コンビニバイト=レオニダス 1-3
左脚を軸に、まるでバレエダンサーが行うT字バランスのように、その場でピッタリと静止するガールさん。
いくら出だしを止めて勢いがついていないとは言え、相手を蹴り止めて微動だにせずなんて、しかもバレエダンサーのようにと形容したのはそのくらい美しい挙動だったからで、そんなことって、そんなことって……!
ピタリと静止したまま今度は、膝から先だけを使ったボクシングのジャブみたいに小刻みな蹴りを、顎や肩、側頭部へと連打しています。
その間もガールさんの体幹はブレないまま。
小さな蹴りが決まる度、手下さんの体から力が抜けていくのが分かります。
もはやグロッキー寸前ってタイミングで、ガールさんは宙を舞いました。
右脚を振り上げた反動で飛び上がり、軸足だった左脚を振り上げたのです。
それはまるでスローモーションで、飛び立つ鶴のごとく優雅に、でも力強く精確に、手下さんの右顔面を打ち付けました。
見事な飛び二段蹴りが炸裂し、手下さん、キャンディコーナーへと突き刺さっていきます。
「っのやろう!」
後続の手下さんが踊りかかろうとしますが、ガールさん、今度は体を捻って回し蹴りを繰り出します。
鋭い回転に合わせてたなびくロングコート。
「へぎょっ!」
これも見事に鳩尾を捉え、激しく飛んでいく手下さん。
吹っ飛んだ手下さんを嫌がるように、自動ドアも避けて通してあげてます。そりゃ激突なんかされたくないですよね。
ガールさん、たったの数秒で大の大人を三人も片付けてしまいました。
僕は、その強さにもそうですが、ガールさん自身の流れるように美麗な動きに、すっかりと目を奪われてしまっていたのです。
ガァンッ!!
僕が呆けていたのと、ガールさんが再び地上へと舞い降りたのと、同時でした。
耳を劈くような破裂音と共に、僕の真後ろにあるシガレットコーナーから、タバコのパックが弾けて飛散しました。
あまりにも咄嗟のことで僕は何がなんだか分からず、ものを考えるとか状況を理解するとか、そんなことをする間もありません。
分かったのはただ一つ。
レジ台に手を付いて新体操のように半回転して飛び込んできたガールさんに、頭からレジ裏の床に押し付けられたことだけでした。
ガン! ガン! ガン! ガン!
間髪入れずにシガレットコーナーが次々と爆発し、破裂音が連続して響き渡ります。
頭上からはプラスチック片や飛散したタバコのクズやらが降り注いできて、花火の後みたいな鼻腔を突く臭いが漂い始めます。
ここで初めて僕は気が付きました。
え、僕、今、発砲されてます?
「わわわわわわ!!」
まさかこの僕が生きてきて、何の変哲もない普通の子供として学生として人間として生きていて、この僕がピストルの的になるような事態に直面するなんて、そんなの考えてもみなかった!
僕はもうおしっこを漏らす寸前の、極限の精神状態へと追い込まれていました。
ガン! ガン! ガン! ガン!
