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新しい婚約破棄

新しい婚約破棄2

作者: 初春餅

 屋敷に戻ったグウェンドリンは父侯爵の書斎へと赴き、「お父様、どうか驚かずに聞いてくださいませ」と父に心の準備をさせてから、事の顛末をぽつりぽつりと語り始めた。


 王太子とミラベラの逢瀬を目撃したこと。彼の心は完全にミラベラのものだと悟ったこと。王太子に婚約破棄を突きつけるという不敬を働いたこと。


 父侯爵は表情ひとつ変えず、黙って話を聞いていた。


 グウェンドリンもまた表情ひとつ変えず、最後にこう切り出した。


「あの場では自宅にて処分を待つと申しましたが、ルッツ侯爵家を巻き込むのは本意ではありません。私はこれよりペハヴィーンへ参ります。かの地で修道女となり、ルッツ侯爵家とは無関係の者として――」

「グウェンドリン」


 父侯爵はグウェンドリンの肩に手を置いた。


 ペハヴィーンはルッツ侯爵家が国境付近に持つ、厳しい自然に囲まれた領地だった。


「お前には少し休息が必要だ。ペハヴィーンでもどこでもいいから、好きなところへ行って、しばらく羽を伸ばしてくるといい」

「お父様……」


 侯爵はグウェンドリンを安心させるように微笑んだ。


「今までよく頑張った。お前が何と言おうと、ルッツ侯爵家がお前を見捨てることはない。こちらのことは何も気にせず、のんびりしておいで」

「ですが」

「これは当主としての命令だ」


 侯爵の声音には有無を言わせぬものがあった。


 ずっと黙っていたが、侯爵とて思うところはあったのだ。グウェンドリンが真面目なのをいいことに、王妃教育と称してあれもこれもと安易に負担を押し付けてくる王家にも、グウェンドリンと支え合うどころか、寄りかかるばかりだった王太子にも。


 侯爵はやや口調を和らげて言った。


「さて、これは父としての質問だが、グウェンドリン、他に何か望みは?」

「では、ひとつだけ」

「何だ」


 グウェンドリンは彼女の足元に寄り添っていた猫を抱き上げ、父の方を向かせた。


「この子を連れていくことをお許しください」


 みよーんと縦に長く伸びた美しい猫が、貴公子のように会釈したように見え、侯爵は相好を崩した。


「ほう。君、雄か。名は?」

「ホイップにございます」


 グウェンドリンが心なしか誇らしげに告げた。帰りの馬車の中で天啓のように降ってきたその名は彼にぴったりで、これ以上相応しい名はないとグウェンドリンは自負していた。本人ホイップがあまり気に入っていなさそうなのは気のせいだろう。


「そうか。ホイップ、グウェンドリンを頼む」

「ニャ」


 こうしてグウェンドリンと猫のホイップは最低限の荷造りを済ませ、その日のうちにペハヴィーンへ向けて出発した。侯爵からは「好きなところへ」と言われていたが、出来るだけ王都から遠く離れたかったのだ。


 グウェンドリンたちが出発して五日後、国王から事実上の謝罪である遺憾の意と、婚約破棄の再考を促す旨がしたためられた親書がルッツ侯爵家に届いた。


 王太子アレクサンダーからの「グウェンドリン、話し合おう」という、不誠実を詫びる言葉も、今後彼がどうするつもりなのかということも、一切書かれていないふざけた手紙も添えられていた。


 王家にしては迅速な対応だったがもう遅い。


 グウェンドリンはとっくにペハヴィーンに到着し、見習い修道女として新たな人生のスタートを切っていた。






「これが、スローライフ……!」


 大方の予想に反し、グウェンドリンはスローライフを満喫していた。


 光差し込む礼拝堂で、無心に祈りを捧げる穏やかな日々。


 祈りや黙想以外の時間には、畑の作物を収穫したり、蜜蝋を使った甘いお菓子を他の修道女たちと一緒に作ったり。


 夕暮れ時にはホイップと二人、沈みゆく夕日をいつまでも眺めた。


 私は少し、生き急いでいたのかもしれないわ……。


 グウェンドリンは王都にいた時よりも格段に柔らかい表情を見せるようになっていた。


 彼女の傍らには常にホイップが寄り添っていた。


 ホイップは不思議な猫だった。


 人間の男が近づいてくると、グウェンドリンを守るようにすっと前に出る。グウェンドリンが着替える時はさりげなく部屋を出ていく。夜は冷え込む土地柄とて、グウェンドリンが「こっちで一緒に寝ない?」と誘っても、彼は決してグウェンドリンの寝台に上がろうとしなかった。


