絶対殺すガール=かささぎ 1-3
膨らんだ殺気に反応するように、かささぎはゲイリーの右腕を絡めとると、突き出された自動拳銃に掴みかかる。
引鉄が引かれるよりも早く、スライドパーツを激しく引き抜いた。
『なにそれ! 映画でそんなシーン見たことあるけど、本当にそんなことできるの!?』
普通はできない。
だが、かささぎはやった。
それだけだ。
懐へ入り込んだかささぎは思い切り頭突きを繰り出すと、浮き上がったゲイリーの腹部を全力で蹴りつける。
『後ろ! 入口から手下!』
だがそんなことはかささぎの感覚はとうの昔に察知している。
迫り来る強盗に蹴りを食らわせると、あっという間に一人目を蹴り飛ばす。
続く相手も一蹴りで蹴散らす。
この間、 ものの数秒だ。
『かーちゃん、避けて! 奥の奴が銃撃してくるよ!』
耳元のウイから警鐘が鳴らされる。
見ると、先程片付けた手下の二人が復活し、こちらに銃を向けているのが確認できる。
距離があるな。避けるか。
かささぎは瞬時に判断を下すと、高校生店員の立ち尽くすレジ裏へと飛び込んでいく。
『っちゃー。完全に釘付けにされちゃったね。幸いにもそのレジ台はそこそこ銃撃を通さないみたいだけど、運悪く複数回同じ場所に着弾したら抜けちゃうかもだよ』
何故か非常に他人事なウイだが、かささぎは特に気にならない。
かささぎは思い出したのだ。
レジ裏に逃げ込んだ瞬間に、不意に。
本当に不意に、思い出したのだ。
(ひょっとして、私まだビデオ返してなかったんじゃないかしら?)
「おい、小僧。今日は何日だ?」
かささぎは傍らで頭を抑えて伏せている高校生に向かって問いかける。
が、銃声に妨げられて彼には声が届いてない様子だ。
『え? なに? なんか言った? 』
それはインカムの向こう側のウイも同様らしく、しきりにかささぎに向かって問いかけているようだ。
「おい、小僧。今日は何日だ?」
苛立ちを感じたかささぎの声が少しだけ荒ぶる。
そこでようやく反応を示した高校生が顔を上げる。
「おい、今日は何日だと聞いているんだ」
かなりワチャついているが、何度か首を振った後に勢いよく振り向く。
「あ! 分かりました! いま、今日は六月三日です!」
その瞬間、かささぎの心拍数は跳ね上がる。
体温が一気に上昇し、汗腺が一斉に開き、全身から汗が噴き出すのが分かる。
「六月三日……だと? 何時だ? 一体、今は何時だ!?」
「に、二十二時四十分……ですけど」
「なんてことだ……」
「ど、どうされました?」
かささぎの反応に面食らった様子で、高校生が恐る恐る声をかけてくる。
「なんてこと……なんてことなんだ……!」
が、今のかささぎからは彼を気にかける余裕などは既に失われている。
「ビデオの返却期限は今日の閉店までじゃないか! これでは延滞料金を取られてしまう!」
(やばい! あの店は閉店時間までに返却しないと延滞料金を取られるはずだわ! 延滞料金は一日あたり四百モン! 延滞料金でもう一本借りられちゃう!)
「いやまだだ! 諦めるな、私!」
(店は零時までやってる、急げば間に合うかもしれないもの! すぐに家に帰って、ビデオ持って行けば! オートモービル全開で飛ばせば!)
思考時間はほんのコンマ数秒。
刹那の時間でかささぎは気持ちを立て直す。
同時にイヤホンからもウイの声が流れ込んでくる。
『敵の位置はそれぞれトイレ通路前と、左から二番目のドリンク庫の前だよ。通路の真ん中で撃ってるから遮蔽物はなし』
それだけ聞ければ十分だ。
かささぎは腰のベルトに括り付けたホルスターから拳銃を引き抜くと、マガジンを入れ替えにかかる。
瞬時に仕事を済ませると、彼女は正面の壁に向けて銃口を構えた。
一人はトイレ通路前。
一人は左から二番目のドリンク庫の前。
それぞれの強盗に不可視な照準を合わせると、かささぎは無造作に引鉄を引いた。
ガン! ガン!
同時に発射された弾丸が、正面の壁に向かって飛んでいく。
敵の銃撃によって砕けたシガレットケースの隙間を通り、むき出しのコンクリートの壁に激突すると、弾丸は進路を変える。
かささぎが入れ替えたマガジンには、跳弾専用に自主開発した、硬質ゴムでコーティングされた特性の弾丸が装填されていたのだ。
跳ね返った二つの弾丸は更に空を裂きながら進むと、天井に到達する。
精確にコンクリート製の梁を捉え、そこで再度、進路を変更。
いよいよ標的に向かって突き進んだ。
「ぐぇ!」
「ぬわっ!」
二つの悲鳴が届いてくると同時に銃撃も止む。
かささぎの狙いが正しく命中したとすれば、二人の強盗の利き腕の肩は、等しく貫かれているはずなのだ。
『グッド! 二人とも肩を撃ち抜かれて銃を落としたよ。これでもう抵抗もできないから、ちゃっちゃと拿捕しちゃおう』
レジ台を滑るように乗り越えると、かささぎは一瞬だけ店内を見回した。
ウイの発言通りに強盗は全員倒れている。
『三百万モーン。三百万モーン。次は何を買おうかなぁー』
イヤホンからは脳天気な鼻唄が伝わってくる。
そしてかささぎは、全速力で走り出した。
『っえ!? ちょっと、かーちゃん!?』
その予想外の行動に、ウイが度肝を抜かれたのは言うまでもない。
『かーちゃん!? 犯人は!? もう犯人グループ捕まえたの!?』
しつこく食い下がる……普通に考えればしつこくはないし、むしろ物足りないほどの食い下がりなのだが……ウイに対し、ようやくかささぎが返事を返した。
「ダメだ! 閉店時間が近い! そんな余裕はない!」
『っえー!? 何の閉店時間!? なんの話ししてんの!? ってか、三百万モン捨てての閉店時間って、どんな重要事項!? のっぴきならない事項!?』
インカムの向こうのウイがどれだけ取り乱しているかが手に取るように分かるほどの悲鳴が、かささぎの耳朶を突く。
「走ればまだ間に合うぞ!」
が、やはりそれは、かささぎには届く由もない。
「急げ! 急げ私!」
『ちょっと待てぇー!! 説明はともかく理由を言えぇー!!』
まるっきり意味不明な抗議を無視し、夜の能楽町の街を疾走するかささぎ。
後に残されたのは、呆然と佇む高校生店員。
気を失ったまま倒れ伏す強盗団。
「手を挙げろ、連続コンビニ強盗団!」
それから、強盗発生を察知して乗り込んできたもう一人の賞金稼ぎの姿だけだった。
ーーー二十分後。首都高速道路にて。
「スピード超過、三十五キロね。免許出して。一発免停は免れたけど、頭おかしいのは変わりないから。期日までに罰金、ちゃんと払うように」
こちらには、白バイ警官に切符を切られ頭を抱える、悪名Sクラスの賞金稼ぎの姿もあった。