VB=ブッチャー 10-1
吉良県のとある国道。
一台のビークル型オートモービルが、人通りの少ない国道を走っている。
搭乗者は二名。
一人は巨漢の運転手。VB。
もう一人は助手席に座る小柄な女性。コードネーム:ホーリー。ガブリエラ・聖・ハジェンズ。
「どこへ向かうのです?」
VBが聖を拉致してから既に一時間が経過。
それだけの時間があれば、この二人が互いの素性を理解し合うには十分だ。
二人はどこに出しても恥ずかしくない大人な上に、ずば抜けてコミュニケーション能力に長けた人種と言えるからだ。
「吉良港だ。零時ちょうどに出航する貨物船に特等席を用意してある」
そう言ったVBが差し出したのは、偽造パスポート……ではなく、正真正銘、ガブリエラ・聖・ハジェンズのパスポートであった。
「こ、これは?」
パスポートを受け取った聖の手が震えている。無理もない。
「お前さんが戸籍を乗っ取った方のハジェンズさんは既に当局にマークされちまってるからな。だが、本物の方のハジェンズさんならまだギリギリセーフでパスポートも発行して貰えたぜ」
「あ、あなた、まさか、ミーオン共和国へ? わざわざ私のパスポートを取得するために?」
「まぁな。わざわざっても別に大した労力でもねーぞ? チャーターしたオートジャイロなら一日もありゃ往復できるんだからな」
「いや、そうじゃなくて、私の戸籍をどうやって手に入れたのです? 故郷を捨てた時、私の戸籍は売り払ったはずなのに」
「ああ、だから買ったんだよ。闇ブローカーを三、四人ばかり消さなきゃならなかったが、まぁそれなりの手間で手に入った。費用対効果としては悪くねー仕事だった」
「う、嘘ですよね? そんなこと……」
「まぁ、実際にできてるんで嘘なんかじゃねーんだが、とりあえず今はお前さんに俺を信じてもらわなきゃ話が進まねーからな。そのパスポートが本物かどうかきっちり調べて構わねーぞ。吉良港まではまだたっぷり一時間はかかる」
対向車のヘッドライトがVBと聖を照らし、過ぎ去っていく。
「いえ。信じます」
パスポートを大切そうに両手で握りしめ、きれいに揃えた腿の上に下ろす聖。
そのまなざしは、まっすぐにVBの横顔に向けられている。
「そりゃ話が早くて助かるわ」
「あなたの目的はなんですか?」
VBの軽口まがいの相槌に聖は被せるように質問を投げかける。
「目的……ねぇ」
「あなたが冠位壱位である以上、私に求めるものはこの首に懸かった賞金以外にないはずなのに。それが、どうして?」
彼女の疑問は尤もだ。
この強面に金目当ての節は一切ない。
それどころか、仲間にすら目的はなんなのかを問いただされていた。
「目的とか、そんなん必要なのか?」
「もちろんです。得体が知れなさすぎる。あなた、自分が思っている以上に怖すぎです」
「はっは! そうかそうか。得体が知れねーか。ま、そうだよな。あー、理由、ねぇ。理由、理由」
まるで鼻歌でも唄うように軽快に、VBは窓の外だけを見つめながら、無意味な言葉のみを紡ぎ続けている。
それはつまり、本音を隠している反応。
だが、聖はそれ以上の追求をやめた。
これ程の男が濁す本音とは何か?
それは一つしかない。
至ってシンプル。
だが、シンプルだからこそ、これ程までに能力の高い優秀な男にとっては、恥と映る動機。
この人はきっと、本気で私が欲しいのだ。
その更に奥にある、根本的な原因はきっともっと色々とあるのだろう。
だが、その原因を基に起因したこの原始的な衝動は、きっと抑えられるものではない。
隠そうとしても隠しきれるものでもない。
だから聖はそれを利用するまでだ。
そう結論付けたからこそ、彼女は追求をやめ、身を委ねる。
そして、
VB自身も、聖が空気を読み、己を利用するがために流れに身を委ねることを期待している。
それはまるで、酸いも甘いも噛み分けた、成熟を迎えた男女だからこそ成り立つ機微とでも言うべきか。
「あなたも一緒に?」
「どうだろうな。と言うか、どこに行くのかは気にならねーのか?」
「そうですね。別に、どこに行こうと私は生きる自信がありますから。それよりも、あなたと一緒かどうかの方が、過ごす環境に大幅な差が生まれるでしょ?」
「違いねーな。俺は……どうだろうな? 一人、食えねー野郎がいてな。そいつの動き次第じゃねーか?」
「それ、松尾警視正のこと?」
「今は警視長だ。お前さんの事件のお陰でな」
「そうですか……確かにあの方は食えない人ですね。今回もあの方が一枚?」
「もちろん噛んでる。ってか、俺が噛ませた」
「どうしてそんな真似を?」
「あー、そりゃ決まってる。さっきのアレな、アレ」
「アレ? ……あのサイコパスのことですか?」
「ああ、アレが巷で噂のグリムウォッチって奴でな」
「アレが……超級の」
「ああ、そうだ。アレは流石に生かしちゃおけねー。できれば俺自身で仕留めたかったんだが、生憎とそれよりもプライオリティ上な案件が発生したからな。俺の代わりに奴を仕留められるとしたら、まぁ松尾くらいなもんだろうと思ってよ」
「松尾なら、必ず裏を疑いますよ? 超級を囮に使うなんて只事ではないと」
「だろうな」
「じゃあ何故?」
「言った通りだ。俺のプライオリティはお前さんを逃がすこと。その次があの腐れ外道を始末することだ。松尾なら必ずやる。例えこっちを追ってきたとしても、グリムウォッチを放置することは絶対にしない。両方必ずやる。それがあの男だ」
「随分と信頼なさってるんですね」
「いや? 単純に能力と性質を買ってるだけだ」
「確かにあの人、能力だけは超一流ですよね。私も何度かあの人を狙う依頼を請け負いましたけど、契約不履行で返金なんてする羽目になったのは後にも先にもあの人だけです」
「そりゃ本当かよ? お前さんでもか?」
「ふふ。プロとして一番晒したくない恥部ですね」
「違ぇねーや」
二人は笑い合う。
目指す吉良港は目と鼻の先だ。




