄目だよー、就業中なんだからさ。そんなんじゃ社会人やっていけないからね?」
「は、はぁ」暁は曖昧な返事をする。
「なにさ、その態度は」
「え」
「俺はお客なんだよ? もっと言い方あるんじゃない?」
「えぇ」
なんだこいつ。めんどくさい客に絡まれたな。暁はそう思いつつも、何とか笑顔を取り繕ってこう返す。
「以後、気をつけます」
それからさっさと追い出したいという気持ちから、「お会計ですよね?」と尋ねた。しかし尋ねてからふと思う。そうだ、レジ開けられないんだった。仕方がないのでこう付け加え始めた。
「ですが、ただいまレジの方がですね……」
だがその言葉を言い終える前に、敷島がこう言った。
「いや、買い物はしないよ?」
「壊れてまして……って、え? じゃあ何用で?」
「聞きたいことがあるんだよ」
敷島は、「何を当たり前のことを」と言わんばかりにそう告げる。それから何やら商品を取り出してこう尋ねてきた。
「この店長のおすすめパスタって、具体的になにがおすすめなの?」
知るかよ。暁が心の内でそっと毒づく。ついでにうんざりした表情を浮かべていたのにも拘わらず、敷島は尚も続けてきた。
「どこからどう見ても普通のパスタにしか見えないんだけど、店長さんはいったいどこをどうおすすめしてるのさ」
「え、えー、そう申されましても、ねぇ?」
「わからないの?」
「まぁ、そうですね」
「自分でもわからない商品を売ろうとしてるの? それってどうなのさ」
「いや、そう言われましても。売るもの決めてるの俺じゃないですし」
「プロ意識に欠けるなぁ」敷島はあからさまにため息を吐く。「そんなんじゃ困るよ。こっちは、そっちに全幅の信頼を寄せて買い物してるんだからさ」
「え、いや、俺ただのバイトですし」
「そんなの関係ある? 俺からしたら、みんな同じ従業員だよ」
こいつ、殺してやろうかな。暁は内心でそう思いながらも何とか、「それはそうなのかもしれないですが」と言った。
そんな彼の心のうちなどいざ知らず、敷島は続けた。どこか得意げで、こうして説教しているのが楽しくてたまらないといった様子だ。別に大した人間でもないのに、ただ客であるというだけで大きく出られる。その簡易さはまさにコンビニエンスと言えた。
「しっかりしてよね、全く。そんなんだから世界は大変なことになるんだよ。地球温暖化に少子高齢化。問題は山積みだ」
「いや、さすがに地球温暖化は関係ないかと」
「そうやって無責任な態度を貫くから、いつまで経っても問題は解決しないんだよ。大事なのは、一人ひとりがしっかり問題意識を持つこと。わかる?」
「はぁ」
「返事はしっかりする」
暁は不服ながらも、「はい」と答えた。
敷島は、その様子に満足したのか「よし」と一つ頷いた。それから「じゃあ、また聞きたいことあったら来るからね」と言う。
「え、何か買われて行かないんですか?」
「何も買わないよ」敷島はさぞびっくりした様子で答えた。「さっきも言ったじゃない。別に買い物に来たわけじゃないって」
人の話はちゃんと聞きなよ、と言ってくる彼の声に被せるようにして、暁は告げる。
「じゃあ、いったい何しに来たんですか?」
すると、敷島は簡潔にこう答えた。
「暇つぶし」
「え」
すっかり言葉を失う暁を他所に、敷島は「じゃあねー、また来るからねー」と言った。その後ろ姿を眺めつつ、懐に忍ばせた拳銃の感触を確かめていると、ふいに彼が振り向いてきたのでさすがにびっくりした。
「え、な、なんです」
「ついでにトイレ借りていい?」
「ど、どうぞ」
できればそのまま帰ってこないで欲しい。切にそう願った。
ともあれ、嵐は去った。彼がいない今のうちにレジを抱えて逃げるかと思ったが、実行に移す前に更なる客が現れた。髭面の厳めしい顔つきの男だった。
「い、いらっしゃいませー」
できればさっきみたいな面倒な客じゃないといいな、と思いながらそう告げる。しばらく様子を眺めていると、男は店内の様子をきょろきょろと見ていた。全体に目を走らせて、誰もいないことを確認すると、彼はレジへと詰め寄り暁の前に立った。
「おめぇ、一人か?」ゴールデンバットが尋ねる。
「え? まぁ、そうですね」咄嗟のことだったので、思わずそう答えていた。
するとその答えに満足したゴールデンバットは、「じゃあ遠慮なくやらせてもらうとするか」と独り言ちた。
「えっと、何の話です?」
さすがに目の前でそう言われて、無視するのもおかしな話だと思った暁はそう尋ねた。するとゴールデンバットは脈絡もなくこう言った。
「金を出せ」
ゴールデンバットは拳銃を突きつける。その銃口をとくと眺めてから暁は言った。
「あー、もしかしてコンビニ強盗であらせられますか?」
「その通りだが、なんだその妙な敬語は」
「あ、いえいえ。予想外な出来事が起こったもので」
「たりめぇだろ。どこの世界にわざわざ予告する強盗がいる」
「そりゃご尤も」
「もういいだろ。四の五の言ってねぇで、さっさと金を出せ」
「そうしたいのは山々なんですが、できない相談というかなんといか」
そう告げると、ゴールデンバットは眉をしかめてこう言った。
「てめぇ、どういうことだ?」