君の視線の先に僕は居なかった
嫌な気分になるかも知れません。なので先に謝っておきます。だがこのモヤモヤは晴れる事が無い。
俺は成瀬 歩。現在社会人1年目の23歳。彼女は居ない。と言うか居た事がない。陰キャ1歩手前のナイスガイだ。今日はそんな俺のボヤキを聞いて欲しい。と言うのも最近あった同窓会で、今更の事を聞いてしまったからなんだが......。
先ずは何故俺が、恋愛ができなくなったかを話したいと思う。
勘違いを拗らせた経験って誰にでもあると思うんだ。俺もそんな1人。きっかけは小学生時代にまで遡る。
「おい。成瀬。和美がお前の事見てるぞ」
「はぁ? 悠馬。何言ってんだよ? そんな訳無いじゃん!」
高学年になり少し恋愛にも興味が出てきた時期。何時も遊んでいる幼馴染の新藤 悠馬から、そんな軽口でからかわれたんだよ。俺は恥ずかしさもあってさ。真っ赤な顔で否定したんだ。そうは言いつつ、チラッと確認はしたんだけども。
悠馬が口に出した名前は俺が当時気になっていた女の子。永井 和美だった。彼女は色白でショ-トカットの似合うとても愛らしい女の子だった。本人は恥ずかしがり屋なのか? 口数の少ない子だったが、それさえも俺にはとても魅力的に見えていた。だから俺はいつも和美の事を眼で追っていたんだよ。
実際その俺の目線は周囲にバレバレでさ。悠馬もその事を知っていて言ったんだと思う。だからバレているとは知らずに強がっていたんだ。だからそうは言いながらも、隠れて視線を向けたわけさ。
するとそこには、こちらを真っ赤な顔で見ている彼女の姿があった。満更でも無いのか? なんて思ってしまった俺もバカだった。恋心がある彼女が俺を見ていると言われれば、意識もしてしまうよ。でもさ。その後に俺はある事に気が付いてしまったんだ。
彼女の視線の先には俺はいないって......。彼女の視線の先に居るのは俺じゃ無かったんだよ。毎日こちらに向く視線に目を合わせようとするんだけどな。どうにも視線が重なる事がない。何故なんだと悩んでいると、その疑問は最悪の形で解けた。だって俺の側には何時も悠馬が居たから。だからある時、俺をからかう悠馬を、敢えて和美のいる方へ追いやってみた。すると彼女の瞳は悠馬へ向かって動いた。ほら。無意識に目が追うって分かるだろ? 本人は意識しなくても。俺にはその動作がとても自然に見えたよ。だって俺もそうだったから。
そこから俺は誰かを好きになるのを辞めた。子供ながらにショックを受けたんだよ。少しでも期待してしまった自分が恥ずかしいと感じたから。でもそんなトラウマを抱えた俺を、悠馬は何も知らずに事あるごとにからかう。正直辛かったが、親友で幼馴染の悠馬との関係はその後も続くんだ。
腐れ縁と言うのは逃れられない物なのか? 悠馬とは中学3年間ずっとクラスも同じだった。そしてそれは和美もだった。もう天を呪ったよ。どれだけ俺を笑い者にしたいんだってね。悠馬は人当たりが良いからクラスの人気者だったよ。顔もイケメンだし運動神経も良かったし。天は二物を与えるんだって本気で思った。俺は身長と勉強の成績だけは勝っていたが、コミュ障気味だし顔もフツメン。だから陰で何で俺と悠馬が友人なのか? なんて事を言われていたのも俺の耳には入って来ていた。悠馬はそんな事を気にする素振りも見せなかったけどな。鈍感なのかは知らないけど。
そんな中学校生活に苦痛を感じ始めた頃、丁度3年の高校受験の時期になった。ああこれでこの苦痛も、もうすぐ終わる。なんて考えていた時、悠馬が俺にこんな事を言って来たんだ。
「成瀬。お前って頭良いからさ。ちょっとクラスの人間の勉強を見てやってくれねぇか?」
「クラス? どう言う事?」
「どうせ地元の高校行くんだし、仲のいい奴らで一緒に勉強したいって相談を受けてさ」
「別に構わないが、俺ってクラスに馴染んでないぞ? 仲が良いって言われても誰だよ?」
