預言者という名の魔法使い
コミュニケーションだいじね。
「お疲れ様でしたー」
「お先にー」
「はーい、おつかれさまでしたー」
「橘さん、わたし先に見廻りしてきますね」
「りょーかいです。夜食どうする?」
「今日、とっておき持ってきたんで!見廻りのあと食べましょ!」
おぉ?ゆりちゃんのとっておきは、マジ神セレクト!楽しみ楽しみ♪
日勤帯のナースたちが帰って、夜勤ナースと当直ドクターだけになる。
病棟は一般病棟なので、救命救急やICUナースに比べると夜間は落ち着いている。慢性疾患の患者さんやリハビリして退院を待つ患者さんが多く、病状も安定しているせいだ。
看護職に就いてから、いろいろな病棟や専門医療に関わってきたが、今の部署が一番平和である。
同僚も後輩も気が合うし、上司は厳しいけど思いやりのある人だし、変なドクターもいるけど、まぁ気に入ってる。
欲を言えば、、、
「出逢いがないんだよなぁ〜」
「わかりますー。職場と家の往復になりますよねぇ」
ゆりちゃんのとっておきを堪能しながら、女子トーク。手元と一部意識は仕事に集中。
さてと、わたしも見廻り行ってくるか。
「じゃ、次わたしが見廻り行ってくるねー」
「はい、よろしくお願いします。あ、302号室の3番ベッド、明日の入院者のベッドメイキングしときました」
ありがたや。気の利く利かないって、先を想像できて、相手のことを思いやることが出来るかできないかだと思ってる。
たとえ、それが上手くいかなくても、その気持ちがあればすぐわかるというものだ。
キラッ
…?
見廻りをしている途中で、病室の空ベッドに手に持っていた懐中電灯を向けると、何かが光った。
寝ている患者さんもいるので、そっとその病室に足を踏み込み光った方へ近づく。
「…何かしら?落とし物かな?確かこの辺りで光ったような…」
キラキラ…カケラ?
何かが鋭く欠けたような破片が落ちていた。手に取ると、ヒヤリとした小指の先ほどの大きさのカケラが発光していた。
踏んだら危ないな。鏡か何かが欠けたのかもしれない。
そんな感じのメタリックな鈍い輝きのあるカケラを、そっとナース服のポケットに入れてまた元の見廻りへ戻って、すっかりその後は忘れていた。
「おつかれさまでしたー。はぁ、ドタバタしたねぇ。大きな容態変化じゃなくてよかったけど」
「お疲れ様でした。花奏気をつけて行きなよー」
あーい。と、交代した日勤者に見送られて、学会発表を聞きに行くため、普段はしないオフィスカジュアルに身を包んで一路会場へと向かった。
***
までは、覚えている。
そして、なぅ(古いよ)
「さっむ…ココどこよ?…見渡す限り緑の平野が広がってますけど?」
夜勤明けで寝不足なのも手伝い、学会会場に向かうバスに乗ったまでは記憶している。そこから睡魔に負けて寝たんだと思う。
そして、カラダの痛みと寒さに目が覚めると、硬い床…というかレンガを敷き詰めたような床が視界に広がっていた。凝り固まっていた軋むカラダを起こして、辺りを見渡すも見たことのない場所。
身の回りを確認しても、夜勤明けに着替えた格好のまま
「荷物がないな」
着ている服を確かめて、ポケットに手をいれたら、ヒヤリとする硬いものが指先に触れた。
「あ、カケラ入れたままだった…。スマホ、はカバンの中入れたな」
見廻りで拾ったカケラを着替えた時に、ポケットに入れたのを思い出した。どうなってんだ?
立ち上がり、少しふらつきながら、吹き荒ぶ風を避けるように、窓…はないから、外が見えるところまで近寄って柱に身を寄せる。
知らない。海外旅行なんて、行ったのはハワイくらいだし、よくわからない…けど。
この風景は、海外ではない気がした。もちろん日本でもない。
「ん?なんか下の方が騒がしいな」
ぼんやりと風景を眺めていると、下の方…といっても、かなり高い塔みたいなところの天辺の展望室みたいなところにいるから、米粒より小さい人たちが馬に乗って走ってくるのが見えた。
ココに向かってきてる…のは何となくわかり、どうしたもんかな?と、一人考えあぐねていたら
バタバタバタバタ…
バタンッ
『ーーー…ッ!?ーーーーー!』
『ーーーーーーーー!?』
塔の上まで上がってきた人たちが、わたしのいる部屋のドアを開けて入ってきた。
え?え?え?
何言ってんのかまったくわからないけど、わかる。この言葉のニュアンス…聴き覚えがある。
ふっ…と思い出したのは、金髪の少し暗い瞳の少年。あの子が居なくなってから、我が家は少し寂しくなった。
そんなわたしをずっと遠巻きに、囲みながら口々に何かを言っている。だから、わかんないんだって!
