06 散策しました、一
鶏の鳴き声で目が覚めた。
昨日無理矢理飲まされた酒で調子が悪い……二度寝をしようかと寝返りをうったところで部屋に自分しかいないことに気づいた。
ここは俺にあてがわれた部屋……というか男の大部屋だ。
文治郎と義助もここで寝ていたはずがもぬけの殻になっている。
日向から訓練がはじまるのは明後日からだから今日はゆっくり寝ていていいとは言われていた。少し体調も悪いし、二度寝しても今日は許されるはず……。
「……まぁ、目が覚めたからな」
貸してもらった寝巻替わりの浴衣から着慣れたシャツとズボンに着替え、布団をたたみ部屋を出る。
井戸の冷たい水で顔を洗い、人がいそうな道場に足を向ける。
そこでは思った通り、文治郎と義助が朝練の真っ最中だった。
「おはよう」
「おぉ、兄ちゃん。親父に結構飲まされてたし起きてこないと思ってたぞ」
「目が覚めたから来てみたけど、邪魔だった?」
「いやいや。軽くやってただけだから大丈夫だよ」
軽く、と文治郎は言うが結構汗かいてないか? 義助は荒い呼吸で座り込んでるし。
「せっかく来たんだ。少し打ち合いするか?」
そう言って文治郎は壁に掛けてあった木刀を手に取った。
竹刀じゃないのか……いや真剣じゃないだけマシか? でも痛いよなぜったい……。
「も、文治郎さん……そいつの相手は俺がやります」
義助が挙手してる。
「……まぁその方が張り合い出るかもな。どうする?」
これはアレだよな。自分の方が少しだけど先輩で、実力もあるんだぞってマウント取るつもりのやつだよな?
正直に言ってしまえば、寝起きだし体調悪いしで体がまともに動く気がしないけど……子供に売られた喧嘩くらい受けてやるのが大人だろう。
「……やります」
俺の返事に義助がニヤリと笑う。俺を完全に舐めてるが……負けるつもりはない。
木刀を受け取って軽く素振りしたり準備運動をする。素振りはともかく現代の準備運動をふたりから奇異の目で見られたけど、気づいてないふりをしておく。
「……よし」
道場の中央で木刀を正面に構えて義助と睨み合う。
「先に降参した方の負けだ。それとやりすぎだと思ったら俺が『全力で』止めるからそのつもりで」
「は、はい……」
義助が怯えている……文治郎やっぱ怖いんだ……。
「それでは……はじめ!!」
「お前なんだよあれやる気あるのか!?」
義助がひたすらうるさい。朝練が終わってからずっとこの調子だ。
「うるさいな……勝たなきゃいけない、なんて言われてないんだから負けないようにしただけだろ」
「それはそうだけど……」
それ以上反論できずに義助は黙り込んだ。
「いやしかし勝負で防戦一方っていうのも面白いな。名のある流派なのか?」
「そんな大そうなもんじゃないよ。昔競技として習ったことがあったってだけだよ」
部活で剣道やってただけだが、言い方が悪かったのか文治郎を勘違いさせたかもしれない。
結果を見れば引き分けだが、実際は義助に結構やられている。
打たれながらなんとか昔の感覚を思い出して対抗しただけで、日向が朝食に呼んでくれなかったら体力切れで一方的にやられていただろう。
「あまり無理はしないでくださいね」
「このくらい大丈夫……」
実際は座りたいほど疲れたし、打たれたあちこちが痛いがなんとか精神力で誤魔化す。ここにいる人たちには情けない姿は見せられないからな。
「みんな、おはよう!」
笑顔のさやに出迎えられる。
朝食の準備は既に女性陣が済ませてくれていたようで、いい匂いが漂っている。
聞けばさやも早くから起きだして朝食の準備を手伝っていたらしい。起きてよかった!