 猫でありながら、紳士そのもの。


 それに、何だか私の騎士ナイトのよう――。


 グウェンドリンはふふ……と口元をほころばせた。


 彼女の美しい騎士は今、一心に蝶々と戯れている。


 ああ、不思議。そうしていると、まるで蝶々とお喋りしているみたい……。


 修道院の中庭に据えられた木のテーブルにつき、頬杖をついてうっとりと目を細めるグウェンドリンは知らなかった。彼が本当に蝶々とお喋りしているということを。


 ――それでさ、「あなたが『例の娘のことは卒業までの火遊びだろう、様子を見よう』なんて言うからこんなことに!」「いや、だって」「一体どうなさるおつもりですか! グウェンドリンがアレクを支える前提で色々と事を進めてきたのに!」――っていう感じで着飾った女が小太りの男をめちゃめちゃ責めてるところに眼鏡が来てさ、「父上、母上、ひとつ提案がございます。グウェンドリンはこの私、マティアスと新たに婚約を結び直すというのはどうでしょう――」


 ホイップの鋭い爪がシャッと地面を抉った。


 ――ここでしゃしゃり出てきたか。


 マリポルト王国第二王子、マティアス・バイロン・ド・マリポルト。笑っている時も、眼鏡の奥の目は決して笑っていない男。よく考えなくても彼がこんな好機を逃すはずがなかった。


 ――ホイップの旦那、地面に八つ当たりなんてよくないぜ。ま、せいぜい気をつけるこった。「それがいいかもしれませんね」なんて、女の方は結構乗り気だったからな。


 じゃあね~と飛んでいく友を見送って、タイタスはぺろっと前足を舐めた。


 グウェンドリンを聞き分けの良い駒としか思っていない連中が、薄汚い指を彼女に再び伸ばしているなど、考えただけで不快だった。


 ――させるものか。


 だが、兄と違って頭の切れるマティアスのこと、きっちり外堀を埋めてから彼女を迎えにくるだろう。グウェンドリンは逃げ出したはずの鳥籠に戻され、今度はもう、二度とそこから出られない。


 タイタスの瞳孔が刃のように細められた。


 そうなる前に、いっそあなたを攫ってしまおうか――。


 ……いや、駄目だ。本人の同意もなく、そんなこと。


「ホイップ?」


 一人悶々としていたタイタスは、いつの間にかグウェンドリンがそばに来ていたことに気づかなかった。


 グウェンドリンはタイタスを優しく抱き上げ、「にゃあー」と鳴いた。


 他の修道女の前ではお澄まししているくせに、タイタスの前でだけはこんなお茶目な一面を見せる。


 彼女があまりに可愛くて、タイタスはぐりぐりと頭を押し付けた。


 とっくに彼女を失えなかった。


「ふふ。なあに?」


 グウェンドリン、どうか、俺と一緒に――。


 自国とて今は安全とは言い難かったが、彼女の同意さえ取り付けることが出来れば、タイタスにはひとつ当てがあった。


 父王の盟友、アーサー・ハンブル辺境伯が治める領地である。タイタスにとって都合の良いことに、ここペハヴィーンからもそう遠くない。


 ただし、辺境伯本人は、内紛が起こる少し前から居城を留守にしていた。国境付近の森に現れた、獰猛な魔獣群の掃討の為である。


 ――叔父上と兄上たちさえああでなければ、すぐにでも王宮に連れ帰って、ずっとそばで守っていられたのに。


 辺境で起こったことなど他人事とでも思っているのか、王都は今、「叔父上が不当に幽閉している父上をお助けする」と叫ぶ第一王子、及び彼の腰巾着である第二王子の二人が率いる王子派と、「叛意ある甥たちから兄上をお守りする」と叫ぶ王弟派に分かれ、一触即発の状態となっていた。


