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絶対殺すガール(24)  作者: ロッシ
第三話 賞金稼ぎの弟子
21/91

絶対殺すガール=かささぎ 3-1

 それは、かささぎが、文楽ぶんらく区に隣接する千歳ちとせ区へと徒歩で移動している最中のことだった。

 理由は……まぁ色々とある。

 一つは、東京府駅で起きた自爆テロ未遂事件の影響で、汽車のダイヤが大きく乱れたから。

 一つは、東京府駅には彼女の目撃者が多く、もしかしたら現場に居合わせていた人間が残っており、鉢合わせる可能性がゼロではなかったから。

 一つは、なんとなく。

 むしろ、彼女の性格上、最後の理由が一番大きかったのかもしれない。

 羽衣との通信を終え、今、彼女は完全なるプライベートの時間を満喫していた。


 自宅までこのまま徒歩で帰るのか、それとも途中の駅で汽車に乗るのか。それすらも決めず、かささぎは人影まばらな千歳区の街の、霧雨に濡れる石畳の上を歩いていた。

 政府関連施設や大企業のオフィスが多く居城を構えるこの地区には住宅が少なく、夜間にもなれば人の往来は極端に減少する。

 そんな、人口過密の一途を辿る東京府にあって、毎晩異世界と化すようなこの街が、かささぎはなぜか好きだった。


 いくら人口が極端に減るとは言え、むしろ人口が減るからこそか、かささぎと同様に人目を嫌う人種がある限り、この街に人の息遣いはあり続ける。


 千歳駅前の商業地区から離れた街外れ。

 天を突くオフィスビルの隙間に、ガス灯の淡い光に照らされたその路地はあった。

 政府高官や大企業の重役達が、お忍びで訪れる超高級クラブが店を構えるその路地の前に、かささぎが差し掛かった時だった。


 女の声が聞こえ、かささぎは路地へと振り返った。


 見ると、地下から噴き出す蒸気の向こう側、高級クラブのママと思しき着物の女性と何人かのドレスの女性達、それから黒服に身を固めた一名のSPに囲まれ、でっぷりと太った老人が、上機嫌に店から出てくるところだった。

 誰かは知らない。

 恐らくは大きな権力を持った人間だろう。

 どうやらお見送りの挨拶をされているようで、次々に頭を下げる女性達に順番に愛想を振りまいている。

 その間に、路地の向こう側から現れた何人かのSP達が、老人を取り囲まんと駆け寄っていく。

 ほんの数秒でがっちりと身辺を警護された老人は、路地を抜けた先の大通りに停めてあるリムジン型のオートモービルへと向かって歩き出す。


 SPの数は六人。

 元々、クラブに帯同していた大男。

 リムジン型オートモービルから駆け出した、側近扱いであろう、細身の男が二人。

 そのオートモービルの前につけた、黒塗りのセダン型オートモービルから駆け出して来た三人。一人は短身の男、一人は長身の女、そしてもう一人は短身の女。


 六人もの黒ずくめに護衛され、さぞやご立派な立場のご老人なのだろう。


 普段なら興味を示さないかささぎのはずだが、その夜は何故だか、その様子に目を奪われていた。


 そして次の瞬間、かささぎは総毛立つ思いに駆られた。


 かささぎから見て一番手前。

 老人の背後を歩いていた、短身の女の挙動に目を奪われたのだ。

 何に奪われたのかは、かささぎにとっても定かではない。

 何が起きたのかも、分からない。

 見えたのか、見えていないのか、それすらも定かではない。

 だがかささぎには分かったし、見えたような気がした。


「おい! そこの女SP!!」


 気が付いた時には、かささぎは既に路地の中へ向かって早足で歩き始めていた。


 慌ただしく動き出すSP達。全員が全員、スーツの内側に手を差し込みながら、専門用語で言葉を交わしあっている。

 しかしかささぎの歩みは止まらない。

 止まらないどころか、更に勢いを増し、ほとんど走る寸前まで、歩速を上げていた。

 