「おー、みんな揃ってるな……」
大あくびをしながら雷剛がやってきた。寝起き直後らしく一段とだらしない……
「すまん待たせたな。さて広樹、さや。うちは『飯は全員で』が掟だ。依頼とかで出てないなら可能な限り飯はうちで食うように。いいな?」
「はい!」
「分かった」
まるで本当の家族のようだな……もっと上下関係に厳しいとか、組織的なものをイメージしてたけど……。
「それは組によるわね。まぁ、うちは頭があんな感じだから」
朝食時に思ったことを純玲に尋ねるとそんなことを言われた。
「それでやっていけるのか?」
「私が知る限り大きな問題はなかったわ。気に入らなければ出て行くし……それもほんの数人よ」
俺、さやは純玲に連れられて町の中を歩いている。用事ついでに案内をしてくれるそうだ。
さやは珍しいのかキョロキョロしている。俺も興味がないわけじゃないが、お上りさんみたく思われるのは恥ずかしいので我慢しておく。
「それじゃこれからの予定を説明するわ。まずは組合に顔を出して退士の登録。次に昨日の石の売却。そのあとは町を案内してあげるからちゃんと付いてきなさいよ」
「分かった」
「さやちゃんは迷子にならないようにこっちにおいで」
純玲が手を差し出すとさやは嬉しそうにその手を取った。端から見ると仲のいい姉妹だな……微笑ましい。
和やかなまま歩くことしばし。町の中央にある大きな屋敷に連れてこられた。
中は……よくあるファンタジーのギルドの建物をそのまま和風に変えた感じだな。
退士らしき連中が雑談するスペース、依頼を張り出しているらしい掲示板、多数の受付……うん、イメージ通りだ。
「霧歌、こんにちは」
「純玲さんじゃないですか。今日はどうしたんですか?」
純玲が顔なじみらしい受付に声をかける。見たところ彼女も十代半ばくらいか? 時代劇では小さな子供も働いていたから10代で仕事してるのは普通なのかもな。
「こいつを退士登録してほしいの」
「組に新しい方が入ったのですね。はじめまして、組合で受付をしている霧歌といいます」
「広樹だ。よろしく」
「はい。あ、そっちの子は?」
さやに気づいた霧歌が番台から身を乗り出してきた。
「この子もうちに入ったけど、番士希望なの」
「そうでしたか。さやさんごめんなさい。まだ番士は認められていないの」
「いえ、分かっています」
「今はどんな感じなの?」
「まだまだですね。番士にもいい人はたくさんいるのですが……」
霧歌は困ったように笑う。
番士の問題は結構深刻なんだな……。
「では、広樹さんの退士登録は受け付けました。明日には完了すると思うのでお昼過ぎにでも来てください」
「よろしく頼む」
思ったよりアッサリだったな……もっと審査とかあると思ったけど。
「それじゃ次に行きましょう」
組合を出た純玲は正面のこれまた大きな建物(これも結構大きい)に入っていく。
「いらっしゃいませ。これはこれは退士殿。本日はどのような御用ですかな?」
入ってすぐに腰の低い男がやって来た。めっちゃ笑顔だけど妙な圧を感じる。
「石を売りたい」
「左様ですか。ではこちらにどうぞ」
ふたりが行ってしまったのでさやとふたりで待つことにする。
大きさのわりに店舗スペースは狭いようなので、大部分は倉庫とか作業場になるのだろう。
販売スペースらしき所には様々な大きさに砕かれた多数の石が並べられている。
値段も表示されているが……文は分かる。でも朱ってなんだ? 分? これはこの世界独自の通貨なのか、元々あった物なのか……こんなところで歴史知識を試されるとは思ってもなかった……。
「おまたせ。青石いい値段で売れたわよ」
「ホント!?」
「えぇ。大型の落とした石だしちょうど不足気味だったんだって」
確か売り上げはさやの村に送ってあげる約束だったっけ……さやが安心したようでよかった。
それはそうと……お金のこともいずれ教えてもらわないとな……。