表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

チャプター12 Stand Luck

 夜が明けた。


 コンビニを退店した桜が最初に目にしたのは、朝日を照らされて一面銀色に輝く海だった。深夜に見られた、どこか不気味さを思わせる海はもう見る影もない。


 徹夜をしたからか、降り注ぐ朝日は目を刺すようだった。それでも手で庇を作り見上げると、雲一つない青空が拝める。風が吹き、髪を揺らしてくる。塩の匂いが鼻腔をくすぐった。


 充分に朝の光景を堪能した彼女は、早速歩き出すと、間もなくして後ろから「おーい」と追いかけてくる声がある。それでも構わず歩き続けて行くと、やがて敷島が追いついてきた。


「ちょっと待ってって、桜さん」


「まだ何か用?」桜が問いかける。


「いや、用ってほどでもないけどさぁ」と敷島が口籠る。しかし何か言いたそうにしていて、「ねぇ?」と意味深に問いかけてきた。


「何?」


「なんて言えばいいのかな……」


 そう逡巡している彼に、桜は肩を竦める。


「私に聞かれてもね」


「だよね」


 と、ここで桜が思い出したように「あ」と言う。


「モデルガン、借りっぱなしだった。返すわ」


「いえいえ。役に立ったかどうかはわからないけど」


「立ったわよ、ありがとう」


 そう微笑む彼女にしばし見惚れてから敷島はこう言い出した。


「あ、俺も拳銃を返さなくちゃだね」


 そう言って懐を探り始めた彼に対して、桜は「いらない」と即答する。


「え」


「いらないからあげる。そういうの好きじゃないの? サバゲーやりたがるくらいだし」


「いや、でもさすがに実銃はねぇ」


 敷島が渋っていると、桜は「じゃあ、こうしましょうか」と言い、彼から拳銃を取り返す。何をするのかと思えば、彼女は海へと放り投げたのだった。


 拳銃を綺麗な放物線を描き、着水する。その物騒な見た目に似合わず、ちゃぷんと可愛らしい音と立てて沈んでいった。


 それを見届けた敷島は、間もなくして言いづらそうにこう切り出した。


「……よかったの?」


「別にいいわよ。あんなの持っていたって使うことなんてないだろうし」


「いや、そうじゃなくてさ」


「お金の問題? 確かに高かったけど大して使い道なんてないお金だったから、別に気にしない」


「いや、そうでもなくてさ」敷島が言った。「犯行現場の近くで拳銃なんて見つかれば、実際に使ったかどうかは別として、真っ先に凶器に認定されるんじゃないかなと」


 桜は、ようやくにして自分の失態に気づいた。しかし時既に遅し。


「……まぁ、見つからないよう祈っておく」


「それしかないよね」


 それでも二人しばらく、名残惜しそうに拳銃の消えていった海を見つめていた。彼女にとっては単なるしでかしてしまったことと折り合いをつけている時間だったが、敷島にとっては意を決する時間だった。


 彼は口にする。


「親父さんのこと残念だよ」


「え」


「その、復讐。果たせなくて」


「ああ」桜はそう言って、再び海へと視線を向けた。「別にいいわよ、そんなこと」


「え、もういいの?」


「ええ。実際にあいつに向かって引き金を引いてみてわかったの。長年の憎しみもたったこれっぽっちで終わるんだなって。そう思ったら、なんか復讐なんてくだらないように思えた」


 敷島が何も言えないでいると、桜は畳みかけるように話し出す。


「父が死んでさ、警察もしばらくの間は捜査していたらしいんだけど、事件が風化するにつれてどんどんと捜査人員が減らされて。そのうちもう誰も父のことなんて気にしなくなるんじゃないかって。父を覚えているのは、私と私の家族くらいなのかなって、そう思ったら悔しかったの」


「桜さん……」


「だから自分の手で復讐しようって、そう思ったの。多分、これは父の敵討ちというよりかは、世間に対しての復讐。事件をなかったことにしようとする、世間への」


「……そっか」


「自分勝手だよね」桜は、恥ずかしそうにはにかむ。「自分でもわかってる。父は家庭も顧みないで仕事ばかりだったし、家にいる時はいるもゴロゴロして人前でも平気で屁をこくし、足臭かったし」


「い、言い過ぎじゃない?」


「要は、本当はあんまり好きじゃなかったってこと。なのに死んだ途端、不幸ぶっちゃって。バカみたいだよね」


「……そんなことないよ」敷島は言う。「たった一人のお父さんでしょ?」


 桜は虚を突かれたように目を見開いていたが、しばらくして視線を落とす。「……うん」とごく小さな声で頷いた。


 それからすぐ、彼女は漂う気恥ずかしさを払拭しようとするかのように、「あーあ」と伸びをした。


「何だか時間を無駄にした気分」


 でも悪い気はしない、少なくとも今は。


 そう思っていると敷島が、「ならさ」と声を掛けてくる。


「よければ、これからどこかでお茶しない?」


「何でそうなるの?」


「何でだろうね」敷島は言う。思いつくままに「その、これも何か縁ってことでさ」と口にした。


 桜はその続きを引き取る。「手を組もうって?」


「コンビニの次は、カフェテリア強盗とでも洒落込む?」


「でもお生憎様」桜は冗談めかした態度で言った。「こんな時間に開いてるカフェなんてないでしょ」


 すると彼はこう答える。


「なら、またコンビニにしとこうか?」


 桜は笑う。「遠慮しとく。しばらくコンビニはこりごりよ」


          *


 所変わってコンビニ店内。とうに桜と敷島が去って行った後、死屍累々となった店の中でむくりと起き上がる影があった。


 彼はつい先ほど店内へと立ち寄った警察官の片割れだった。まだ警察官になりたての彼は、やんちゃな先輩と共にサボりがてら夜食を買いに来たはいいものの、むしろ彼らが本職とする場面へと立ち会うこととなる。


 しかし、頼みの綱であった先輩は早々にやられ、まだぺーぺーの俺では成す術はないと判断した彼は、ほとぼりが冷めるまで気絶したふりをすること決めたのだった。


 だがいつのまにやら本当に気絶していたらしく、気が付いたばかりの彼は寝起きのせいか目の前の物事を正しく認識できないでいたのだが、次第に意識がはっきりしてくるとその惨状に目を見張ることとなる。先輩を含め、全部で三つの死体。溢れる血だまり。まだ僅かに残る硝煙の匂い。


 それら全てが、今この瞬間自分と同じ場所にあるということが何よりも彼を恐怖させた。殺人の容疑、あるいは犯罪を目の前にしてまんまと気絶した臆病警官。これから彼に対して放たれるであろう心ない言葉の数々が脳裏を掠める。


 いっそのことここから逃げ出してしまおうか。そう思い、出入り口を見て、それから店内の隅へと目を向ける。そこには監視カメラがあり、犯行の一部始終が録画されているはずだった。きっと今逃げ出せば、そんな姿も残るであろう。


 結局、彼は現実逃避気味に再び眠りにつくことにした。横になり、目を閉じる刹那、彼は先ほど入口付近のマットに書かれている文言を思い出す。


 また起こしをお待ちしております。


 彼は心の中でこう返した。もう二度と起こしてくれるな、と。

これにて完結です。拙い部分が多々ある中、最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