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僕の仕事は「間違えるお仕事」です。

作者: 灰根幽

「あの……今日はこれから何をするんですか?」

僕は、直属の上司となった中村さんに今日の予定を尋ねた。

入社初日から研修も無く、早速現場を体験して欲しいという上の意向で僕は中村さんが運転する車の助手席に行儀良く座っていた。

「今日は……歩きタバコかな」

中村さんはつまらなそうな顔で素っ気なく答えた。

挨拶をした時から何となく分かっていたのだが、中村さんと僕は気が合わないと思う。

これまでの人生経験から、統計的に、直感的になんとなくそんな気がした。

だから、中村さんが冗談を言うようなタイプでは無い事も分かった。

僕は聞き間違えたのだと思い再度確認する。

「え……歩きタバコですか?」

「そう。タバコ吸う?」

「いえ、吸いません」

「じゃあ見ててくれればいいよ」

僕はまだ新人と言えど、今日から公務員となった身だ。

中村さんに関してはもう5年目らしい。

その社会奉仕を生業としている人間がそんな事をする訳がない。ましてや、それが仕事などあり得ない。

僕は第一印象だけで分かった気になった事を反省して考えを改めた。

きっとこれは中村さんなりの冗談なんだと思う。

僕達はそれから一言も交わさないまま、駅の近くにある大きな公園に着いた。

「降りるぞ」

「え、あ、はい!」

ここは都内でも有名な公園で、カップル、家族連れから、サラリーマン、ホームレスと幅広い人種が利用している場所だ。

都心部にも関わらずに緑が生い茂って、四季折々の花が咲くらしい。東京観光に来た人がわざわざ立ち寄るくらいには人気の場所だ。

中村さんは、車を降りるとそそくさと園内に入って行った。僕も早足で背中を追いかける。

平日の真昼間だというのに人はそれなりに居た。


木製のベンチが並んでいる広場まで着くと、中村さんはポケットからタバコを取り出して火をつけた。

辺りには禁煙と書かれたポスターが至る所に貼ってある。中村さんはそれに目もくれずただ黙ってタバコを何本も吸い続けた。

どうやらあれは冗談では無かったらしい。


30分ほど経った頃だろうか、みすぼらしい格好をした40代くらいの男性が、苛立った表情で中村さんに声をかけた。

「おい!ここタバコ吸って良いのかよ?なぁ?」

男性は鋭い目つきで、中村さんを睨み付けていた。当の中村さんは、相変わらずつまらなそうな表情で返事をした。

「え?なんすか?」

男性は態度が気に入らなかったのか、さっきよりも怒気をはらんだ声で中村さんに突っかかる。

「タバコ消せよ!皆迷惑してるだろうが!ここは禁煙なんだよ!」

すると中村さんは、先程までの態度とうって変わって、タバコの火を消して頭を下げた。

「すみません。気付きませんでした。気をつけます」

「ちっ、馬鹿じゃねぇの…これだから最近の若い奴は…」

男性は呆れたような顔で、ぶつぶつと何かを言って中村さんを睨み付けていた。だが、それはどこか満足そうにも見えた。

僕達は男性の小言を他所に車へと戻った。

席に座ると、中村さんは報告書のような物を作成し始めた。

僕はいい加減痺れを切らして、中村さんに聞いた。

「…これが仕事ですか?」

「そうだよ。嫌なら辞めな」

中村さんは報告書を書きながら僕に目もくれないで言った。

「……今更ですみませんがここの仕事って何をするんですか?」

僕は当初、役所に配属される予定だった。だが、適正検査の結果、何故かここへの配属となった。なので僕自身なんの仕事か未だはっきりと分かっていなかったのだ。


「…良く言えば人を幸せにする仕事かな」

中村さんは報告書を書きながら、窓を開けてまたタバコを口に咥えた。

「悪く言えば『間違える』仕事だよ。まぁ、こっちの方が正しい認識かな」

「…どういう事ですか?」

「上の人たちは必要悪とか言ってるな。まぁ、正しさに縋っている人を救うボランティアみたいなもんだよ。さっきみたいにな」

中村さんは半分ほど灰にしたタバコを窓から投げ捨てると、報告書をダッシュボードに置いた。そして車のエンジンをかけて、アクセルを勢いよく踏んだ。

「まぁ、割り切れないなら辞めろ。ちなみにさっきのは楽な仕事だから」

それから僕は何件か中村さんの仕事に着いて回り、特に会話もせず1日が終わった。



今でもたまに入社した頃の事を鮮明に思い出す。

僕は今年で5年目になった。あの時の中村さんと同じ歳だ。仕事にはもうすっかり慣れて、中村さんの言っていた事もいつしか理解できるようになった。


僕は懐かしい記憶と一緒にタバコの火を消した。

