第一村人発見
「まったく!なんでこんなになるまで放ってたのかね!?」
「ごめんなさい、お姉ちゃん…。シアが言うなって」
「シア?もう少し自分の体を大事にしな、ちょっと!?聞いてんの?!」
笑ってんじゃないわよ?!てか、笑い事じゃないでしょ?こんなケガして黙ってるなんて!
わたしに抱えられた金髪碧眼少年が、腕を押さえて笑いを堪えてる。
弟の暁が心配してわたしにチクって…報告してきた時には、かなり左腕が腫れて色も変わっていた。
「歩く振動も受傷箇所によっては、響くからね。抱えるよ?」
「えっ…!お姉ちゃんどんだけ怪力…いてっ!」
「看護師してたら、あんたたちくらいなら抱えられる筋力もつくわな!」
減らず口の頭を小突いて、シアを抱えて車へ急ぐ。この腫れ方と色だと、骨折してそうだな。利き腕は右のはずだけど、少し生活に支障が出そう。
「どこでこうなったの?ぶつけた?落ちた?」
「……」
「シア?一応、原因聞いておくと、あとの処置が助かるのよ。責めてるわけではないからね?」
言葉はこの一年ちょっとである程度理解できてきているはず。まぁ、なぜかわたしとは、ほとんど目を合わさないし、話さないけどね。
「お姉ちゃん、シアは、あのっ、?!モガモガッ」
「こりゃ、シア。なんで暁の口塞ぐかね」
余程言いたくないのかー。ハァ…こうなりゃ、あとで病院着いて、身包み剥がして体中観察するまでよ。
ビクッ
シアがなぜかビクついてる(笑)とって食いはせんよ。
年頃の少年がケガするなんてことは、よくあるけどねー。シアは特に多い。本人は原因わかってるみたいだけど、決まって黙りを決め込む。
事情を知ってるであろう暁も、律儀に一緒に口を噤む。年頃の少年は扱いに困るな。
「前腕橈骨骨幹部骨折。痛いだろう?痛み止め出しておくよ。あと熱が出るかもしれないから、その薬と……」
「ありがとう先生。助かりました」
「何?橘、弟はグレたの?」
「いや、金髪だからって…グレてないし、弟でもないし。先生、夜勤し過ぎて虫湧いた?」
「はっはっは、んじゃ、若い子囲ってパトロンか!」
「…はぁ、耳から虫除けスプレー突っ込んでみたら。じゃ、失礼します」
カラカラ…
パタン
ポンポン
診察室を出て、固定された腕を擦っていた金髪を撫でる。見上げてきた不安げな揺れる碧眼は、さっきより少し落ち着いていた。
不幸中の幸いというか、手術するまではなく温存治療で何とかなりそう。ちょっと時間かかるかもだけど。
あとは、身包み剥がしたけど、他にはケガや傷はなさそうだった。シア?絶賛不機嫌中ですけど?ナニカ?(笑)
「さっ、帰ろう。今日はゆっくり休みなさい。痛んだら言うのよ?」
コクン
あら、やけに愁傷じゃないの。素直なシアもたまにはみたいぞ、お姉さんは!
それから家に帰って案の定、シアは熱を出して寝込んだ。片手は固定されてるから、日常生活にも支障が出て、人の手をいやでも借りなきゃいけないし。
お風呂とかねー、特に大変よねー。お姉さん、職業柄嫌がる人のお世話するの得意よ?
