高校二年生=レオニダス 8-1
あー……どうも、こんにちは。
僕は鶴岡・レオニダス・潤。東京府立能楽町高校に通う二年生。 ピッチピチの十六歳、花の男子高生です。
っえー、僕は今、とてもテンションが低いです。
今日は九月二日。
新年度の始まりで、僕は今日から高校二年生です。
うちの学校は学年が変わるからと言って特にクラス替えなんかがあるわけでもなく、専攻科目が出てくるのでその授業だけ他のクラスの人達と一緒になるだけで、変わったことはありません。
学校自体にはテンションが上がったり下がったりする要素は少ないのですが、じゃあどうして僕のテンションが低いのかと言いますと、七月に起きたあのショッピングセンター占拠事件以来、韮崎さんと連絡が取れなくなってしまったからなのです。
学校で教えてもらった韮崎さんのお家にも行ってみましたが、そこはやはりプロのグリプスらしく嘘の住所が届け出されてまして、その場所にあったのはキャバクラで、もしかしたら本当に住んでるのかもと思って突撃したら怖いお兄さんに折檻されそうな危機に見舞われました。
海斗くんと交互に何度も電話してみましたけど繋がらず、この一月半、韮崎さんとは本当に音信不通だったのです。
そして迎えた新年度。
もしかしたら学校には来るかも。
もしかしたら学校にも来ないかも。
そんな不安と期待のせめぎ合いを胸に抱えつつ、僕は今、たくさんの生徒の群れに紛れて能楽町高校へと向かって歩いているのです。
なので、とってもテンションが低いのです。
ここを曲がれば学校が見えてくる。そんな、シロアリ駆除業者の事務所がある交差点に差しかかった頃でした。
「やあ、レオ」
僕の名前を呼ぶ声がし、僕は顔を上げます。
そして驚きました。
そこに立っていたのは、キングサイズの白いTシャツとデニム姿、でも中身は僕と同じ中肉中背で、黒髪をマッシュルームカットに切りそろえた眼鏡の男の子。ただ、僕とは圧倒的な違いがあって、その男の子はまるでKポップスターみたいに綺麗な顔立ちをしてるんですけどね。
よく見知ったその人の名前を、僕はすぐに思い出しました。
「な、半井、くん?」
半井虎鉄。
中二の時にどこかへと転校していった僕と海斗くんの中学時代の同級生で、そして、
「久しぶり。俺、親の仕事の都合で能楽町に戻ってきたんだ。今日から能楽町高校に編入するから、また宜しく頼むよ」
僕をいじめていたグループの主犯格だったのです。
「っと、その前に言うことがあったね。あの時は本当にごめん。俺、お前に謝りもせずに転校しちゃって、ずっと後悔してたんだ。レオ、本当にごめん」
そう言って深く頭を下げる虎鉄くん。僕達を追い越していく他の人達の好奇の目が気になります。
「ちょ、ちょっと、やめてよ! いきなりこんなところで!」
声を潜めつつも慌てて、頭を上げるよう促しますが、それでもやめない虎鉄くん。
僕が四苦八苦していると、背後から声をかけられます。
「おはよー、レオ君! なぁにしてるのぉー?」
鼻にかかった猫なで声。それと同時にいくつかのクスクス笑いも届いてます。
「え!? あ!?」
振り返ると予想通り、そこに立っていたのは制服を着崩した茶髪ロングヘアの美人。クラスで一番可愛いと人気のサトザキさんと、その取り巻き女子三名でした。
「あ、サトザキさん、お、おはようございます」
薄ら愛想笑いを浮かべる僕に、サトザキさんは腕を絡みつかせてきます。か、顔が近い。
「元気だった? レオくぅ~ん! 海、一緒に行けなくて残念だったねぇ~。せっかく私、レオ君のために新しい水着買ったのにさぁ~」
サトザキさん、六月の強盗事件以来、会う度にこうやって僕にまとわりついてくるようになりました。
でも僕は海斗くんに言われて分かってたので、お誘いには乗りません。海水浴も誘われたけど断りました。体調不良ということで。
