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ただ歌いたいだけ  作者: ムツキ
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はじまり


 好奇心から歌を作ってみた。本当に、好奇心だけだった。

 昔から、聞いたことのないようなメロディーが頭の中で流れることがあって、私はその音に酔うことが好きだった。

 そのことを友達や親に言ったら「じゃあ、ちょっと歌ってみてよ」と言われて、言われた通り思い出しながら歌ってみると「どこかで聞いたことあるメロディーだから、忘れてるだけでそういう曲があるんじゃない?」と言われた。そう言われると、確かにそうかもしれないと思ってしまう。でもまた、寝る前とかに目をつぶったときにたくさんの楽器がハーモニーを奏ではじめると、やっぱりこれは私の中から生まれてきた音だと確信した。


 デスクトップミュージック。DTMと略されることが多い。コンピューター上で仮想の楽器を好きなだけ鳴らすことができる。最初は思ったように曲ができなくて、挫折した。また今度やろうと思った。でも三日後くらいには、また触っていた。でもまたすぐにやめた。それを何度か繰り返しているうちに、一曲出来上がっていた。



夜 ひとりぼっちで布団の中

涙で腫れた目がかゆいけど

きっと私だけじゃないから

泣き言ばかり言ってらんないよね


明日のことを想いながら

きっといい夢見られるかな

憂鬱だってたくさんあるけど

でも 頑張るからね


見えなくなった空を想う 天を舞った白い翼と

綺麗に並ぶ街路樹の 木漏れ日だけは赦せるよ

知りえなかった胸の奥 光の届かない場所を

そっと優しく取り出すから この 私だけの夢を



 別に、誰かに褒められたかったわけじゃない。だから、出来上がったものは自分だけの宝物にしておくつもりだった。時々気が向いたときに鼻歌を歌ったりするくらいで、十分だった。ピアノが弾けるから、弾き語りなんかも楽しくて、自分自身に聞かせるためだけにやったりもした。録音して、寝る前に聞いたりして、満足していた。


「ねぇ、これ何て名前のアーティスト? 聞いたことなかったけど、いいね、この人。私好き」

 ある時、私がスマートフォンで聞いている音楽に興味を持った友人がいて、勢いに押されてイヤホンを渡してしまった。私はどう答えようか迷った。からかわれているのかと思ったし、恥ずかしかった。

「知らない」

「え? 知らないってことはないでしょ。だってこの歌、メグちゃんしょっちゅう鼻歌してるじゃん。私ずっと気になってたんだよね」

 私は自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。自覚して、もっと恥ずかしくなった。

「えっえっ。何々? どうしたの? 大丈夫?」

 さすがに鈍感な友人、麻里も、私の様子を心配し始めた。訳が分からなくて、頭がくらくらしていた。私は顔を覆って、ついに泣き出してしまった。電車の中で、いきなり。帰りの電車の中はあまり込んでなかったから、余計目立った。私はしゃがみこんだ。穴があったら入りたいとはまさにこのことだと、ぼんやりと思った。

「えー……メグちゃんどうしたん……おーよしよし。こわかったねぇ」

 友人は何でもない事のように頭を撫でてくる。私は為されるがままだ。

「ごめんねぇ。聞いちゃいけないことだったんだねぇ……何? でもどういうことなの? 亡くなった家族が歌った歌とか?」

 なぜそこまで想像できて、私が歌ったのだと察せないのか、不思議だった。

「ねー。なんで泣いてんのー。言った方が楽だよー」

 こんな皆が注目してるところで言えるわけがない。早く電車が止まってくれと願った。



 まぁそんな恥ずかしいこともあったけれど、でもそういういくつかの出来事のすえ、私は自分の歌を動画にして投稿することになった。その友人は絵を描くのが得意で、いい機会だからと簡単なアニメーションを作ってくれた。やったことがないと言っていた動画制作も、初めてとは思えないほどこなれた感じで、この子は変な子だけどすごい子だなぁと思った。

「メグちゃんは私という偉大な友人を持ったことに感謝するんだな!」

 ちょっとしたお礼にお小遣いで焼き肉を奢ってあげたら、未成年なのにお酒を注文し始めて、複雑な気持ちになった。しかも私に無理やり勧めてくるし、やっぱりこの子は変な子だと思った。



 投稿した歌は、一か月で二十万再生ほどされた。私はそれがどれくらいすごいのかわからなかったし、現実味がなかった。チャンネル登録者数は五百人くらいだった。冷静に考えてみれば、少なくとも一万人以上の人が私の歌を聞いて、そのうち五百人はもっと別の歌も聞きたいと思ってくれている。それはあまりに非現実的で、信じられない事だった。

「思ったより伸びないなぁ」

 協力してくれた友達は、その結果に不満そうだった。

「こんだけいい歌にこんだけいい動画がついてて、まだ二十万。バズれよもっと」

 そんな人が隣にいると、素直に喜ぶこともできない。

「ま、次の曲できたら教えてよ。また動画作るから」

 実はもうすでに三曲ほどできているけれど、なんだか調子乗ってるみたいで、言えなかった。それに、新しく作った曲はどれも、一曲目より完成度が低いような気がして、恥ずかしかった。

 こういう時は、この子の鈍感さに少しだけ腹が立つ。全部言わないと、伝わらない。察してくれというのは、ただの私のわがまま。わかってるけど。


 無口で、自己表現が苦手な私。私は私の不器用さが大嫌い。もっと伝えたい気持ちがたくさんある。でもどうやって伝えたらいいのだろう?



お読みいただきありがとうございました!

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