「こらっ!シア、観念してお縄につくのよ」
「お姉ちゃん…なんかシアが追い詰められてる羊に見える」
「まだ羊のがかわいいもんだわ。たまに爪立てて、牙剥くところが、猫みたいよね」
シャーッと今にも言いそうな、腰にタオル巻いた金髪碧眼のシアが、浴室の角に追い詰められてる。ちなみに片腕は固定具の上から、ビニール袋をぐるぐる巻きね。
「わかったわよ…わかったから、そのままでいいから座りなさい。もう」
諦めたのか疲れたのか、シアはストン、とバスチェアーに座って、あとは大人しくわたしの世話を受け入れていた。
金髪の隙間から覗く耳は真っ赤になってたけどね(笑)
***
屋敷内の案内が始まって数十分、未だ屋敷の人には遭遇していない。
「ね?シア、他の人はいないみたいだけど?通いの人とかなの?」
『ーー、ーーーー…』
「トナリイエ、シヨウニン、シツジタチイル?隣の家…?」
窓の外を見遣ると、この建物より少し小ぶりな建物が広〜い庭の向こう側に建っていた。
あれが使用人のいる建物?いやいやいやいや…わたしの住んでるアパートよりデカいですけど。
あ、そうそう、わたしは今…日本では、一人暮らしをしていた。シアがいなくなってから少しして、実家を出た。家族からは、シアもわたしもいなくなって寂しくなったとよく聞かされたもんだ。
そんなシアとわたしが、イマ一緒にいると知ったら驚くだろうなぁ。
『カナデ?ーーーーーーーーー?』
「え?あ、ごめん。なに?」
窓の前で外を見て立ち止まったわたしを、少し先に進んでいたシアが振り返り何かを問うていた。
コツコツと、シアがわたしの方へ戻ってくる。ブーツの音が響く廊下、というか回廊の床は綺麗に磨かれた石?よりは柔らかそうな、板張りよりは硬そうな材質で出来ているようだった。ちょっと屈んで指先で床を触る。
「不思議な触感…ッ!?ちょ、シア?」
『カナデ、ーーー?ーーーー?』
「…あ、あの、だっ大丈夫よ。ごめん。…だから降ろして」
屈んでいたわたしの手を取ったシアは、そのまま屈んでふわりとわたしを抱えあげた。そう…所謂、お姫様抱っこ。
なんつーか、馬車の時も似たげな距離感だったけどさ…これはこれで、あの
「モデル体型だからさ…も、もろに荷重かかってんでしょ?重いよ?」
超至近距離に耐えかねて、思わず顔を逸らしながら話す。ニャッ!?
ちゅっ
いや?!
え?ちょ、待っ、え?
逸らした顔のこめかみに、ふんわりと柔らかな感触と軽いリップ音。
『カナデ、ーーーーー?ふふ』
「し、しまった!シアッ!降ろしてってばー!」
絶対、わたしの顔は茹でたタコだわ…熱い(汗)
グイッと、シアの体を手で押して距離を取ると、今度は縦抱きにされ、しかも第一村人を探すべく、使用人のいる屋敷に向かって歩き始めた。
こっ、このまま行くの?!いやいやいやいやいやいや、ダメでしょう?
「シア!シア様!る、アルシェア!もうっ、王子様!ちょっと!わたしが、不敬とか言われたりするんでしょ?やめてよ!」
『クスクス』
笑とる場合かいっ、コリャ!
シアの腕の中でジタバタしてみても、がっしりと抱きこまれていて、馬車の時と同じで…そうこうしている間に、目的地へ到着した。
キィ
スッ…
通称、使用人棟(というらしい、アナさんからあとで聞いた)の玄関から、恭しく初老の男性がドアを開けて出てきた。
そのタイミングたるや、わたしを抱えたシアがちょうど玄関前に辿り着くのを見計らったようにぴったりと。
おそらく所作や格好からして執事さんだろうなと想像に難くない。
『アルシェアーー、ーーーーーーー。ーーーーーーーー…ーー?』
『ーーー。ーーーーーーーーーー(笑)』
「…今、わたしの悪口言ったでしょ。ちょっと!シア、降ろしてってば!お願い」
今のシアの顔!絶対、意地悪そうなお代官様だった!
初対面でこの格好は、さすがに恥ずかしい。シアの服をちょっと引っ張り小声で懇願する。
目を細めた執事さん(で間違いなかった。あとからアナさんに聞いたから!以後、アナ情報と称する)が、わたしに対しても恭しく胸に手を当て、お辞儀をしてくださる。
それでもシアが降ろしてくれないので、シアの腕の中から、最上級に姿勢を正してお辞儀をする。
『ーーー、ーーーーーーーーーーーーーー』
「は、初めまして。橘花奏です。よろしくお願いします」
さっきから抱き抱えられていて翻訳表が使えない。けど、たぶん初対面の挨拶をされてると思った。
もういい加減降ろしてくれないかな…。というわたしの細やかな望みは叶えられず、そのまま使用人棟へとシアは足を踏み入れた。
ふわぁ…本邸とはまた違った趣のある雰囲気の使用人棟は、木造建築で日本人には馴染みのある香りがしていた。
懐かしいような、それでいて少しの違和感に呆けていたら、ふと視線を感じてその方向に視線を移す。
ヒィッ
使用人さんがズラーッと玄関ホールに勢揃いしていた。が、視線は彼らではなく真隣の人からだった…。なぜなら彼らは、頭を下げて最敬礼していたから。
「ちょっ、シア!さすがに、降ろしてよ!?」
『ーーー、カナデーーーーーーー(笑)」
やっぱり、なんか悪口言ってる気がするんだよなぁ。ハァ、とりあえず言うこと聞かない王子様は、放っておこう。わたしはため息を小さく吐いて、シアから彼らに視線を戻す。
すでに顔を上げていた彼らは、わたしを見て。うん…間違いなく、アナさんと同じような生温い表情に見える。
頼むから、そんな目で見ないでぇぇぇぇ!泣
『ーーーーーー?』
『ーー。ーーーーー』
執事さんと二言三言交わしてから、わたしを抱えたまま、またシアは歩き出した。
玄関ホールを突っ切って行くと、ドアを開けてくれる人がいて、その人と目が合った。
ペコリ
会釈程度しか出来なかったけど、そんなわたしに満面の笑みで返してくれる。お母さんと同じくらいの年代の女性で、アナさんと同じような服を着ていた。
そして、シアが歩き出すと後ろから付いてきた。その間も、シアに縦抱きで抱えられてるわたしと、必然的に顔を合わせる形になってんだけど…ニコニコと微笑んでいた。
カツン…
サァーーーーー…
シアが歩みを止めたので、前を向く。
「ふわぁぁぁ…綺麗」
『ーー?ーーーーーーーー?』
綺麗ね!素敵ね!わたし柄にもなく、こういうの大好きなのよね!!!