海斗くん曰く「あぁいう手合いはな、追いかけるって行為自体を楽しんでるんだ。あと、追いかけてる自分を健気だと思って酔ってるだけ。振り向かせようとしてるうちは優しいけど、相手が振り向いたら満足して即ポイ捨てされんだ。全部計算。だから絶対に誘いには乗るなよ? お前はかささぎさんか韮崎のどっちかに絞ればいいだけだからな」とのことですので。
と、そんな感じで僕が心の奥底のデザイアーな部分に抗ってると、サトザキさんは急に虎鉄くんに目を向けます。
「あれれ? 見かけない子だね? レオ君のお友達?」
今気付きました。って反応を示してますが、知ってましたよね? 気付いてましたよね? そこに虎鉄くんがいるの。
「どうも、こんにちは。君、可愛いね。好きになっちゃったよ。サトザキさん? 下の名前は? 俺、今日から編入してきた半井虎鉄。長曽祢虎徹じゃないよ、似てるけど」
さっきまでしつこく頭を下げ続けていた虎鉄くん、素早い動きで僕とサトザキさんの間に体を押し込むと、まるで少女漫画のイケメンみたいにサトザキさんの顎に手をかけて、口説き始めてます。
「え~? なかそね、なぁに? 昔の総理大臣?」
サトザキさん、無知なのか博識なのか分からないぶりっ子をかましながらデレデレしてます。これで僕への興味が失せてくれるなら万々歳なので、僕は黙って見守ることにします。
「ねぇねぇ、こてっちゃん。どうして私服なのぉ~?」
「あ、引越しが急遽決まって、編入も急だったから、まだ制服買えてないんだよね」
「そぉなんだぁ~。私服、いいなぁ~。私も私服できたぁ~い」
そんな訳で、サトザキさんに窮地を救われた僕は、何とか学校へと辿り着くことができたのです。
ーーーそのままサトザキさん達を撒けるはずもなく、僕達は集団のまま下駄箱を通り過ぎ、教室のある上階へと向かいます。
だって僕、サトザキさんとその取り巻きと同じクラスだし。
「こてっちゃんは何組になるのぉ~?」
さっきよりも更に強烈に虎鉄くんにベタベタして、もう既に腕に絡みつきながらのサトザキさんが問いかけてます。
「ん? まだ聞いてないんだ。カヤちゃんは何組?」
「私ねぇ、三組ぃ。ってかこてっちゃん、じゃあまずは職員室行って、挨拶とかしないといけないんじゃなぁい?」
浮ついた見た目とは違ってまともな忠告を送っているサトザキさん。この人もしかして、やっぱり海斗くんが言ってたみたいにかなり切れ者なのかも? などと感心していると、
「三組かぁ。俺も同じクラスになれたらいいな。レオも一緒?」
突然振り返ってくる虎鉄くんに、僕は驚きながら頷きます。
「そっかそっか、じゃあ尚更、三組がいいな! そしたら、俺、職員室に行く前に三組の教室覗いてみよっかな。そしたら本当に三組になれるかもしれないし!」
よく分からない、願掛けかおまじないか、そんな取り留めのないことを言いながら歩いていく虎鉄くん。
段々と教室が近付いていきます。
そして教室が近付くにつれ、僕の心臓は高鳴り始めます。
韮崎さんはいつも早く登校しますから。大体いつも、僕よりも早く登校して、端っこのいつもの席で外を眺めてますから。
きっと今日だって、いるはずですから。
久しぶりに韮崎さんに会えるはずですから。
いつの間にか僕は集団の先頭になって、教室の扉の前に立っていました。
扉を開け放ち、僕がまず視線を向けたのは、いつもの韮崎さんの席。
そこに、韮崎さんは……
いつも通り、儚げに朝日に照らされて、細くて白い腕で頬杖をついて、窓の外を眺めていたのです。
僕の心臓はバクンと跳ね上がります。
韮崎さん。
良かった。いた。韮崎さん、いた!
韮崎さんの前の席には海斗くんが腰かけて、何やら韮崎さんに話しかけているみたいです。でも韮崎さんはそんな海斗くんには見向きもせず、じっと外だけを向いています。
韮崎さん!!
僕が声を上げようとした、その時。
「海斗ぉー!!!」
代わりに声を上げたのは、虎鉄くんでした。
僕の顔のすぐ脇から、拳銃を突き出して。




