01 知らない場所で目覚めました
まず、空の青さに心を奪われた。
空はこんなにも青く、広い。そんな当たり前のことを思い出し、なぜかすごく感動した。
俺はどうやら倒れているらしい。草や土のにおいがひどく懐かしく思える。
直前まで何をしていたか思い出そうとしたが、よく思い出せない。確か、仕事から帰る途中だったような……。
若干の名残惜しさを感じながら体を起こすが、見覚えのない場所だ。
周りは背の低い草っぱら。さらにその周りは高そうな木が生い茂り付近に建物は見えないから田舎かどこか山の中だろうか?
……どうしてもこんな場所に来た理由が思い出せない。なにか大切なことがあった気もするのだが……あぁ、持ち物もなにもない。どうやって帰ろう。
―――
なにか聞こえた。これは……人の声?
騒々しい感じだが、どうやら遭難はせずに済んだようだ。
まだはっきりしない頭で、どうやって帰ろうかと考えながらそちらに向かう。
悲鳴と怒号と、鼻につく嫌なにおい。
声を頼りに来てみれば、これだ。
人が、獣と戦っている。
人は刀や槍など武器を持ち、四つ足の獣を相手にしている。表現が曖昧なのは、その獣が俺の知るどの獣とも一致しないからだ。
まず大きさ。四つ足で立っているのに、人間よりでかい。
次に見た目。真っ黒だ。闇が獣の形をしているかのように鼻先からしっぽまで黒々としている。
毛並みは燃えてるかのように揺らめき、塗りつぶされているから目があるのか分からない。
しかし、その獣はしっかりと人間を正面に見据え、襲い掛かっている。
獣の数はたった二匹。人はその何倍もいる。だというのに、一人、また一人と悲鳴と血をまき散らして倒れてゆく。
逃げないとすぐに自分の番が来る……分かっているのだが、足が動かない。目の前の殺戮が恐ろしくて、動けない。
そして、俺以外に立っている人はいなくなった。残っているのは四つ足の獣と、大荷物を背負って尻餅をついている人……小さいし、子供だろうか?
「こ、来ないで……」
幼く、弱々しい声……しかも女の子か?
獣はその反応を楽しんでいるかのように、ゆっくりと距離を詰めている。
女の子は後ずさりをしていたが、ふいに体制を変えこちらを見た。
視線が、ぶつかった。
「た、助けて!!」
その瞬間、それまでビクともしなかった俺の足が動いた。
獣から逃げるため……違う、その辺に落ちていた刀を拾い、女の子の前に躍り出た。
「……俺が相手だ、化け物」
啖呵は、なんとか切れた。
頼られるとつい助けてしまう、長所であり短所である性格がこんな場面でも発揮されるとは驚いた。
獣に動じた様子は微塵もない。刀を警戒する素振りもない。
……あぁ、俺は殺される。なぜかそのことに少し安堵する自分がいた。
「……お嬢さん。十秒くらいはなんとかするから、逃げろ」
正直に言えば三秒も時間稼ぎできないだろう。十秒稼げたとしても、この子が逃げ切れるとは思えない。
だが、俺は男で大人だ。子供の命くらい守ってやらなきゃ、格好がつかない。
「来いよ化け物! これでも剣道初だ―――」
言い終わるより早く獣が動き出した。
竹刀を振るっていたのなんて十年くらい前で、最近はろくな運動すらしていない。ましてや人外相手など負けしか見えない。
走る。先手を取らねば確実に死ぬ。せめて一匹に一撃でも入れれば数秒は稼げるだろう。
返し技は得意じゃなかったが、やらなきゃ死ぬ。
今一番身についているリズムゲームを思い出しながらタイミングを計り、突く。獣はお構いなしに突っ込んできている。
所詮は獣。お互いの勢いがあればどこかしらには刺さるはず!!
……そんな俺のかすかな勝機は、あえなく弾かれて、砕けた。
この獣は正体は不明だが、生き物のはずだ。なのに、体が鉄のように固い。
弾かれて、体勢を崩すことになったがそのおかげで獣の攻撃はかわすことができた。
獣たちは足を止め、こちらに向け唸っている。意識を完全にこちらに向けることには成功した。が、俺の死亡率がはるかにぶち上った。
ただで殺される気はなかったし、差し違えるくらいには考えていた。そのための武器もあるし、なんとかなると思っていた。
しかし、現実はそううまくいかず、殺傷能力の高いはずの刀は今や頼りない鈍器となり下がった。これでは万に一つも勝ち目がない。
再度、強く死を意識する。
痛いのはできれば勘弁してほしいが、あの爪にしろ牙にしろ、痛みを感じないよう一瞬で命を奪うのは不可能だろう。
全身が震える。呼吸が早くなる。冷汗が止まらない。
「くそ……」
もはや足も動かない。勢いで誤魔化していた恐怖が振り払えない。
あの子は逃げられただろうか? 見える範囲にはいないが、首も動かせない。
獣たちが身構える。やばい、死ぬ。
ヒュッ!
短く鋭い音がした。
遅れて大きな音。獣たちが倒れていた。
何が起きたか分からないが、助かったかもしれないと思った瞬間、足が踏ん張ることを放棄した。
情けなく倒れた俺はこちらに向かってくる人影を見た。
「いや、間に合ってよかったよかった。それにしてもまた腕上げたんじゃないか?」
「そりゃあれだけ毎日特訓してればねー」
惨劇の場にふさわしくない、のんびりとした男女の声。
なんとかそちらに視線を向けると、さっきの子供と、若い男女が立っていた。