 内紛がまだ不穏な気配でしかなかった頃、タイタスは父の手で国外に逃がされた。


 ――時を待て。


 叔父や兄たちは知らないことだったが、この国の王位を継承するのは「猫になる」が出来る者だけである。正当な王位継承者であるタイタスを逃がし、父王は現在大変取り込み中であろう辺境伯と、密かに連絡を取った。


 魔獣討伐の傍ら、王の脱出計画が練られた。


 概要はこうである。辺境伯が戻り次第、タイタスが猫となって幽閉先から王を救出する。抜け出す時は当然、王も猫の姿である。脱出後は辺境伯が待つ馬車までタイタスが先導し、念の為猫の姿のまま辺境伯領へ向かう。


 辺境伯領に到着してしまえばこちらのもの、タイタスと辺境伯を従えた王が「内乱罪に問う」と両陣営に通告すれば、どちらからも離反者が続出し、内紛は尻すぼみに終結するだろう。


 煙たい存在である辺境伯の不在時を狙い、事を起こした叔父と兄たちには呆れしかなかった。


 この機に乗じて隣国が攻め入ってきたらどうするつもりだったのか。


 タイタスの母国、西ストランド王国は二つの国と国境を接していた。そのひとつ、マリポルト王国は内向きの国民性で知られ、目の前に大チャンスがぶら下がっていても、何故か飛びつかないセンスゼロの国として認知されている。だが、グウェンドリン問題に揺れていなければ、あの腹黒いマティアスが、何か仕掛けてきていても決しておかしくはなかった。


 もうひとつの国、グラン・ガラテーアはマリポルトより余程油断のならない国だったが、かの国の王太子と、とある公爵の後妻の連れ子だという娘が、妖精王の愛し子だか何だかを虐げたとかで、丁度今、国全体がかつてないほどの不作と旱魃に見舞われていた。


 王宮という狭いコップの中でいがみ合っている叔父と兄たちがこのことを知っていた訳ではない。今回はたまたま、運が良かったのだ。


 だが、タイタスとていつまでも短慮な身内にげんなりしている場合ではなかった。


 先程来ていたてんとう虫からの報告によると、辺境伯は遂に魔獣を掃討し、帰還の途に就いたという。


 それはタイタスが早晩、一時的にせよこの地を去らなければならないということを意味していた。


 この日が来ることは分かっていたが、マティアスの魔の手がグウェンドリンに迫っていると知った以上、彼女をここへ残していく訳にはいかない。


 だが、一体どうすればいいのか――。


 正体を明かして許されるか、嫌われるか。ついてきてもらえるか、冷たく断られるか。ダブル・トゥー・ビー・オア・ノット・トゥー・ビー。それが問題だった。


 普通に考えれば、猫がいきなり人間の男になって、「ついてきてほしい」と言ったところで、ついてきてくれる可能性はゼロだろう。


 仮についてきてくれたとしても、タイタスは到着早々グウェンドリンを城に残し、王の救出に向かわなければならない。知り合いのいない外国の城に一人残される彼女の心情を思うと、タイタスの小さな胸は張り裂けそうだった。


