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絶対殺すガール(24)  作者: ロッシ
第十話 九月六日
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共犯者=羽衣 10-2

 一気に恐怖が襲ってきた。

 怖い。

 怖くて仕方がない。

 羽衣(うい)は、家族を失ってからこれまでの二年間、心身を喪失していた。

 死は怖くない。

 むしろ、死を望む節すらあった。

 ただその前に、全ての頭のおかしな犯罪者を皆殺しにしてやりたかった。

 不条理に他人の命を奪う、その不条理そのものを殺してやりたかった。

 その為には自分の命を投げ出す意思はあったし、何よりも、命などというものに尊さなんか感じなかった。

 利用できるものは全て利用し、全て殺す。

 むしろそれが生きてる証ですらあった。

 他者を利用するのは自分がそいつよりも秀でている証拠だから。

 自分が誰よりも高みにいる人間であると証明し、その自分だからこそ、不条理に立ち向かう資格がある、と。

 その想いだけが、彼女を彼女として生かす唯一の方法だった。

 だが、怖いのだ。

 今、羽衣は、とてつもなく怖い。

 そして気がつく。



 うちは、心身を喪失していた振りをしていただけなのだ、と。



 それは全ての防衛反応だった。

 心が壊れないよう、自分を守り、自分を讃え、そして、自分を鼓舞する。

 復讐心に寄りかかり、倒れないよう立つのに必死だった。

 じゃないと、誰もうちを見てくれないから。

 

 それが彼女の作り上げた彼女の幻影。


 しかし、感じてしまった恐怖。

 

 彼女の虚構は崩れ去る。


 だってそうでしょう?


 うちの作り上げた強い韮崎羽衣は、たった一つの切っ掛けで掻き消えてしまったのだから。

 また、戻ってきてしまってんだから。


 たった一つの切っ掛けで。


 昔の、弱くて、何もできない、うちが、また戻ってしまったんだから。


 たった一つの切っ掛けで。


 うちは、戻ってしまった。


 たった一つの切っ掛けで。


 うちは、


 目の前にいるこの人を、


 もう失いたくない。


 たった一つの切っ掛けで。


 たった一つの切っ掛けで。


 たった一つ、人を愛してしまっただけで。



「いやだぁ……死なないでぇ……」


 羽衣は和宮(かずみや)八神(やがみ)の肩に半ば噛みつくようにして、声を殺して泣いた。

 本来ならこんな面倒な人間に興味はないし、むしろイラついて殺す対象にすらなり得る。和宮八神としてはそう感じる行為だ。

 だがしかし。

 和宮八神は羽衣の細い肢体を抱いたまま、優しく愛撫するだけだった。

 まるでそれは、愛しい人に対する仕草そのものと言えるほど、優しく、愛に満ち溢れていた。

 

「羽衣」


 八神が耳元で囁く。


「お前は僕といちゃダメな人だ。今からでもまだ間に合う。引き返して」


 その優しい言葉が尚更に、羽衣の心を傷つけるとは知らずに。


「いや、いやだぁ……一緒にいたい。ずっとずっと、一緒に、いたいぃ……」


 もはや羽衣は引き返せない。

 人を愛する気持ちを取り戻してしまった羽衣は、同時に最も臆病な羽衣に変わってしまったのだ。

 もう誰も失いたくない、誰にも置いていかれたくない、誰からも離れたくない、最も臆病な羽衣に。

 その気持ちに気付いた今、羽衣はもう引き返せない。

 それに、引き返してはならない罪も犯してしまった。

 唯一の理解者だったかささぎを裏切った。

 誰よりも彼女を愛そうとしてくれた友人を、恩人を、相棒を裏切ったのだ。

 戻れはしない。

 戻りたいと願うこと自体、かささぎに対する冒涜だ。

 

 うちは戻ってはならない。


 これ以上かささぎに嫌われたくないから。


 もう進むしかないのだ。

 このまま八神と共に、進むしかないのだ。

 だからうちを放さないで。

 戻れなんて言わないで。

 うちは、うちは、

 うちはこの歪んだ未来への道程の上で、ずっと八神と一緒にいるしか、


 もう居場所なんかないんだから。



 

