チャプター4 違算
「えー、そんなつれないこと言わないでよー」
敷島は言った。その緊張感のない声音に呆れながらも、ゴールデンバットは返す。
「つれないも何も、俺はお前のことなんざこれっぽっちも知らねぇ。馴れ馴れしくすんじゃねぇ」
「俺の名前は敷島。ほら、これで知らない人じゃないでしょ?」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ」
と、ここで二人のやり取りをカウンター越しにぼんやり眺めていた暁が、はっとして尋ねる。
「え? え? ちょっと待ってください。お二人は仲間じゃないんですか?」
その言葉に、二人はそれぞれこう答えた。
「そうだ」
「違うよ」
「てめぇは黙ってろ」ゴールデンバットが凄む。
敷島は詰め寄ってくる彼を押しのけながら、「そんな怖い顔しちゃやだなぁ」と言った。
「えと」暁が言う。「結局、どっちなんです?」
満を持してゴールデンバットが答えた。
「こいつは正真正銘、仲間じゃねぇ!」
妙な主張の仕方だったが、事実その通りだった。しかし暁は依然と困惑の顔を浮かべており、「いや、だけど今」と告げる。その言葉に被せるようにゴールデンバットは言う。
「まるっきりの初対面だ」
「そんな人が強盗に加担します?」
暁の鋭い指摘に、彼は少なからずたじろぐ。確かにおかしな話だ。だが現に初対面なので、そう言うしかない。
うまく伝わらずもどかしい思いをしている彼に助け船を出したのは、元凶である敷島だった。
「まぁでも? 一期一会の人生なんだからそういうことだってあるでしょ」
「いや、どゆこと?」暁が問う。
「だからさ、一目見てびびっと来たんだよ。兄貴について行こう。この人は信頼できるって」
「俺の何を知ってるんだよ」
「まぁまぁ、いいじゃない。一人より二人。二人より三人、でしょ?」
「強盗においてはその限りじゃねぇけどな」
「えーっと、とりあえず」暁はこめかみを抑え、言葉を選ぶようにして言った。「仲間であるかどうかはともかくとして、お二人は同じく強盗ということでいいんですよね?」
そう問われて二人は、お互いに顔を見合わせて探るように頷き合った。「まぁ、そう言うことだな」とゴールデンバットが代表して肯定する。
「じゃあ、どうします?」
と、暁にさらに問いかけられるも、その意味がわからず「どう、とは?」と聞き返してしまう。彼は答えた。
「いやですから、お二人は同じ店の、同じ金を狙っているわけでしょ? 二人で分けようってんじゃないなら、どっちかが諦めるしかないんじゃないんすか?」
「もち、山分けっしょ」敷島が即座に答える。
しかし、ゴールデンバットはそれに同意しなかった。
「ふざけるな。ここは俺に譲れ」
「えー、なんでさ。一緒に頑張ってきた仲じゃない」
「おめぇはだた便乗してきただけだろ。いいから失せろ」
敷島がさらに食い下がろうとしたその時、コンビニの自動ドアが開いた。犯行現場には似つかわしくないほどのチープな入店音が響く。黒い短髪に、白いシャツとジーパンを合わせたシンプルな出で立ちの女性が入ってきた。
突然の客の到来に、三人の間には気まずい沈黙が流れる。レジを前にして二人の男が雁首を揃えている時点で異様な光景なのだ。それでいてさらにこちらを気にするかのような気配が流れれば、さすがに彼女も無視できなかった。
「えと、何?」
桜が尋ねた。その言葉に答えたのは暁だった。
「あー、いや、そのー……いらっしゃいませー」
「はぁ」
「その、つかぬことをお聞きするんですが」と前振りをして、暁が問いかける。「もしかしてあなたもコンビニ強盗だったりします?」
彼自身もなぜこんなことを聞いたのかわからなかった。ただ、ここまでコンビニ強盗が集まっては、何かそういう見えない引力みたいのが働いているんじゃないかと、柄でもなく思ったのだった。
桜はそんな頓狂な質問に、「はぁ?」と今度は語尾を上げて繰り返す。
「いやね? 何でもこちらのお二人はコンビニ強盗みたいなんですよ。それもどうやら別々でやってきた、というかなんというか」
「……どういうこと?」
「何ていうのかな」暁は頭を掻く。「正直、俺もよくわからなくて」
「簡単に言えばね」敷島が言う。「俺は兄貴と強盗することなったんだよ。今日をもってね」
簡単、と前置きしておきながらも、いまいち要領を得ない。
「違う」ゴールデンバットがすかさず反論する。「俺はこんなやつと関わりを持っちゃいない。これまでも、これからもな」
「それはもう手遅れじゃないすか?」暁が言った。
その言葉に屈せず、ゴールデンバットは「とにかく!」と切り出す。
「俺は一人でやり遂げる。仲間なんざいらねぇ」
「えーっと、つまり」桜もこめかみ手を当てつつ、尋ねた。「仲間割れ?」
「だからそもそも仲間じゃねぇつってんだろ!」
「ごめん、ちょっと待って。一旦落ち着いて」興奮する彼を手で制しつつ、桜はさらに問いかける。「この中にきちんと状況を把握している人はいないの?」
たちまち一同は沈黙した。すっかり黙してしまった三人を順繰りに眺めつつ、桜はこう結論を出す。
「どうやらいないみたいね」