 あああ、と苦悩するタイタスの顔を、グウェンドリンが心配そうに覗き込んだ。


「どうしたの? お腹が痛いの?」


 言えない。いや、言うしかない。マティアスから守る為、黙ってついてきてほしい――駄目だ。猫だと思っていた男にいきなりこんなことを言われても。


「ホイップ――」


 タイタスを見つめるヘイゼルの瞳が、不安そうにゆらゆらと揺れた。


「――魔獣が出た!」


 その時、不吉な怒号と共に、修道院の鐘がけたたましく鳴り響いた。


 まさか。国境の森にいた魔獣の一部が、こちらに流れてきてしまったのか――。


 青ざめるタイタスを抱いたグウェンドリンが建物の中に駆け戻る。


 ペハヴィーン女子修道院は辺境の地に在りて、地域の住民たちが集まる公共の場であり、且つまた何かあった時の避難所という側面を持っていた。


 回廊には既に武装した修道女や自警団の者が集結し始めている。


 年老いた修道女や子供たちを避難させていた修道女が、飛び込んできたグウェンドリンに手を差し伸べた。


「グウェンドリン様、皆と避難を」

「いいえ。私はあちらに」


 グウェンドリンは修道服の上から手早く剣帯を巻き、武器庫から運び込まれた剣の山からひとつ吟味して腰に佩いた。


「いけません! お逃げに――」


 いいえ、とグウェンドリンは静かに首を振った。


「これでも武門の出、心得はあります。非常時に剣も取らぬ者が、どうしてルッツの名を名乗れましょう」


 グウェンドリンは言うが早いかタイタスを抱き上げ、小部屋に押し込んで扉を閉めた。


 ばりばりと引っ掻く爪音に負けないくらい大きな声で、「ごめんなさい。連れていけないわ」と詫びる。


「絶対にそこから出ては駄目よ――ホイップ、愛してる!」


 ニャア、という悲痛な鳴き声を振り払うように、グウェンドリンは駆けていった。


 外では皆が手に手に武器を持ち、捕縛用の網を確かめていた。


 全員が武装していたが、本職の騎士などここにはいない。いざという時、前に出る覚悟はとっくに出来ていた。


「数は」

「一頭。群れからはぐれたようです」


 答えたのはペハヴィーン一裕福な商会の息子、エイナルである。力仕事を手伝うでもなく、女子修道院を足繁く訪れる彼のことを、グウェンドリンはあまりよく思っていない。妻の座をちらつかせて、若い修道女を口説きにきていることを知っていた。だが、そんな彼も今はさすがに硬い表情をしている。


「そう」


 一頭でも恐ろしい相手とはいえ、ひとまず群れではないことに安堵した。


 慎重にやれば犠牲者は出ないはず。頑丈な網で拘束し、額の中央にある赤い目を刺せば――。


「危ない!」


 グウェンドリンはエイナルを横に押し倒すようにして、彼の背後から襲い掛かってくる魔獣を避けた。


 鋭い爪が修道服の裾を切り裂き、グウェンドリンの足をかすめる。


「もう一頭いるぞ!」


 誰かが叫んだが、迂闊に近づいてくる者はいなかった。


 それでいい、そのまま離れていて――グウェンドリンは即座に半身を起こし、魔獣に向き直った。


「エイナル、手を離して」


 グウェンドリンの後ろにいるエイナルが、強い男の力で彼女の両腕をつかみ、ぐいぐいと前に押し出している。


 これは害意からではなく、純粋に恐怖と生存本能からくる行動だろうと察せられたが、それ故にグウェンドリンの腕を押さえる彼の力に一切の容赦はなく、グウェンドリンは剣を抜くこともままならなかった。


 彼もまた守るべき領民ではあったが、躊躇している暇はない。グウェンドリンはエイナルの鼻を狙って後頭部を思い切り打ちつけた。


 骨が砕ける音がして、腕の束縛が緩む。


 急ぎ剣を抜いたグウェンドリンは、狙いを定める間もなく飛び掛かってくる魔獣の額に剣を突き立てた。


 ――外した……。


 グウェンドリンの剣は赤い目を外れ、魔獣は額に刺さった剣ごとグウェンドリンの体を振り回した。グウェンドリンの手が剣から離れ、ほっそりとした体が人形のように地面に叩きつけられる。


 それでも気丈に身を起こすグウェンドリンに、再び魔獣が襲い掛かった。


 ――これまでか。


 目はつぶらなかった。


 自分の最期の瞬間を見届けられぬほど臆病ではない――矜持というより、それは多分、ただの意地だった。


「――ホイップ!」


 グウェンドリンが目を見開いた。


 夢でも見ているのだろうか。漆黒の背を持つ彼女の騎士が、突然彼女の前に現れ、彼の何倍もの大きさの魔獣に飛び掛かってゆく。


 グウェンドリンの目の前で、優美な爪が赤い目に食い込み、獰猛な爪が純白の胸を切り裂いた。魔獣が断末魔の咆哮を上げて倒れる。ホイップは普段の彼の振る舞いに似ず、ぽとりと不器用に落下した――相打ち。