それでも鳴り止まない銃声と破壊。
僕は頭を抱え込み、床へとへばり付きながら、必死で体を固くしています。
「……だ?」
そんな僕の頭上から、少し低くて鼻にかかった、でもよく通る綺麗な声が浴びせかけられます。
「おい……だ?」
どうやら僕に何かを尋ねているみたいです。
恐る恐る顔を上げると、レジ台に背を預け、立膝を立ててこちらを見下ろすガールさんと視線が絡みました。
「おい、今日は何日だと聞いているんだ」
目の前には、体重が掛かって少し潰れた、それでも形の良いお尻と太ももが。
本当は少し眺めていたかったのですが、どうやら質問をされているのは僕のようですし、何か重要な質問内容なのかもしれません。
「え!? ええと、ええと!?」
とは言え、そんな唐突な質問に突然答えられる訳もなく、僕は狼狽えながら首を振るだけ。
ですが幸運なことに、レジ裏の台の上に設置してある防犯カメラ用のディスプレイが目に入ったのです。
「あ! 分かりました! いま、今日は六月三日です!」
そこで初めて、僕はこの銃撃を誰が行っているのか知ることとなります。
ディスプレイの中では、最初にトイレの入口でガールさんがやっつけた二人の手下さんが復活し、拳銃を乱射しています。
その僕の言葉に、それまで涼しげだった全くの無表情のガールさんの顔色が一変します。
「六月三日……だと? 何時だ? 一体、今は何時だ!?」
眉は一気にひそまり、眉間にシワが寄り始めます。片方の口角が上がって白く整った前歯が覗いて、まるで苦悶の表情を浮かべているみたいです。
「に、二十二時四十分……ですけど」
「なんてことだ……」
食いしばるように行なう歯ぎしりの隙間から、涸れた声が絞り出されます。
「ど、どうされました?」
あまりの豹変具合に僕は戸惑いを隠せず、問い返します。
「なんてこと……なんてことなんだ……!」
が、ガールさんは僕のことなんか見向きもせず、頭を抱えるだけ。
僕がどうしたら良いのか分からず、途方に暮れ始めたのと同時です。
「ビデオの返却期限は今日の閉店までじゃないか! これでは延滞料金を取られてしまう!」
ええー!?
今なんて言いました!? この人ぉー!!
こんな強盗に銃撃されてる最中に、ビデオ返す日付けを思い出したんですかぁー!? ってか何考えてたらそんなこと思い出すんですかぁー!? もっと命を守ることとか、どうやって生き延びるのかとか、そういうこと考えるべき状況でしょうがぁー!!
「いやまだだ! 諦めるな、私!」
そんな僕の魂の叫びなど届くはずもなく、突如として自らへのエールの声を張り上げるガールさん。
素早い動きで腕をクロスさせると、ロングコートの内側に手を滑り込ませます。
引き抜かれたその手に握られていたのは、二丁の拳銃だったです。
僕の目の前の右手にはクロームメッキコーティングされたギラギラに輝くシルバーのコルト・ガバメント。左手には光沢のないチタンコーティングが施されたブラックマットなコルト・ガバメントです。
それは一瞬のことです。
どうやったのか、両の拳銃からマガジンを滑り落とします。マガジンは音もなくロングコートのポケットに吸い込まれていき、代わりに内ポケットから別の二本のマガジンを取り出すと、目にも止まらぬ速さで装填していきます。
それから両腕を別々の方向に真っ直ぐに伸ばします。
レジ裏の壁に向かってですが。
ガン! ガン!
二発の鋭い破裂音が目の前で炸裂します。
鼓膜が破れて頭が割れるくらいの激しく大きな音に、僕の心臓は跳ね上がります。
「ぐぇ!」
「ぬわっ!」
銃声と同時に店内から苦悶の声が聞こえてきます。
悲鳴が聞こえたとほぼ同時に、ガールさんはコートをなびかせて立ち上がる、どころかレジ台を飛び越えていったのです。
「え!?」
僕は咄嗟に後を追って立ち上がります。
だって、まだ銃撃が続くかもしれないのに、ガールさんはそんな中を飛び出して行ってしまったのですから。
ですが、そんな僕が目撃したのは、疾風のごとく自動ドア目指して駆けていく、ガールさんの後ろ姿だったのです。
「走ればまだ間に合うぞ!」
それだけを言い残し、ガールさんの背中は、夜の能楽町の闇へと溶け込んでいきます。
「……ぇえ?」
取り残されたのは、BGM以外には何も聞こえない、見るも無惨に荒れ果てた店内と、その中にポツンと佇む一人のバイト店員だけだったのでした。
「手を挙げろ、連続コンビニ強盗団!」
呆然としていたのも束の間。
バックヤードの扉が派手に開き、中から銃を構えたアフロヘアーの大男が現れます。
手を挙げる僕。
荒れ果てた店内。
各所で倒れ伏す強盗達。
「って、あれ?」
大男さんの気の抜けた声。
最新ヒット曲のインストゥルメンタル。
気まずい沈黙と共に、僕達はしばらく見つめ合ったまま、動くことができませんでした。