 かささぎの接近を受け、店舗入口で見送りを続けていた女性達も店内へと駆け込んでいく。

 同時に、側近と思しき方の三人のSPが老人を連れ去り、残った三人だけが、かささぎの前に立ちはだかっていた。


「お前、今、何をした?」


 三本の銃口が突き付けられ、これにはいよいよかささぎも歩みを止めるしかなかったが、その代わりに声を上げた。


「何を……だって? 貴様こそ自分が何をしているのか分かってるのか!?」


 長身の女SPが、銃口を向けたまま問いかけてくる。


「黙れ! お前には話してない!」


 が、かささぎは長身の女には目もくれず、鋭く、それこそ彼女の放つ銃弾のごとく鋭く、短身の女SPだけを捉え続けていた。


「もう一度聞く。お前、今、何をした?」


 かささぎの言うところのお前は、微動だにせず、ただ静かに銃口を向けているだけだった。


「貴様、正気なのか!? これ以上何か言えば、撃つ! 動いても撃つ!」


 代わりに声を荒げたのは、短身の男SPの方だった。

 恐らくその言葉は本気だ。

 彼の全身からは殺気が漏れだしているし、引鉄にかかった指から繋がる筋肉の硬直具合はすぐにでも引鉄を引けることを示している。

 かささぎが銃撃戦を覚悟したのと、ほぼ同時だった。


「私が……何をした……と? 」


 口を開いたのは、短身の女SP自身だった。

 暗闇の中の黒髪、サングラス。顔形は見えないし、肌の色も見えない。

 だがしかし、その声色だけを、かささぎは記憶しようと全力で記憶の妖精さんを働かせていた。

 細くて高い、可憐な少女のような、そんな声色だった。


「分からん。だが何かをしたな? 何をした?」


 そのかささぎの問いかけに、短身の女SPが笑い声を上げた。


「ふふ。どうやらこの方は酔ってらっしゃるようです。恐らくはただの一般国民。銃を下ろしましょう」


 彼女の言葉に従うように、他の二人も銃を下げる。


「私が何かをしたとすれば、それは歩いたことと息を止めたことくらいです。だって私の護衛対象、歩きながらオナラをしたんですもの」


 思いもよらぬ冗談に、両脇を固めていた二人も吹き出していた。


「あなた、例え酔っていたとしても、あなたのような若い女性が誰彼構わずにケンカをしかけてはいけません。そのうち、本当に銃撃されるか、または強姦されますよ」


 かささぎは動けなかった。

 それは、この女SPから、微塵の殺気も、微塵の悪性すらも感じなかったから。

 無論、かささぎに対する殺気だけは纏っている。ここでそれを出さなければ逆に違和感が生じる。

 だが、この女SPからはそれ以外の、この場に必要な殺気以外の全てを感じられない。

 もし本当に何かをしたとしたら、およそこんな気配などは醸し出せるはずもない。

 それは数多の修羅場をくぐり抜けたグリプスの直感と、かささぎ独自の野生の勘がそう告げているから。

 だがしかし。

 かささぎの脳だけが、本能を否定している。

 この女は絶対に何かをした。

 絶対にだ。

 こんなことは初めてだ。

 逆ならばよくあるのに。

 彼女の研ぎ澄まされた野生の本能が、脳を、思考を、大幅に上回ることはよくあるのに。

 かささぎは、それ以上進むことができなかった。


「行きましょう。護衛対象を安心させてあげなければ」


 短身の女性SPに促され、二人の男女もかささぎに背を向け、オートモービルへと歩き始める。


 三人の姿が路地から抜け出すその時、短身の女SPがかささぎに振り返った。


 サングラスの隙間から覗く、エメラルドグリーンに輝く瞳。


 その瞳と声色だけを記憶の妖精さんに託し、かささぎもゆっくりと路地を後にした。




 ーーー翌朝。


 ひとつのニュースがテレビニュースのトップを独占していた。

 

 防衛大臣死亡。


 画面に映し出されていたのは、


 でっぷりと太った、あの老人の顔だった。


  

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