 ーーースカートのポケットの中でクレバーホンが震える。


 羽衣は息を飲んだ。

 ここに逃げ込んでからどのくらい経ったのかは知らないけれど、思ったよりもずっとずっと早かった。


 羽衣は恐る恐る、クレバーホンを取り出す。


 その画面に表示されていたのは、この用途の分からぬ広間へと続く入口の映像。

 そこを通り抜ける、アサルトスーツに身を包む警察官達の隊列だった。


「早い……早いよぉ……」


 嗚咽と共に漏らした言葉に八神が問い返してくる。


「どうした? 何が起きた?」


 言葉に詰まり、何度もしゃくり上げる羽衣。

 八神は羽衣の言葉を待つ。

 イラ立ちもせずに、静かに待つ。

 

「警察……がきた」


 ほぼほぼの予測は立っていた。

 八神は床に放り出してあった羽衣のブラジャーとセーラー服を取り上げると、彼女を引き離してから押しつけるように持たせる。


「服を着ろ。君は僕の人質だ。人質らしくしておけ」

「やだ。やだよ」

「聞き分けてくれ。今の俺じゃ、お前を守れない」

「やだよ」


 羽衣は備えていた。

 何者が来ても分かるよう、この開けた倉庫のような空間に、いくつもの小型カメラを仕込んでおいた。

 侵入者があればすぐに分かるように。

 が、実際にこの仕掛けが機能を果たした今、感じるのは恐怖だけしかない。

 

 きっと八神は殺される。

 うちは人質として救出され、八神は殺される。

 きっと目の前で。

 

 いやだ。

 そんなのいやだ。

 もしそんな目にあったなら、うちはもう、死んでも死にきれない。

 死ぬだけでも足りない、後悔しか残らない。

 もはや言葉でなんか表現できようもない。

 天が落ちてきて、地の底が抜けて、世界中が海に飲み込まれて、そんな大それた表現をしようとも、うちの後悔は表現できようもない。

 いやだ。

 うちは、いやなんだ。


 じゃあどうしたいの?


 うちの中のうちが問いかけてくる。

 

 そのままメソメソ泣いて、悲劇のヒロイン気取りで、ワガママだけ言って、自己中に悲しんでればいいの?


 違う。

 違うよね?

 違うよ。

 そうだよね?

 そうだよ。

 そうだよね?

 そうだよ!

 そうだよね?

 そうだよ!! 

 やるんだよ!

 うちが、自分で守るんだ。大切なもの、失いたくないもの、守ればいいんだ!

 奪った誰かを憎むんじゃなく、奪われないように、うちが守るしかないんだ!!


 クレバーホンに映し出される警察官の集団、一個小隊五分隊、実に三十名。

 続々と倉庫内に侵入し、息を殺し、気配を消して二人に忍び寄る。

 どこに誰が潜んでいるのか、羽衣には手に取るように分かる。

 分かるが。

 分かるからこそ。


 無理!

 うち一人じゃ、完全に無理!!


 羽衣が直面するのは無慈悲な現実でしかなかった。

 

 やる気の問題なんかじゃない。完全に無理だ。羽衣一人じゃ、どうにかできるレベルじゃない。

 既に囲まれている。

 このコンテナの上にも、裏側にも、あのコンテナの陰にも、警官は潜んでる。

 アサルトライフルを手に潜んでいて、八神くんを狙っている。


 うちじゃどうにもできない。

 うちは、無力だ。


 気がつくと羽衣はクレバーホンの画面を叩いていた。

 無意識にか、意識的にかは、本人のみぞ知るところとしよう。

 

【助けて】


 送信が完了した。

 

 羽衣は一つの勘違いをしている。

 狙われているのはグリムウォッチ(死神のまなざし)和宮八神ではない。

 狙われているのは、殺されるのは、韮崎羽衣の方だ。

 無論、そんな斜め上の計画などは羽衣の知る由もなく、羽衣は八神を守ろうと必死だった。

 むしろ何もせずとも、八神は助かり羽衣だけが死に、本当の意味での羽衣の希望通りになったかもしれない。


 だが。


 その勘違いが、そして羽衣の情けない恣意的(しいてき)な思考が、彼女の運命を救うのだ。


 そして即座に返信がくる。


【解析図を送れ】


 と。

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