「はぁ? 何時も一緒に話してるだろ? まぁお前が口数少ないのは知ってるけどさ。だけどそんなの関係ねぇって。友達作るチャンスだと思ってさ。なっ? 頼むよ」
両手で拝むように頼んでくる悠馬に根負けし、俺はそのお願いを了承してしまった。だけどすぐに俺は後悔する事になるんだけどな。その日の放課後から勉強会ってのが始まったんだ。男は俺と悠馬の他に何となく挨拶をかわす関係の2名だったが、問題は女子が5人もいた事。それも当たり前のように和美も入っていたよ。きっと和美の友達が気を利かせて、悠馬との仲を進展させようと思ったのだと邪推したけどな。
俺にとっては初恋が砕け散った相手だし、正直関わるのも嫌だったんだよ。俺は彼女の視線の先に気づいてから、一切視界に入らない様にしていた存在だったしな。でも楽しそうに集まる雰囲気を壊したくなかったから、俺は出来るだけ意識をしない様に耐える事しか出来なかった。
とりあえず勉強に集中したんだが、悠馬が何故か俺と和美を話をさせようとして来るのがマジで苦痛だった。コイツは何処まで鈍感なんだ? 和美は必死に悠馬と話そうとしてるんだけど? それに他の女子から俺は嫌な視線を受けていたんだぜ? それでも無難にその時間をやり過ごしていたつもりだった。だがある日の昼休み。和美と一緒に居る女子グル-プに呼び出された。
「ねぇ。成瀬は和美の気持ちって知ってるよね? 少しは空気読んでくんない?」
「......わかった。俺がいると邪魔だって事だな。今日から俺は勉強会に参加するの辞めるよ」
「え? そんな事したら悠馬君が来なくなるじゃん! 私達が悪者になったら困る!」
「アイツが君らと決めた勉強会だろ? 俺が行かなくても参加はするだろうさ。俺も正直苦痛だったし、今日みたいに呼び出されるのも迷惑だからな。話がそれだけなら、これで失礼するよ」
俺としては親友にお願いされたから参加しただけだったが、外野にこんな事を言われてまで参加する気にはなれなかったんだ。どれだけ惨めな気持ちになったか、あいつ等には理解が出来ないだろうけどな。だから俺はその日から家の用事だなんだと理由を付けて、放課後の勉強会には参加しなくなったんだ。それで何となくそのグル-プからも疎遠になり、そのまま中学を卒業。本当は同じ高校にも行きたくなかったが、親に私立へ行く事を反対されてさ。結局進路は同じになってしまったんだ。
高校へは無事に合格し、腐れ縁だった悠馬も和美も違うクラスになった。もうね。やっと解放されたと思ったよ。高校には他の地域からの人間も多かったし、俺はそいつらと無難な人間関係を築く事も出来た。一切何も気にせずに過ごせる環境は、俺の精神的なしこりを癒す。その内に悠馬とも疎遠になり、俺は部活に勉強に充実した学生生活を送る事になった。
相変わらず女性との関わり合いを避けたから、恋愛とは無縁の高校生活だったけどな。あはは。それでも好きになりそうな女の子はいたけど、積極的に関わる事はしなかったんだ。それほどトラウマになっていたんだと思う。
それで大学への進学になるんだが、俺は地元を離れ県外へ志望校を決め無事に合格。初めての1人暮らしも始まり、大学で知り合った仲間と共に楽しい学生生活を過ごしていた。この頃にはかなりトラウマも意識しなくなり、バイト先で知り合った女の子とたまに遊びに行くなんて事もあった。まぁ根がコミュ障な俺は、その子と付き合うまでには進展しなかったんだけどな。トホホ。
そんな学生生活も間もなく終わりを迎える頃、就職先も無事に決まった俺に実家から連絡が入る。
「歩。中学校の同窓会の連絡があったわよ。今度の年末みたいだし、アンタも随分帰って来てないじゃない? 成人式も帰って来なかったし。いい加減、里帰りついでに顔を出しなさい」
「あはは......分かったよ母さん。誰に連絡したら良いんだ?」
「悠馬君よ。随分と心配してたわよ。全く連絡も無いって言ってたわ」
「ああ。うん。まぁそうだな。分かった。連絡先教えて」
