チャプター5 強盗会議
「これは、つまりどういうこと?」
桜は言った。普段ならば何事にも涼しげな表情を浮かべてやり過ごす彼女も、今回ばかりは眉間に皺を寄せていた。まるで予期しない出来事が待ち受けていたからだ。
「つまり、俺たちはここで強盗をしようとしてたところなんだよ。ね? 兄貴」
そう言ったのは敷島と呼ばれる男だった。軽薄そうな男であるが、その軽さは学生独特の、責任とかそういった重たい二文字から遠く離れたところにいるかのような軽さだった。
そして、そんな彼に兄貴と呼ばれた髭面の男は、舌打ちを一つ漏らしてこう言う。
「おめぇに兄貴となんざ呼ばれる筋合いはねぇよ」
彼はこの場ではゴールデンバットと呼ばれていた。明らかな偽名だが、その相貌に違わない荒々しい言動といい、如何にもな雰囲気がある。
彼はさらに続ける。
「だいたい、おめぇのことなんざこれっぽっちも知らねぇんだ。勝手に仲間面してんじゃねぇ」
「酷いなぁ。いいじゃない、一人くらい増えたってさ。法を犯してるわりには狭量だなぁ」
「関係ねぇだろ」
「ごめん。ちょっと待って」
突如として言い合いを繰り広げる彼らを止めて、桜が割って入る。
「あなたたちが仲間かどうかはこの際どうだっていいの。ただ、本当に二人はコンビニ強盗かどうかが知りたい」
「そんなの証明しようがあるの?」
そう尋ね返す敷島に、この場にいるもう一人の男が言った。
「じゃあ俺が保証しますよ」
彼はこの店の店員だった。そのネームプレートには暁と書かれているので、ここでは暁と呼ぶことにしよう。気怠げで、敬語とタメ口の狭間のような言葉を巧みに操る彼は、まさにアルバイトの肩書が相応しかった。
そんな彼は、カウンターから僅かに身を乗り出しながら、会話に加わる。
「お二人とも、強盗のようです。俺、脅されましたから」
「それって、保証になるの?」
敷島が素朴な疑問を口にする。桜はその言葉を受けて、「確かにそうね」と頷いた。
そんな彼女に対して、ゴールデンバットが言った。
「第一、どうやれば強盗の証明ができるんだよ」
強盗免許証とか、とふざけたことを口にし出した敷島を一睨みして黙らせてから、さらに続けた。
「そもそも、そういうお前は何者なんだ」
「コンビニに訪れることがそんなに変なこと?」
「なんだ、ただの客か。ならとっとと帰れ」
そう告げるゴールデンバットに、敷島が「え?」と口にする。
「返しちゃうの?」
「たりめぇだ。てめぇでさえ手いっぱいなのに、さらに状況をややこしくされたらたまらないからな」
「でも、警察に通報されちゃうかも」
「知ったことか。サツが来る前に片をつけるまでだ」
「随分と強気ですね。経験があるので?」
暁が口を挟んでくる。我慢ならないとばかりにゴールデンバットは語調を荒げて言った。
「さっきから黙ってればいい気に乗りやがって。バイトの分際で会話に入ってくるんじゃねぇよ」
「バイトでも立派な社会貢献でしょ? あなたたち犯罪者に比べればね」
「言うじゃねぇか。どうやら死にてぇらしい」
ゴールデンバットは笑いながらそう言い、それから拳銃を取り出す。それを暁へと突きつけた。
「止してくださいよ。そんな物騒なもんはしまって」
「なら、お前の仕事はなんだ?」
「え、コンビニの店員ですけど……」
「そうだ。お前の仕事は客が来るまでレジの前で突っ立って、したくもねぇ愛想笑いを浮かべることだ。違うか?」
「いや、さすがに全然違うんじゃない?」
「なら、店長にでも聞いてみるんだな。俺の仕事は、強盗同士の会話に口出しすることですかって」
「わかりました。わかりましたよ。もう黙ってます」
ゴールデンバットは「ふん」と鼻を鳴らす。「初めからそうしてろ」
それから桜の方へと向き直り、こう告げる。
「というわけだ。出て行け、小娘」
「桜」
「はぁ?」
「私の名前。小娘なんて名前じゃないから」
「いい度胸じゃねぇか、小娘」
「それと付け加えておくなら、私も強盗だから」
「……何だって?」
「聞こえなかった?」
「わからねぇ奴だな。今ならなかったことにしてやると言ったんだ」
「なら、もう一度言わせてもらうわ」桜は、一文字一文字はきはきと口にする。「あなたたちと同じ、強盗よ」
「ここは先客でいっぱいだ。他をあたれ」
「あなたがそうしたら?」
「……面白れぇこと言うじゃねぇか」
言い合う二人に、敷島が「まぁまぁまぁまぁ」と割り込んだ。
「やだなぁ、二人して怖い顔しちゃって。仲良くしようよ」
桜が返答する。「はぁ? 本気で言ってるの?」
「もちろんだとも。だってこんな偶然なかなかないよ? これも何か縁ってことでさ、俺たち手を組まない?」
「何が言いてぇんだ?」ゴールデンバットが問う。
「だからさ、俺たちでコンビニ強盗団を結成するんだよ。全国のコンビニを巡回して荒稼ぎしてさ、名前さえ売れれば捕まってもハリウッドから映画化のオファーとか、道はある」
「別に映画に出たいわけじゃねぇ。それに、仲間を作る気なんてさらさらない」
「なんでさ」
「コンビニ強盗での収入なんてたかが知れてんだ。それをさらに山分けしようとなったら、手元にはこれっぽっちも残らねぇ。そんな効率の悪いことできるか」
「でも成功率は格段に上がるよ?」
「関係ねぇ。俺は一人でやる。やり切れるんだ」
「意固地だなぁ」
そうぼやく敷島を他所に、暁が「つまりさ」とまとめにかかった。
「真夜中のコンビニに、幸か不幸かコンビニ強盗が集まっちゃったってわけだ。ですよね? 桜さん」
「どうやらそのようね」
とここで、敷島が「あー、でもさ」とさも申し訳なさそうに手を挙げた。「もう一つ付け加えといたほうがいいことがあるんだよね」と言う。
「何?」と桜が問いかける。
「実はさ、店内で見つけたんだよね」
「何を?」
ゴールデンバットが、「煮え切らねぇな。さっさと言えよ」と問い詰める。
「死体だよ」
「は?」
桜とゴールデンバットの二人の声が重なった。
「だから、この店に死体があるんだって」
「てめぇ、なんでそんな大事なことずっと黙っていたんだ」
ゴールデンバットがそう問いかけると、敷島はつきものが落ちたかのような顔でこう言った。
「言うタイミングがわからなくって。でも無事言えてほっとしたよ」
「勝手に一息ついてんじゃねぇ。他に言ってねぇことはないだろうな?」
「ないよ、ないない」
続いてゴールデンバットは他の二人に凄んだ。
「てめぇらも、隠してることはねぇだろうな」
「そういうあなたはどうなの?」
桜がすかさずそう返すと、暁が「そうそう」と便乗してきた。
「俺に言っておきたいこととかないんですか?」
すると、ゴールデンバットはこう言った。
「おめぇに言いたいことはただ一つだ」
と、拳銃を突きつける。
「金を出せ」