チャプター11 Original Bullet
暁は拍手を始めた。実に大仰な拍手で、店中に響き渡る。
「見事だ、見事だよ全く」
そう告げる彼の笑顔はこれまでにないくらいの笑みを浮かべていた。しかし、楽しそうなものだけでなく、まるで小さな生き物をいたぶる子供のような無邪気な残酷さが秘めている。
さらに続けた。
「そして俺の考えも間違ってはいなかった。警戒するのはやはり君だけでよかったんだよ」
桜は怪訝な顔で言う。「あなた、状況わかってる?」
「そうだ!」敷島も震える声で続いた。「お前の背中に何が当たっているか、もうわかっているんだろ!」
「もちろんわかっているさ」暁は冗談めかすように言う。「黒くて、固いものだ。卑猥な意味じゃあないぜ」
「ならあなたに残された道はただ一つ。大人しく降参しなさい」桜が言う。
そんな彼女に対して、相変わらず余裕そうに暁は告げた。
「果たしてそうかな? より正確に言うなら、俺はここで彼に撃たれるっていう選択肢もあるんじゃない?」
「本気?」
「それは俺じゃなくて、彼に言うべきじゃない?」
そう言って暁は、背後にいる敷島をちらと見る。そのどこか挑発的に見える視線に、敷島は動揺を示しながらも自分を鼓舞するかのようにこう答えた。
「俺は本気だよ。本気で撃つ」
「なら撃ってみろ」
「え?」
「聞こえなかったのか? 撃ってみろ。そう言ったんだ」
「な、何言ってるの?」桜が慌てた様子で言う。「撃たれたらただじゃ済まないわよ」
「わかっているさ。誰よりもね」
「なら」
そう言い返そうとする桜の言葉を遮って、暁は「君は一つ過ちを犯しているよ」と告げる。動揺する彼女を満足そうに眺めて、さらに言った。
「俺、さっきも言ったよね? 警戒するのは君だけでいいって。なぜだかわかる?」
「私だけが」桜は探るように言う。「実銃を持っていたから」
「それもあるかもね。でもそれだけじゃあない。君はさっき自分で言っていたね、そんなに簡単に人を殺せる人間なんていない。実銃を持っているからって、それだけで警戒する理由にはならないんだよ」
「……」
桜は沈黙した。その沈黙は、つまるところ自分の言いたいことを理解したからだ、と暁は思った。そして、それが図星であることも。
「君には覚悟がある。いざという時には躊躇うことなく撃つ覚悟が。俺はそう直感したんだ」
今、彼女は相変わらずモデルガンを構えているものの、その視線は気まずそうに逸らされていた。自分の足元の若干右斜め上を見ている。瞬く間に彼女がちっぽけな存在になったかのようだった。
暁はすっかり調子づいて続ける。
「つまり君は、今まさに人殺しになろうとしてるんだ。簡単に人を殺せる、少数派に」
「……」
「いったい、何が君をそうさせる?」
「私は」桜は震える声で答えた。「私に、そんなつもりは」
「ないって? 冗談でしょ。第一、実銃を持ち歩いている時点でかなり怪しいよ」
「私は……」
桜の唇は渇いていた。だけど、舐めて潤すことはしない。そうしてしまったら、その湿り気で思わず本当のことを言ってしまいそうだったからだ。
それでも暁は問いかける。
「さぁ」
甘美な誘惑のように。
「教えてよ」
内に秘める思いを口にすることは、一種の快楽だ。それが後ろ暗い感情であればあるほど、その快感は大きい。奥底に眠る心情、ネガティブな思考。そういったものを公言することが、この真っ当に、明るく生きることを強要される世の中でどれほど救われる行為だろうか。
だが同時に、一度口にしたが最後、後戻りもできない。まだ曖昧としたものを明確に言語化してしまえば、自分自身がそういう人間であることを自覚してしまう。やがて言葉は思想へと代わり、思想は性格へと変貌を遂げて、発した本人の人生を作り変える。
