チャプター9 回帰ロス
「目障り悪夢とはもうおさらばだ」
ゴールデンバットは虚ろな声でそう呟いた。彼の持つ拳銃からは未だに硝煙が上がり続けている。
どこか様子のおかしくなった彼を訝しながらも、桜は問いかける。
「自分が何をしているかわかっているの?」
ゴールデンバットは僅かに顔を上げる。その瞳には今までにないくらい、強い意志が感じられた。
「たりえめぇだ。俺は初めから全て覚悟のうえでやってるんだ」
「そう」桜もそんな彼の意思を読み取った。「引く気はないわけね」ゴールデンバットに対して拳銃を構える。
「俺とやり合おうってのか? 小娘が」
「私も初めからそのつもりだったから。覚悟の上よ」
ゴールデンバットは笑う。「面白れぇ」そう一言呟いて、彼も拳銃を構えた。
お互いに銃口を向け合い、睨み合う。張り付くような緊張感が辺りを覆った。その雰囲気を打ち破ったのは敷島だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。二人だけで盛り上がっちゃってさ。まずはこの状況を説明してくれたっていいじゃない」
それから彼は控えめな声で、「その、そこに倒れてるのってさ」と言う。その言葉の続きを暁が継ぐ。
「警官ですよ」
「何だって、そんなことに」
「おめぇらが行っちまったすぐ後だ」今度はゴールデンバットが答えた。もちろん拳銃は構えたままで。「そいつらが客としてきてな、俺は見つからないよう隠れていたんだが、お前ら中で話していただろ」
「ええ」桜が言う。
「それがどうやら聞こえたみてぇでな。注意を向けたからそれで仕方なく」
「何それ? そこまでする必要なかったでしょ。声が聞こえたくらい、どうとでも言い訳できた。違う?」
「記憶されるのが嫌だったんだよ。どんなことでも警察なんざに知られるのは我慢できねぇ」
「いやに警察を目の敵にしますねぇ」暁が言った。「犯罪者だから、だけじゃないですよね?」
「ああん?」ゴールデンバットが凄む。
暁は肩を竦めた。「わかってます。強盗同士の会話に口出しするな、ですよね?」
ゴールデンバットは一笑に付す。「いいさ。話してやる」そうして話し出す。
「俺は過去に一度、コンビニ強盗をやったことがある。数年前の話だ。その時は初めてだったこともあって段取りが悪くてな、運悪く籠城を余儀なくされる事態となったんだ。気づけば警官が辺りを囲んでいる。さすがの俺も一巻の終わりかと思ったが、だからってあっさり諦めるわけにはいかねぇ。何とかして脱出しようと試みた。だがそんな時だ。裏口から侵入してきた一人の警官とはちあったんだ。そして、俺は思わず撃ち殺した」
敷島がへらへらと笑い出す。「いやいや、冗談でしょ?」しばらく周りの様子を窺うが、誰も同調する気配がないので、不安になりさらに付け加えた。「だって、現にここにいるじゃん」
「捕まってねぇ。そう言いてぇのか? 生憎だが、俺は逃げおおせたんだ。幸か不幸か、な」
「なのに再犯を?」暁が告げる。「無事に逃げ切れたのに?」
「おかしな話じゃねぇだろ。どの道、俺にはこの生き方しか残されちゃいない。他に選択肢なんざねぇんだ」
「そういうもんですかねぇ」
「おめぇにはわかるだろ?」
「俺がですか? 冗談は止してくださいよ」
「惚けるのもいい加減にしろよ。おめぇからは俺と同じ匂いがすんだよ。お前いったい何者だ?」
「だから言ったじゃないですか。ただのバイトだって」
「ああ、そうだ。そして今日入ったばかりともな。だがお前はその後に言ったな。店長は一度眠ったらなかなか起きない常習犯だって。どうしてそんなこと知ってる?」
「え、いや、あのー」暁は目を泳がす。「あ! そうそう、前に友達がここでバイトしていて、それで事前にいろいろと聞いてたんですよ」
そんな明らかな嘘を無視して、ゴールデンバットはこう告げる。
「もうすぐ夜明けだ。人通りが出るようになれば、そのうち客も来る。俺たちのやってることが世間に知られるのも時間の問題だ。どうする? 今ここで洗いざらい吐いちまうか、それとものらくらと白を切り続けて、仲良く御用されるか」
ゴールデンバットはちらと外へと目を向けて、それから鼻で笑った。「ゆっくり悩めよ」
すると暁の雰囲気が急変した。それまではただのバイト然といた気だるげの雰囲気だったが、そこにさらに冷たい目つきが加わる。実に面倒くさそうにため息を吐き、それから頭を掻く。
それから彼はどこから出したのか、拳銃を取り出した。それをゴールデンバットに向けるとこう告げる。
「あーあ。結局こうなるのか」
銃声。