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絶対殺すガール(24)  作者: ロッシ
第九話 聖者と死神
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決意の高校生=レオニダス 9-3

 東京府、東洲(とうしゅう)区。

 ショッピングセンター占拠事件の起きた若冲(じゃくちゅう)区から、東京府湾を挟んで対岸に位置するもう一つの湾岸地区。

 比較的、上級国民が多く居住する若冲区とは異なり、古くからの工業地帯や労働者が集まる下町が多く存在する庶民的な区ではあるが、干拓事業が活発で、埋立地に新たに開発された地域には数多くの遊興施設や商業施設、高層住宅地などが建設されているような、いくつかの時代が混ざりあって構成されている地域と言える。


 VBさんのオートモービルが停車したのは、そんな東洲区と隣接する吉良(きら)県との県境に位置する、産業革命黎明期の古くから稼働しているコンビナートを望む高台でした。

 眼下には、真夜中でも操業の止むことがない工場の群れ。

 幾つも並ぶ大小様々な鉄塔に囲われた煙突からは、もうもうとした煙が吐きだされ、煌々と輝くガス灯の明かりを包み込んでます。煙によって生み出される淡い群青色の雲海の底から、オレンジや赤や白い光が浮き上がり、そこはまるで、魔法の霧で覆われた幻想都市に迷い込んだかのような錯覚さえ抱かせます。


 降車し、肉眼で景色を目の当たりにすると「わぁ! すごい!」と、そんな感嘆の言葉が僕の口を突いて出ようとします。

 ですが、今は遊びに来てるんじゃありません。なんなら、超級賞金首のアジトに乗り込もう、しかも急いで! という深刻な状況。

 少しでも気を抜けば、プロの二人に怒られてしまいます。


「わぁ、すごい」


 が、そんな僕の真面目な思考を余所に、背後からこんな声が聞こえてきたのです。でもとても冷淡かつ無感情な声色で、ですが。

 振り返るとそこにはかささぎさんが、ロングコートのポケットに手を突っ込んで直立したまま、キリッとした表情でコンビナートを眺めていたのでした。


「まるで魔法の霧で覆われた、妖精さんと天使さまの町みたいだな」


 僕が不謹慎だと思って飲み込んだ感想を、ちょっとの誤差で同じこと言ってるんですけどこの人。なんなら更にもう少しメルヘンなんですけど。

 

「ここは夜景デートにゃもってこいの穴場スポットだからな。お前さん達も、いつか恋人でも連れてきてやるんだな」


 VBさんは夜景には全く興味を示さず、オートモービルのリヤドアからいつものサブマシンガンを取り出しています。それから、何やらヘッドホン的な輪っか状の物体も取り出し、そっちは僕に手渡してきます。


「暗視ゴーグルだ。お前さんの目が一番の頼りだからな。最も視界の良い状態は保っていてもらうぞ」


 頭にガチっと嵌る感覚と、目の周りに吸い付く感覚と共に、僕の視界は一気にクリアになります。

 ゴーグルとは言っても視野が狭くなるなんてこともなく、大体二百二十度くらいは見えてます。


「これも付けろ」


 続いてかささぎさんから小さなワイヤレスイヤホンを渡されます。

 

「平時の連絡はもちろんだが、首と対峙した際には奴の動きを逐一伝達してもらいたい。できるな?」


 かささぎさんに期待されている!

 それだけで、僕の心と下腹部のボルテージは最高潮です。


「は、はい!」


 頷いて返答しながらイヤホンを差し込んでいる僕に、VBさんが声をかけてきます。


「準備ができたら行くぞ。ホーリーのヤサはあのコンビナートの従業員が暮らしてる団地の中にある」


 車を停めた展望台の柵を乗り越えると、コンビナートの手前側に集合住宅の群れが見えます。窓明かりからして五階建ての建物が、均等な距離感で十棟ほど並んでます。一般的な公営住宅のそれと酷似した外観の、いわゆる団地という表現が本当にぴったりな場所です。


「だ、団地に家を借りてるんですか? でもあの団地、従業員用なんじゃ?」


 舗装もされていない、草ぼうぼうの丘を下りながら、僕はVBさんに質問を投げかけます。

 その途端に僕はバランスを崩し、かささぎさんに受け止められます。全くバランスを崩す様子もないかささぎさんに。

 流石にプロの賞金稼ぎはサバイバル?経験も違います。二人ともほぼ暗闇の中を、暗視ゴーグルまで着用している僕よりも楽々と歩いているのですから。

 