そこには、緑の芝生と花々、小さめの噴水があり、噴水の向こう側に東屋?みたいな風通しの良さそうな、如何にも!という雰囲気の庭が広がっていた。
大き過ぎず小さ過ぎずマル!
あ、コホン…興奮してしまった。は、恥ずかし…。こっそりとシアを見遣ると
ッ、ドキンッ!
金髪が風に遊ばれて、陽の光に透けてキラキラと輝き、その隙間から覗く碧眼は…あの日の少年のものだった。
あの頃よりは、柔らかな表情にはなったけど、どことなく不安げな寂しげな感じ。
「シア?どうしたの?」
『?ーーー、カナデーーーーー、スキーーー?』
思わずシアの頬に手で触れる。と、すっと微笑んだシアの口からの、えっ、スキ?聞いたことのある発音に、また…ドキリとする。
『アルシェアーー、ーーーーーーーーーーーーーー』
『ーー、ーーーーー』
トン…
やっと、大地を踏みしめられる。シアがわたしを降ろしてくれた。
執事さんがまた現れて、シアにささやき、東屋を指し示す。
スル…と手が触れて
キュッ
えっと…もうこうなると、わたし逃亡犯かナニカと間違われているのでは?
降ろしてくれたと思ったら、次は手を取られて連行されている。もう好きにすればいいさ。
それでも綺麗な景色に、キョロキョロと目移りしながら手を引かれて歩く。
シアに引っ張られることはなく、わたしのペースに合わせてくれてんのかな?コンパス違うのに、すまないね。
そして、さりげなく東屋に誘導してくれて、日陰に到着。ここの陽の光って、紫外線ないのかも。ジリジリと焼けるような熱さがない。
感じ取れない熱を掴まえようと、陽にかざした手をシアに取られて、テーブルセットに誘われる。さりげないエスコート…さぁすが王子様。
浴室の角に追いやられて、シャーシャー言ってた頃から比べると信じられないね(笑)
すっかり逆転してしまったし。
くすくす、と笑うわたしを不思議そうにシアが見てくる。ふふ、教えてあげない。
カタン…
さっきの女性がティーセットとお菓子をワゴンで持って来てくれていた。
『カナデサマ、ヨウコソ。オマチシテマシタ』
「えっ、日本語…。あ、ありがとうございます」
こんなところにまで、日本語が浸透してる…。シア、あなたって人はどうしてそこまで?
ポンポン…
自然と顔を下げていたのだろう、シアが頭に触れて気付き顔を上げた。ふわりと、いい香りが鼻腔をくすぐる。
『ドウゾ、オメシアガレクダサイ』
「わぁ、いい香り。いただきます」
顔を上げたわたしの動作に合わせるように、目の前にティーカップが置かれる。7分目くらいまでに注がれたそれは、紅茶のようなハーブティのような色合いのお茶だった。
口にすると、爽やかな甘みがして少しトロリとしていて、カラダがほわりと温まる。
そっか、自分で案内や紹介頼んでおいて、ちょっと緊張してたんだね、わたし(笑)
「おいしい…ありがとうございます」
顔を上げて向けた先には、微笑む人たちと王子様。
うん、とりあえずココで頑張れそうだ。
縦抱きって、腕と体幹しっかりしてないと出来ないと思うんですよね。
一度されたい…ので願望が入ってます。