今日の仕事は今までで1番の大仕事だ。余計な事を考えている場合では無い。

僕は車から降りて、指定された高層ビルの最上階へと向かった。

鍵は全て開けられていて、正面から堂々と入る事ができた。

非常階段を息を切らせながら昇り、ようやく屋上に辿り着いた。

そこには、既にスタッフが何人か集まっていた。

「お待たせして申し訳ありません。本日はよろしくお願いします」

僕は息を切らせながら頭を下げた。

すると、ディレクターと言うのだろうか。綺麗なスーツを身に纏った男が、僕に近付いてきた。

「どうも、今日は宜しくお願いします」

男はそういうと握手を求めてきたので、僕はそれに応じる。

挨拶を手短に済ませると早速準備を始めた。

靴を揃えて脱いで置き、転落防止用のフェンスを乗り越えた。

今日の僕の仕事は飛び降り自殺だ。

といっても、本当に死ぬわけでは無い。

下を見ると、エアーバックがスタンバイされている。

だからと言って怖くない訳では無い。下を見ていると足がすくんできた。

早く済ませた方がいい。


僕は準備ができた事を先程の男に目配せで伝える。

「それでは、始めましょうか」

そう言って、男は指を折りカウントを始める。

5・4・3・2・1



「やめて下さい!!なんでこんな事するんですか!!」

エキストラの女性が感情を込めて言った。プロの役者の人なのだろう。なかなかリアリティがある。

しかし当然僕にはそんな素養は無いので、事前にもらっていた台本の内容を棒読みした。

「僕は、何処へ行ってもいじめられて、お金も無くて、なんの才能も無いんです。なので死ぬしか無いのです」

僕は台本通りに、振り返る事はせずにただ下を見つめて言った。

「そんなの間違いです!!生きていれば必ず良いことがありますから!!自殺なんて間違いです!!だから死なないで下さい!死んじゃだめです!」

彼女は涙ぐんで訴えかけてきた。ここまで全て台本通りだ。

あとは僕が飛び降りるだけだ。

恐怖で体が強張ってしまっていたが、時間だ。

僕は地面に敷かれたマットを信じて、階段を踏み外した時のように自然にビルから落ちた。


落下している途中少し後悔した。

つまらない台本だし、割りに合わない仕事だし、怖いし、いったいこんなのが誰の救いになるんだよ。


僕の意識はそこで途切れた。





今日は、この間撮影したものが放送されるらしい。

僕はこの為にわざわざテレビカードを買ってきて、病室で寝転びながらそれを見ることにした。


あの後死んだかと思ったけれど、結局足の骨折だけで済んだ。

幸い公務員は労災がしっかりとおりる。僕は久しぶりの長期休暇を満喫していた。


ぼけーっとテレビを見ていると、やっとニュースの特集が始まった。


「それでは、今日の特集のコーナーです。近年自殺者の増加が問題視されています。我々は、そんな自殺者の実態を撮影する事に成功しました。まずはVTRをご覧ください」


そう言うと画面が切り替わり、あの日の茶番劇が映し出された。

ナレーションとカメラワークのおかげで多少は観れるものになっていたが、女性の迫真の演技に反した場違いな僕の大根役者っぷりが、安っぽいドラマのワンシーンみたいで少し笑った。


VTRが終わると、再度スタジオに画面が戻って、コメンテーター達が至極真面目な顔をして批評を始めた。


「いやぁ、なんで自殺なんてしてしまうんですかねぇ…あんな若いのに」

「んー、ああいう人はどういった心理状態なんですかね?先生」

「ああいう人達はね、視野が狭まって死こそが正解なんだと考えてしまうんです。生きてれば誰だって大変な事はありますけど、それが自分だけに降りかかってるなんて愚かな勘違いをするんですよ」

「そうそう。誰だってあのくらいの事はありますよね。それくらいで自殺なんて情けないですねぇ」

「本当ですよ。私なんてもっと辛い事がありましたからね。我ながらよく生きてるなって思いますよ」


コメンテーター達は自身の正しさを披露する機会が楽しかったのだろう。それからも嬉々とした様子で不幸自慢が続いた。

ある程度場が盛り上がってきたところでCMが流れ始めた。


どうやら今回の仕事も上手くいったみたいだ。

僕はテレビを消してベットに寝転んだ。

安心すると眠気が襲ってきた。

ふと窓から外を見ると、桜の花が舞っていて春の終わりを僕に報せた。

僕はやはりこの仕事が好きみたいだ。これからも僕は誰かの為に間違い続ける。正しさに縋っている誰かの為に。

僕はゆっくりと眠りについた。

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