「団地にゃ家があるだけじゃねーだろ? 商店街だの、医療施設だの、通常の住宅街にあるような施設は大概は備わってるもんだ」

「つまり、その施設のどこかに雇われているとしたら、家を借りなくてもいいってことですか?」

「元々、人の出入りの激しい居住区だからな。少しくらい見ねー奴が紛れ込んでたとしても、誰も不思議に思わねーだろう。特にそれが、見ねー奴が突然現れてもおかしくねー場所なら尚更だ」


 草むらをかき分けて進むと、丘の中腹頃に人によって踏み固められたらしき細い道が現れます。

 進路を変え、その細道に沿って進むVBさん。しばらく後をついて進んでいくと、石段とぶつかります。

 上にも下にも長く伸びた石段には金属製の手すりが備え付けられており、どうやら現代になって作られたものだと判断できます。


「この上には古い尼寺(あまでら)があってな。そこの住職は福祉に力を入れてる人で、昔から駆け込み女を匿ったり、寺の敷地内に養護院を作ってたり、とにかく人の出入りに関しちゃ他人の目を気にする必要もねーような場所なんだ」

「ということは、コードネーム:ホーリーはそこに潜伏してるんですか?」

「あー……そういうことになる。まぁ、潜伏って言い方が正しいかは分からねーけどな」

「と言いますと?」

「調べたらな、奴は日本(こっち)に来てからずっとこの尼寺で暮らしていて、毎日こっからSPの仕事に向かってたんだとよ。養護院の子供達に聞いた話じゃ、奴がSPだってのは皆が知っていることらしい。警備会社にゃ虚偽の住所を提出してる割に、こっちじゃ包み隠さずに全てをさらけ出している」

「それは、あの人が暗殺者だと、尼寺の人達は知っている、ということですか?」

「いいや。少なくとも周知の事実ではなさそうだ。まぁ、話は聞けてねーから、住職辺りはどうだか分からねーけどな。とは言え奴が稼いでくる多額の金によって養護院の経営は成立してるくれーの状況らしい。何かしら不審に思ってる者も中にはいるかもしれねーし、何かしらを察してる者もいるかもしんねー。だが、きっちり守られてる。もはやそこには奴の金が必要になっちまってるんだからな」


 僕は訝しみます。

 SPというのはそんなに稼ぎの良い職業なのでしょうか。

 大きな数字のことはよく分かりませんし、その養護院の規模だって分かりませんけど、経営が成り立つほどの額のお金、月に数十万とかじゃ全く足りませんよね?

 きっと月に数百万は必要なはずです。

 そんな多額のお金を養護院に納めてるんだとしたら、あの暗殺者の収入源は一つしかありませんよね。

 あの人の暗殺は、誰かの依頼を受けて行われていて、報酬を得ている。

 

「それって、暗殺で得た収入で養護院の子供達は育てられてる、ってことですか?」

「つーことだろうな。個人的な復讐ももちろんあるんだろうが、それと同時に現実的な稼ぎ、職業としての意味合いも強い。奴にとっちゃ、双方をバランスよくこなせるのが暗殺だったってことなんじゃねーか?」

「でも、そんなの、おかしいです。人殺しで得たお金で子供を育てるなんて、おかしいです。そんな汚れたお金で育てられた子供達は、きっと幸せになんかなれませんよね?」

「あー、なんだ。お前さんの言いたいことや気持ちは分かるし、まぁお前さんらしくて良いんだがな。それは俺達グリプスが賞金首を拿捕する基準と大して変わらねーんじゃねーかと思うぞ。俺らはどんな理由があろうと犯罪者は捕らえるし、犯罪を犯してなければ捕らえねー。それと同じで、どんな理由であれ、金は金だ。それで子供らが腹いっぱいに飯を食えるんなら、そうすべきだ。って考えても、理屈は通るんじゃねーか? ま、その是非については全く別の次元の話だがな」


 そう言うと、VBさんはゆっくりと石段を登り始めます。


 僕は、この是非について納得できるのか。

 それだけが、いつまで経っても僕の心にまとわりつき続けるのです。

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