こうして俺は久しぶりに悠馬と連絡を取り、帰省のついでに同窓会への参加が決まった。久しぶりに話した悠馬は当時と変わらずにいたよ。俺も何のわだかまりも無く話す事が出来て、自分の成長を感じた。
そしてあっという間に帰省の時期になり、久しぶりの地元に帰った俺は、実家で数日を過ごした。両親も変わらず元気そうで安心したし、母親の作る料理の味に感動もしたよ。自炊もするようにはなったが、まだまだ実家の味が恋しかったんだよね。
同窓会の当日。俺は少し緊張をしながら会場のホテルへ向かった。正直に言うと中学生時代には友人と呼べる人間も悠馬以外は思い浮かばなかったし、成人式ですら行かなかったのだから俺の事を覚えているのか? と言う不安もあったんだよ。でもそんな俺の事を皆が暖かく迎えてくれたんだ。
「おお。成瀬。なんか垢ぬけたんじゃねぇか?」 「ホント。別人じゃん!」
「そ、そうかな。色々とあったし」
などど持ち上げられて少し気分も良くなっていた。そんな俺の肩をポンッと叩いたのが悠馬だった。振り向いてみた時に、思わず飲んでいた飲み物を吹き出しそうになった。
......だって悠馬には当時の面影はなく、頭は少し薄くなっていてかなり太っていたから。何か随分と老け込んだ気がしたんだよ。まぁ何とか平静を保っていたんだけどな。
「おお。お前イケメンになったんじゃね? 俺は最近お腹が出てきちまってよ。幸せ太りだ。ガハハ」
「マジかよ。何かあったのか? 変わり過ぎだろ」
「お前は知らなかったな。うちは親が離婚してさ。俺は大学行かずに働いてんだよ。んで結婚もして子供も居るんだぜ」
「そ、そうなのか⁉ 嫁は誰だよ?」
「アハハ。そういやぁお前は知らなかったんだっけ。お~いメグミ!」
悠馬が呼んだ名前を聞いて、俺は想像と違った事に安堵した。でも呼ばれたやって来た顔を見て、俺は嫌なあの日を思い出す。だって呼ばれた相手はあの日、俺を呼び出した女だったからだ。彼女の方も俺の顔を見て、一瞬顔が強張ったのを俺は見逃さなかった。
それでも直ぐに表情を正し、ぺこりと挨拶をして来る彼女。俺も平静を装いつつ、無難に挨拶をしておいたよ。何とも言えない空気の中で暫く会話が続いたが、そこに数人の女性達がやって来る。
「ああ! 成瀬君じゃん! 久しぶり! 元気にしてた?」
「あ、ああ。どうも。この通り元気だ」
「ほら和美。会いたいって言ってた成瀬君だよ!」 「もう! チョットやめてよ!」
背中を押される様に俺の前に出て来た和美は、少し顔が赤かったが相変わらず美人だったよ。とは言えトラウマが蘇った俺は、まともに視線を向ける事も出来なかったけど。だからぎこちない挨拶しか出来なかったんだ。そんな俺を見兼ねたのか? 1人の女性が俺を少し離れた場所へ引っ張って行き、必死に当時の事を俺に話し出した。
その彼女が言うには、和美は当時俺の事が好きだったと。それが何時の間にか周囲に間違われてしまい、悠馬とくっつけるように仕向けてしまったらしい。それを率先していたメグミが、実は悠馬の事が好きだったんだとさ。結果的に色々あって誤解が解け、当時はかなり険悪になったのだとか。
だから和美と話して欲しいと言われたんだが、そんな事をいきなり聞かされてもハイそうですかなどと気持ちの切り替えは出来ない。それにそうは言うが、彼女の視線は間違いなく俺を見ていなかったんだよ。きっとあの悠馬の嫁さんの気持ちを知って、自ら身を引いたんじゃ無いだろうか? などと考える俺はひねくれているんだろうか? どうにもモヤモヤする中、俺はそれでも少しは和美と話をしたよ。
この時初めて彼女と視線が重なったんだが、結局話が盛り上がる事も無く同窓会は終わった。あの時知ってしまった彼女の視線の先は、俺にとっての忘れられない事実だったんだよ。どれだけ誤解だと言われても、一度知ってしまった事は無かった事にはならない。
これって俺がおかしいのだろうか? 俺はまだそんな風にしか考えられない。