…と、とりあえず、まずは挨拶から?
「あの、こ、こんにちは?」
『ーーーー、ーーーッ!?』
『ーーー!ーーーー…!』
わぁ、なんか益々、喚かれてる。そうこうしてる内に、シアが大人になった少年が現れて、今…
「す、ご…何これ…」
『花奏?怖くないよ。僕もいるからね』
えっ!?こ、言葉が
「シア…?言葉がわかる…どう、して?魔法?ねぇ?この世界ッ、魔法あんのっ!?ねぇ!?」
『ちょ、花奏!落ち着いて!ここには魔法はないよ、この光円の中だけは言葉がわかるようになってるんだよ?』
シアの肩を思わず掴んで、ガタガタと揺らして興奮しているわたしを、シアが制して説明する。
『そなたは、呼ばれたのじゃ。使命を持ってな。アルシェアがそなたの世界に渡ったように』
ワタワタしてるわたしの背後から、魔法使いが話しかけてくる。
「なっ、使命?え?魔王退治とか!?え?無理よ!?わたし何も持って、与えられてないもん!」
『ぷっ。相変わらずおめでた…コホン、突拍子のない考えだね。花奏は変わってない』
「あんた、ちょっと今わたしをおめでたいって、、、しかも相変わらずって、前からそう思ってたってことー?!」
なんかその笑い…子供の頃から変わってないってことは、あの頃も思ってたんかッ!?なんっつー、ガキだよ!マジで!
『そなたの使命は…この世界に新しい変革を与え、もたらすもの』
「いや、急にそんな真面目なテンション…わたしが恥ずかしいじゃないの…」
『大丈夫。花奏は十分面白いし、言葉わからなくってもわかる』
最後、なんか思い出したように笑ったな。ダンッ!
もちろん足を踏んで差し上げましたわ。ホホホ。
『イッ、た!花奏、ホントそれやめてよね!僕のトラウマになってんだから!』
「あんた、トラウマとかいう言葉…よく覚えてるわね?こっちにもある言葉なの?」
『…コホン。仲良く話してるところすまぬが。我の話を聞いてもらえるかの?』
あら、ごめん。なんかちょっと言葉が通じるの嬉しくって。…え、さっきそう言えば、この光円の中だけって。
「ごめん、ちょっと待って。魔法ないのに、なんでこの光円の中だけ言葉わかるの?ていうか、光円の外に出たら、また言葉わからなくなるの?」
『…花奏、そうだよ。ごめんね、そういう理なんだ。光円の中のみ、預言者と一緒ならば通じるんだよ。…ごめん』
「預言者」とフードの魔法使いを指しながら、余程わたしが不安そうな顔をしていたのだろう…シアは申し訳なさそうに教えてくれた。
『我ら預言者は、来るべき時にこの世界の理の声を聞き、伝える者。その来るべき時を預言した。アルシェアの時と同じように』
「アルシェア…シア?って、本当はアルシェア…なの?」
『ハァ、君はホント…そこなの?疑問に思うところは。そうだよ、僕はこのオルフェス国の第三王子、アルシェア・ラン・オルフェスです。納得した?』
だ、第三王子…ほぇぇぇ。本当にやんごとないお立場だったね。でもさ?シアが世界を渡るのを預言したってこと?事前に?シアは急に行くよって、言われたの?
それに、なんで日本なの?オルフェス国ってことは、他の国もあるんだよね?なんでこの国?
