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絶対殺すガール(24)  作者: ロッシ
第十二話 けもの
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絶対殺すガールズ=ウイ 12-2

 戸惑い。

 恐れ。

 驚き。

 焦り。


 その全てが、そのどれもが、

 まったく、一つたりとも、

 存在しなかった。


 瞬間的に腕を振り抜いた。

 それは居合。

 真の意味での居合。


 死神の喉を掻き切る、超神速の一振だった。


 死神は避ける。

 薄皮一枚の差だった。

 もし、反応が零コンマ零零零零零秒でも遅ければ、死神の喉笛は掻き切られていただろう。

 それほどまでに、繊細かつ精密な一振だった。


 和宮(かずみや)八神(やがみ)は身を捩り、首が折れんばかりに振り上げ、決死の思いで窮地を凌いだ。


 ガブリエラ・(ひじり)・ハジェンズが立ち上がる。


 そして言った。


「またあなたですか? しつこいですね……ですが、都合がいい」


 そして笑った。


「あの人はあなたを殺したがっていましたね。せっかくです」


 その手首から、小さなプッシュナイフが露見していた。


「あの人の望み、今、私が叶えておきましょう」


 それからは更に速かった。

 一瞬で間合いを詰め和宮八神の懐に入り込むと、神速の刃を振るう。

 本当は和宮八神も何かしらを言ってやりたかったし、それなりに格好のつくセリフだって考えていた。羽衣にモテそうなやつを。

 だが、それすら言う間もない……と言うか一瞬で台詞が全てが飛んだ。

 そのくらい速かった。

 鼻先を、喉元を、手首の腱を、足首の腱を、肘の上腕三頭筋を、膝の前十字靭帯を、的確に突いてくる。

 全てが紙一重だった。

 避けるので精一杯で、なんならいくつかは掠っていて衣服も皮膚も裂けている。むしろ彼の衣服が厚いレザー製でなければ、そのうちのいくつかは致命傷となり得ていたであろう。

 凄まじい猛攻。

 ほぼ無呼吸で連撃を繰り出す。

 だがチャンスでもある。

 こんな正確無比でデタラメな攻撃、そう長く続くわけがない。

 スタミナが尽きて動きが鈍った瞬間がチャンスだ。

 腕を取り、肘から真っ二つにへし折ってやる。

 だがそれはあまりにも安直な希望的観測でしかなかった。

 なんてことはない。

 先にスタミナを切らしたのは、手負いの死神の方であったのだから。


 足が動かなくなった。

 切られたわけではなく、単純に筋肉に酸素が行き渡らなくなった。

 バックステップが遅れる。

 そんな大きな隙を見逃してくれようはずもなく、プッシュナイフが和宮八神の膝前十字靭帯を捉える。

 大腿骨と脛骨のほんの少しの隙間にナイフは入り込み、長さわずか三,八ミリメートルの靭帯はあっさりと切り裂かれる。

 苦しみの声を上げる隙もなく、和宮八神の体は腰からその場に倒れ込み、追い討ちをかけるように聖のサイドゴアブーツが分厚い胸板を踏みつけた。

 

「たかだか在野の殺人鬼風情が、図に乗らないで欲しいものですね」


 無駄に広く、パイプライン以外には何もない巨大なタンカー船の甲板の果ての果て。

 艦橋にともる少しの灯りが浮かび上がらせる世界の片隅で、怪しく輝く瞳はエメラルドグリーンの光芒を放ち、和宮八神だけを見下ろしていた。


 

 ーーータンカー船の甲板には遮蔽物が少ない。

 羽衣は和宮八神の言いつけで、艦橋の陰に居残っていた。

 もし羽衣を守っての戦闘となれば、勝ちの目は百パーセント消え失せる。

 これは手負いの和宮八神の助けに少しでもなればと、羽衣の発案した消極案であった。

 が、二名の実力差には羽衣の想像を遥かに上回る溝が開いていた。

 無論、負傷による影響はあるだろう。

 だとしてもだ。

 端から見ている羽衣には、和宮八神が一方的に切りつけられているようにしか映っていない。

 和宮八神に言わせれば、ギリギリとは言え致命傷を負わずにここまで(かわ)し続けていること自体が善戦以外の何物でもないのだが。事実、彼でなければ最初の一振で頸動脈は真っ二つに断たれていた。

 だがしかし、羽衣の素人考えが彼の窮地を救ったことに違いはなかった。


「もしもし? かーちゃん? 聞こえる?」

『ああ、聞こえてる』

「どうしてもっと早く出てくれなかったの!?」

『悪いな。精神的ダメージの回復に少し手間取ってしまった』

「……ごめん、そっちも色々あるよね。ごめんね。今はもう?」

『ああ、問題ない。羽衣、失恋とは意外にも引きずるものだな。私はそんななまっちろい精神はしていない自信があったが、まさかここまで心の奥底に引っかかっているとは思わなかった。とは言え、前に進むきっかけがあれば強くなれる。私は初めて体験し、本当の意味で理解した。百聞は一見にしかずとはまさにこのことだな」

「結局話したいんかい! 一応メンタル的な話だから少し遠慮してみたけど結局は話したいんかい! しかも具体的な内容は一つも伝わってこないんかい!」

『ところでどうした?』

「そうだった! どうしよう! ホーリーを見つけたんだけど、やっぱり物凄い強くて、八神くんが、八神くんがやられちゃう!」

『分かった、すぐ行く。数分はもちそうか?』

「わ、分からないけど、多分難しいんじゃないかな」

『羽衣、動くなよ? お前が加勢しても足でまといになるだけだ』

「ぐっ……わ、分かってるよ! す、少しでも?」

『少しでもだ。とにかくすぐ行く。堪えるようポンコツに申し付けとけ』

「わ、分かった! とにかく頑張ってみる!」


 この援軍の到着が形勢を逆転させることは間違いない。

 

 問題はその数分の間、和宮八神が持ち堪えられるかどうかに掛かっている。

 加勢はするなと言われても、そういうわけにもいかない。

 頭では分かっていても心は辛抱してくれないし、でも自分にはあんな苛烈な格闘戦に飛び込めるような技能もないし、そんなことを思ってしまう自分自身が歯がゆいし情けないし。

 どうしてうちは今まで何の努力もしてこなかったのかと、いら立ちだけに(さいな)まれる。

 だけど、行かなくては。

 今こそうちが行かなくてはならない。

 羽衣はそう決断する。


 そんな彼女の目の前で、和宮八神が声を張り上げる。


「在野だろうがなんだろうが、殺人鬼をなめるな!!」


 そう言って体に反動をつけると、ホーリーの背中を蹴りつけたのだ。

 靭帯の切れた動かぬ脚で。


 流石に反動をつければ動きは悟られる。

 和宮八神の渾身の蹴りをさらりと躱すと、聖は浮き上がった和宮八神の体をくるりとひっくり返らせる。


「あら、凄まじい執念。ですが、だからと言ってあなたのような半端者に、敬意など絶対に払いはしませんよ」


 冷たく言い放ちながら、聖は和宮八神の背中に飛び乗り両手首を膝で固めると、一回り以上大きな体躯を冷たい甲板へと押しつける。

 単純な筋力をまるで無視した、絶望的な実力差。

 聖はゆっくりと和宮八神の耳元へと顔をちかづける。

 甘く柔らかな吐息すら降りかかる、そんなすぐ近くまで。

 そして、鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた声で囁くのだった。

 

「プロの殺人鬼の格の違い、思い知らせてあげましょう」


 と。

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