03 色々教えてもらいました
これから世話になるのに自分のことを全く話さないのは信用に関わる……そう考えた俺は「実は記憶喪失で倒れていた。名前以外のことはほとんど覚えていない」と誇張して説明した。
実際、思い返してみて俺は覚えていないことが多い。
ここで目覚める直前のこともそうだが、俺の日常がよく思い出せない。
うまく言えないのだが……例えば家でのこと。
俺は実家で両親と暮らしていた。両親は厳しい人だったが就職するまで俺を立派に育ててくれた人たちだ。
なのに、その両親との日常が所々霧に包まれているようによく思い出せない。
昨日は仕事から帰って一緒に晩飯を食べた。母の得意なカレーと父がリクエストしたから揚げ。俺はどっちも好きだ。
だが、そこでの会話が思い出せない。なにか話したはずなのに……。
「なるほどなるほど。そりゃ困ったもんだな」
文治郎の声で考えから引き戻された。
「そういうわけで、色々と教えてもらうと思うが……」
「気にするな。困った奴は見過ごすなってのが親父の教えだ」
その親父さんには感謝しないといけないな。その教えのおかげで俺は迷子にならずに済みそうだ。
まだ移動には時間がかかりそうなので早速聞くことにした。
初歩的なことなので純玲もさやも驚きを通り越して呆れているようだ。
今は天照8年……歴史には疎いが、そんな元号はなかったはずだ。
ここは東の都と西の都のちょうど中間あたりの国らしい。
雰囲気は江戸時代っぽいけど……東の都は江戸のことか? 西の都は……京、だっけ?
試しに江戸のことを聞いてみたら文治郎は首をかしげた。
「江戸? どこだそれ?」
純玲もさやも分からないようだ。
ということはもっと昔の時代になるのか? でも確か江戸になる前に大きな町はなかった……はずだよな? もっと真剣に勉強しておくんだったな……。
聞きたいことは増えたが、記憶喪失の人間が地理歴史のことを気にしていてはおかしいと思われるだろう。この疑問は後に回すとして……
「その、退士についても教えてほしい。それは俺にもできるだろうか?」
文治郎は親切にしてくれているが、どこまで世話してくれるか分からない。できるだけ早く自立を目指した方がいいだろう。
あの石とやらのやり取りを見るに、退士は危険が伴うがリターンも大きいはず。
「退士を改めて説明するとなると……どこから話したもんかね」
文治郎がチラチラと純玲の方を見ている……。
「……あたしが説明するから。簡単に言うと禍がつを退治して石を集めるのが仕事よ」
退士は組と呼ばれる集団に入り、組は組合に所属して依頼を受けて禍がつを退治するらしい。
なるほど、冒険者とギルドか。
「組は基本的に退士を引退した人が頭を務めて結成するわ。まぁ、その辺いい加減だから規模に関係なくたくさんあるけど」
組頭が退士を鍛えたり面倒を見て、依頼をこなさせ報酬を得る……下請会社みたいなものか?
組合を通さず禍がつ退治をする者たちもいるが、依頼されていないものだと報酬が出ないしサポートも受けられない。なにかトラブルを起こして組に入れないならず者が多くやるらしい。
退士自体は登録すれば誰でもなれるそうだ。
訓練積まないと禍がつには勝てないしある程度の戦果を出し続けなければ資格は剥奪されるそうなので楽はできそうにないが……。
「あなたが退士になるつもりなら頭に頼めば面倒は見てくれると思うわ。ただ、決めた以上生きるも死ぬも自己責任になるから、よく考えて」
「……分かった」
稼ぐなら他の方法もあると思う。しかし、なぜか退士にならなければならない気がする。誰かに後押しされてる気もするが……。
「そういえば、番士は?」
「番士はね、みんなのお世話をするんだよ」
さやがここは任せろと解説に名乗りをあげた。
俺の予想通り、番士は退士のサポートをするのが仕事のようだ。
退士が禍がつ退治に専念できるよう荷物を運び食事を用意し夜は率先して見張りに立つ……縁の下の力持ちだな。
戦闘が苦手な者、怪我などが原因で退士を続けられなくなった者がなるらしい。
「番士は登場してまだ日が浅いから組合では正式に認められていないんだけどな。いた方が助かるという意見が年々増えてるから近々そうなるとは思うけど」
番士を正社員とするなら番士は派遣やバイトみたいなものかな……。
「でもね、番士を信用しない人も多いんだ」
「どうして?」
「番士はまだ認められていないから組に入れないの。だから依頼を受けた組の人に声をかけて連れてってもらうけど……」
「時々、荷物を持ち逃げする奴がいるのよ」
それは……大問題だな。
必要な職業だけど、正式に認められていない。だから組に所属できず身元がよく分からない。
情報共有だって現代程すぐにはできないだろうし、その上で頼むのは……リスクがでかいな……。
「まぁ安心しろって。おさやのことは俺がちゃんと親父に頼んでやるから」
また文治郎がさやの頭を撫でる。妙に手馴れているようだが、妹でもいるのだろうか?
「退士についてはこんなものかしら。あとは……帰ってからね」
遠くに背の高い柵のようなものが見える。
どうやらふたりの住む町にたどり着いたようだ。