『疑問はあるだろうが、それには我にも答えられぬ。理だからの。理屈ではないのだ』
「え?預言者って、そういうモノなの?預言して先を示したり、予知して防いだりとかするモノじゃないの?」
わたしの考えを読んだのか、ま、表情に出てたのかな単純だからね。答えてくれた。
わたしの口に出した疑問には、首を横に振り、預言者は寂しそうに、否。とだけ答えた。
『花奏、彼らには彼らなりの理があるんだよ。だから、僕も僕に与えられた理を受け入れるしかなかった。花奏が、今からこの国にもたらすモノがなんなのか、それすら理は与えてはくれないんだ。だから、花奏と僕、彼…ポーラと言うんだけど、ポーラと共ににそれを見つけていく必要がある』
「わたしが…この国、世界にもたらすモノ…、それを探し出せたなら、わたしは元の世界に戻れるの?」
シアの瞳が…揺れた。そっか、わからないのね。こんな時に表情でわかるようになったのが、少しうらめしい…。
グイッ、ギュウ…
あ…あたたかい
シアがわたしを抱きしめてくれて、初めてわたしはカラダも心も…冷えていたんだとわかった。
きゅっと、シアの腕を握り返して、冷えた指先に血が通い始めたのがわかる。
やるしかないのか…何かわからないモノを、言葉が通じない中で探すって、途方もないコトを課されている。
理ってヤツは、理不尽だね。あんな少年を一人、世界から放り出して、でも何かをあのシア少年はもたらして帰ってきたんだ。
「…もたらして?シアは、日本…わたしの世界に何をもたらしたの?」
『理はね、こちらの世界にしか干渉しないんだ。…だから、僕は花奏の世界で得た「何か」を、戻ってきたこの世界にもたらすのだと思う』
「思う?ってことは、シアもまだわからないの?」
わたしを抱きしめたままのシアが、フルフルと揺れる振動で、首を振っているのだと…シアもまた、わかっていないんだと理解した。
それなのに、わたしは今から探っていく。はぁ…もうわけわかんない。
『さぁ、もう時間がない。よいか?次にこの光円が現れるのもいつかはわからぬ。それまでは言葉は通じぬ。ただ努力次第で、理解できるようになるであろう。我も、アルシェアもそなたの助けになるよう努める。しかし、そなたは言葉に頼ることなく、何かをもたらす。と、預言にはある。ならば、常に目を凝らして周りを見よ。その中に自ずと答えはある。アルシェア、お主が探し求めた理も、花奏が来ることで明るくなると預言にあったのであろう?だから、お主も花奏が来ることもわかっていて、そのための準備を進めてきたのだ。今からがその時ぞ。心してかかろう、そして、この理に答えを出そうではないか』
わたしが来ることをわかっていた?
だから、あの塔で再会した時…
「待っててくれたの?シア」
『うん…。僕の預言は、こちらに戻ってきてから聞いた。預言とか、そんなこと知らないままにあちらへ渡ったから、あちらでは何もわからないまま過ごしたしね?』
そっか、戻ってきて聞いたんだ。そうよね、わたしみたいな目的を告げられないまま、ただ過ごして帰ってきて、実は…って言われても、早く言ってよー。ってなるわな。
「わかった。シアの"何か"をわたしも探す。そして、なんかよくわからない理をぶっ飛ばす。理不尽を強いて、何がもたらすモノだって!そんなもの、何も生みはしないし、もたらしもしない!けど、やらなきゃぶっ飛ばしも出来ないもんね!?」
『ハハッ!花奏は相変わらず頼もしいなぁー。僕も頑張ろうって思わせてくれる。やるしかないね、うん。ありがとう、花奏』
チュッ
ッ!?
「なっ、な、にをッ!?ちょ、シア…」
『ふふ、誓いのキス?あ、花奏の世界では口だっけ?』
ケラケラと、ひとの頬にキスさらしといて、何笑っとんじゃいッ!ダンッ!
さぁ、やるしかないね。
フンす!大地踏みしめて、シアの足踏んで、わたしはこの世界で生きるよ!
そして、戻る!待ってろ!理とやら!答えを突きつけてやるわ!
痛い痛いと、笑い泣きしてるシアを横目に、預言者ポーラに歩み寄り
「よろしくお願いします。これからも助けてください」
手を差し出すと、彼はポカンとして、そしてふふ…と笑い、手を出して握手してくれた。
『あー!ずるい!僕も花奏と握手するー!花奏、この国の握手はね?親愛の印だから、ホントに気を許した人としかしちゃダメだよ!?求愛と取られるからね!異性だけじゃなくて、同性婚もこの国許されてるからね!?』
なに必死になって、言ってんだか。ま、そういう慣習的なモノも覚えていかないとだねー。
隣でわぁわぁ喚いてるシアは放っておいて、握手はせずにいてやろう。
光円が自然と消えるまで待つ間、シアが時間を惜しんで話してくれる。
『約束事をしよう、花奏。今日みたいに倒れるまで我慢しないで。無理して体壊したり、心を痛めて倒れたりしないように、僕とポーラ、アナ…わかるよね?彼女は花奏のためにいる侍女だから頼って。泣きたくなったら、僕の胸を貸すよ?あの頃より少しは頼りのある男にはなったつもり(笑)…花奏は、美しくなったね。あの頃…僕は…ーーーーーーーッ…』
シアの最後の言葉は、光円が消えてしまい、またわからない言葉に戻った。なんて言いたかったんだろうね?
美しいとか、お世辞言えるようになって。ふふ、紳士になったねぇ。でも、ありがと。
「さぁ、行こうか!って、どこ行く?」
『ーーーーー、アナーーーーーーーー』
あ、そう言えば途中からアナさんがいなかったな。
そして預言者も、いつの間にかいなくなっていた。
わたしお話しを始める時に、テーマ曲を決めるんです。
今回のお話は途中で決めました。
ロックです(笑)いつか披露出来ればいいな。