「ホイップ! ホイップ!」


 眠るように目を閉じたホイップを抱き上げ、グウェンドリンは彼をなじった。


「どうして! 出ては駄目だと言ったでしょう!」


 グウェンドリンの腕の中で、命の火が消えてゆく。小さな体を抱きしめて祈る。涙が溢れて息も出来ない。どうか連れていかないで。私の代わりに死なないで。ああ、どうか。


 神様、連れていかないで――。


 グウェンドリンの指先に白い光が宿った。


 何かに導かれるように、グウェンドリンは指先をホイップの胸に当てた。


 柔らかに波打つまばゆい光があっという間にホイップを包み、やがてグウェンドリンをも包み込む。


 熱い――。


 指先が燃えるようだった。だが痛みより心地よさが勝る。ホイップと二人、大いなるかいなに抱かれているようだった。


 ――グウェンドリン。


 誰かに名を呼ばれたような気がした。


「ホイップ……?」


 グウェンドリンの指の下で、小さな心臓がトクンと鳴った。


 グウェンドリンが涙に濡れた目を瞬く。


 トクン、トクン。間違いない。気のせいではない。


 そっと手をどけてみると、ホイップの胸の傷痕は跡形もなく消えていた。


「聖女だ……! グウェンドリン様に聖女の力が発現したぞ!」


 遠くで誰かが叫んでいた。


 へなへなと崩れ落ちそうになるグウェンドリンを、誰かの優しい腕が支えた。


「え……?」


 彼女の腕の中にいたホイップが、いつの間にかいなくなっていた。


 彼の代わりにグウェンドリンを支えていたのは、やや退廃的な雰囲気をまとった美しい男だった。漆黒の髪、澄み渡ったサファイアブルーの瞳。ホイップと同じ特徴を持つ美しい男は、均整の取れた裸身を惜しげもなく晒している。


 グウェンドリンは慌てて彼から離れた。


「――こんな恰好で、失礼」


 男は苦笑を浮かべると、地面に落ちていたフード付きマントを手に取り、無造作に羽織った。そんな仕草のひとつひとつが猫のように、或いは王族のように優美だった。


「タイタス殿下……」


 男がおやと眉を上げた。


「俺のことをご存知でしたか」

「式典で何度かお見かけしたことが……まさか、ホイップは殿下……いえ、殿下がホイップ……ああ、何てこと……!」


 彼は恥じ入るようにサファイアブルーの目を伏せた。


「あなたのそばを離れ難く、俺はまことの姿を偽ったまま、何度もあなたの優しい御手に触れました。許しを請える立場ではないと分かっていますが……」

「殿下、顔をお上げに。許しも何も、あなたはいつだって紳士で、私の騎士で――今だって、命がけで私を守ってくださったではありませんか!」

「グウェンドリン……」


 ヘイゼルの瞳がゆらゆらと揺れてタイタスを見上げている。タイタスは意を決したように口を開いた。


「俺はこれから、内紛を終結させる為に、西ストランドに戻らなくてはなりません」


 グウェンドリンの顔がさっと曇った。


「では、ここをお立ちに」

「はい。ですが、もしよろしければ、グウェンドリン。あなたが一緒に来てくれたなら、俺はきっと、本当に安心で、心強いと思うので……どうか、一緒に来てくれませんか。必ず守ると誓うから!」


 一息にそう言うと、タイタスは断られるのを恐れるように、美しい目を逸らした。


 次の瞬間、彼女はタイタスの胸に飛び込んだ。


「グウェン――」


 返事は勿論「にゃあ!」だった。


 耳まで真っ赤にしたグウェンドリンが、万が一にも誤解のないよう、人の言葉で「勿論です」と言い添える。


 タイタスは腕の中の彼女をきつく抱きしめ、うう……と呻いた。


「あなたって人は――最高だッ!」

タイタスが!!!

喋っ……!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです‼️ 色々お忙しいとは思いますが、続編書いていただけると嬉しいです。
[良い点] 最高! 可愛い、かっこいい。 もっともっと続きください。 すてきな作品ありがとうございますm(_ _)m
[良い点] ああカッコいい……可愛い猫でカッコいい美しい王子様とか最高じゃないですか!!! グウェンドリンお幸せに…!! というかもう少し続きとか…お願い出来ませんか…! オドレイ殿下のお話の方も続き…
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