桜はそうとわかっていながらも、その誘惑に抗いきれなかった。
「私は――」
が、その時だった。一発の銃声が轟く。
次の瞬間には暁が膝をついていた。腹部から血を流しており、手で必死に抑えているものの、その勢いはとどまるところを知らなかった。
「なんで、てめぇ……」
暁は息も絶え絶えにそう告げる。その視線の先には、同じく息絶え絶えのゴールデンバットがいた。彼が構えた拳銃からは、硝煙が上がっている。
「お望み通り撃ってやったぜ」彼は力なく笑いながら言う。「気分はどうだ?」
「ふ、ざけっ」
そう言いつつ暁はとどめを刺そうと拳銃を構えるも、それよりも早くゴールデンバットが引き金を引いた。数発分の引き金が引かれる。間もなくすると暁は完全に沈黙し、込められていた弾も全て撃ち尽くしていたが、それでも尚ゴールデンバットは引き金を引き続けた。
「ざまぁ、ないぜ」
ようやく暁の絶命を知ったゴールデンバットは、力なく腕を垂れる。もう既に意識は朦朧とし始めていた。そんな彼に、敷島は涙を浮かべながら「兄貴ぃ」と呼びかける。
「だから、慣れなれしく呼ぶんじゃねぇよ」ゴールデンバットは小さく笑った。
しかし、そんな二人を他所に桜はゴールデンバットの目の前に立ちはだかる。その異様な殺気を感じ取った敷島は、「さ、桜さん?」と呼んだ。
桜は答えない。その代わりに、ゴールデンバットへと静かに拳銃を構えた。
ゴールデンバットは「それが命の恩人に対する仕打ちかよ」と言う。
「恩人?」桜は冷徹な声音で返した。「どの口が言うんだか」
「さ、桜さん?」敷島が取り成すように言う。「一旦落ち着こうよ、ね?」
しかし、今度も彼は無視された。桜はこう告げる。
「数年前、コンビニ強盗であなたは一人の警察官を射殺した。そう言ったでしょゴールデンバット、いや牛島郷」
いきなり本名を告げられたゴールデンバットは、些か虚を突かれたものの何とか「ああ」と返す。
「あなたの殺した警察官は、私の父よ」
すると、ゴールデンバットは静かに笑い出した。
「そうか……あの時のか。数奇な運命だな」
「何? 私がここに偶然来たとでも思ったの? 私の嘘を信じたわけ?」
ゴールデンバットはしばらく桜の目を見つめてから、「どうやら違うらしいな」と告げた。
「ええ、その通り。そうでも言わないと追い出されそうだったから咄嗟に嘘を吐いたの」
「初めから、親父の敵討ちが、目的だったってことか」
「今更、懺悔しようたって遅いから」
「するもんか。いいさ、撃てよ。どの道、俺は時期に死ぬ」
「そう。なら遠慮なく」
と、ここで敷島が止めに入った。「ちょ、ちょっと、桜さん」
「あなたの言いたいことはわかってる」しかし、桜は聞く耳を持たない。
「いや、そういうんじゃなくて――」
と、彼が言い終わる前に銃声が鳴った。だが実銃の放つ重苦しい一撃ではなく、モデルガン特有の軽い音だった。
「それ、俺のモデルガン……」
その後に敷島は言葉の続きを言い終えたわけだが、それはもう手遅れだった。だが、意外には桜はこう答える。
「わかってる」
ゴールデンバットは徐々に笑い出した。初めはくつくつと小さく笑っていたかと思ったが、次第に声量を上げていく。間もなくして店中に響き渡るほどの大きな笑い声が響き渡った。
消えかけの蝋燭が最後の瞬間に燃え上がるように響く。そんなゴールデンバットの笑い声の中、桜はこう呟いた。
「……あっけない」
ゴールデンバットはそれからもしばらく笑い続けていた。しかしそれも束の間、次第に笑い声を静めていったかと思うと、やがて事切れる。
店内は、たちまち静寂に包まれた。