言葉が通じない、わからない。けどわかることもある
イマと過去を行ったり来たりします。
ん…
スゥッ…と意識が浮上するにつれて、閉じている瞼の裏が白々としてくる。
「ふぅっ…」
一息吐くと、カタンっとどこからともなく音がして、人がそばに寄ってくる気配がした。ふっ…と、また閉じた瞼が暗くなり、額にぬくもりを感じて目を開ける。
「うわ…、絶景…」
焦点が合わない状態でも、目の前に金色がキラキラと輝いていて、その隙間からなんとか湖みたいな綺麗なエメラルドグリーンが覗いていた。
あー…お決まりの倒れたってヤツね。と、ぼんやりと寝ぼけた頭で理解していた。痛いところも苦しいところもないけど、ただただ眠たい…。
『…カナデ、ーーーーーーーーーー?』
なにか問われてる。それがわかるくらい、真剣な表情と揺れるエメラルドグリーン…。大丈夫、眠たいだけ…と、声に出して伝え…な、ぃと…
スッと、ぬくもりに目を覆われ再び暗くなる視界に、微睡が訪れ…て、わたしはまた眠りに落ちた。
『オヤスミ…。カナデ…』
意識を手離す時に、そう…聴こえた気がした。
あぁ、そう言えばあの時も、そうだったな。
でも声が…もう違うな。。。
***
「暁ー、お姉ちゃんにこれ持っていってあげてー」
「はーい。開けるよー?姉ちゃん」
カチャ
ギィ…
ドアの隙間から顔を出したのは、マスク姿のよく出来た弟。今季の我が家でインフルエンザ第一号さんである。そして、順調にインフルエンザはその能力を遺憾なく発揮し、父母、そして最後に強力なヤツがわたしにきた。
シア?シアはねー、不思議なことに感染症にはかからず、異世界人は体質が違うのか、それとも特殊な抗体もってんのか。ま、この時点で異世界人であるような気がしててね。
「これ、食べられそう?ここ置いとくから食べてね。…姉ちゃん、ごめんね」
「ありがと。毎年誰かが第一号になるんだから仕方ないよ」
くし切りのリンゴが入った器を机に置いて出ていく。うーん…そこに置かれると、動かなきゃならんのだよね。ちょっと、今は辛いからいいや。と、思ってまたうつらうつらとしていたら、カチャ…と控えめにドアが開けられた。
ふっ…と、甘酸っぱい匂いがして、そろそろと目を開ける。シア…?だろうなと思われるシルエットが、リンゴの器を机から取って、ベッドのそばに座る。
サク…
ちょん
ん?食べさせてくれるの?わたしの唇に冷たい感触がして、それがリンゴだとわかる。
後ろが明るいから、シアの顔は陰になってよく見えない。けど、雰囲気からなんとなく心配そうにしてるのはわかる。
「ありがと」
『……』こくん
頷いたシアの差し出す、フォークに刺さったリンゴをひと噛みする。
シャク…あ、おいしい。瑞々しいリンゴの甘酸っぱさが口内に拡がって、ちょっと熱を持ったカラダを冷やすようで、果物も神だな…と幸せに浸る。
シャク、シャク…と咀嚼していたら、そっとシアの手がわたしの額の髪を避けて直に置かれる。
熱測ってる?
『…ーーーーーー…。ーーーーーー』
また呪文系?時々、シアは何かしらの呪文を唱えることがある。大体、何かを始めるとか、食事の前とかだけど。あと最初の日、剣を見つけたときか…。
なんの呪文かわからないけど。ありがとね。と、思ってされるがままにしていたら、またうとうとと微睡が訪れた。
『オヤスミ…。カナデ…』
なーんだ、日本語話せるじゃん。とか思いながら、にやけていたら…意識を手離す直前、額に柔らかい温かい感覚が………
…ガヤガヤ
………?
…ザワザワ
バタバタバタバタ…
次に意識が浮上したのは、ガチャッ、バターンッ!という音に飛び起きた時だった。
「へっ、な、なにっ?!え?えっ?」
『ーー!ーーーーーーッ!』
『ーーーーーー!?』
カラダを起こしたわたしの腕を、グイッと引っ張る人は、シアではなく…所謂、騎士…の格好のように見えた。ぞろぞろと同じ格好の人達が部屋に入ってきて、わたしが寝ていたベッド…そうベッドに寝かされていたわたしを囲んでいた。
カタン…
『ーーーー…、ーーーーーーーーーーーーーー…』
シアが遅れて入ってきて、みんなの視線が背後に移される。シアがテーブルに置いた紙袋と表情で、彼には知らされてなかったことなのだと…なんとなく理解できた。
ザッ!
一斉に騎士…達が敬礼して、わたしを囲んでいた人垣が、モーゼの十戒のように割れてシアが近づいてくる。お、相当怒ってるなぁ…と、今はわかる表情と態度が表していた。
『ーーーー…、ーーーーー。ーーーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーー』
ビクッ…!わたしの腕を掴んでいた人が震えて、ギュ…ッとその人の腕をシアが掴んで凄む。
ワォ…美形が凄むと、迫力〜。
他人事のように眺めていたら、ふっと解放された腕にジワジワと血流が戻ってくる感覚がして、思わず腕を摩った。
ふわ…
『カナデ?ーーーー?…ーーーーっー』
「ん?大丈夫よ?ちょっと痺れただ、け…」
ぎゅ…っ
あれ?えっとぉ…。シアが心配そうな表情で、さっき凄んだ時とは違う、揺れるエメラルドグリーンがわたしの腕に触れてなにかを問うた。
大丈夫だよ?って伝えるために、見上げたら…視界が白シャツの色でいっぱいになり、あぁ、また…抱きしめられてる。とわかった。
イマの自分の状況と、シアが立たされている状況は、本来ならあるべき姿ではないのかもな。と思った。
けど、ここでシアと離されたら、わたしどうなるんだろう?あのままどっか連れてかれて、牢屋とか奴隷とか売られたりとか…わぁ……こえぇ…。。。
シアもこんな気持ちであの時を過ごしたのかな。イマのわたしよりも、シアという知り合いもいなければ、小さい少年で、右も左もわからない状況で…よくあれだけ冷静にいられたな、あの子。
だから、そのまま大人になれば…こうなる。
『カナデーーーー、ーーーーーーーー…ーーーーーーッ…』
ワォ、またピリピリと騎士さんたちに凄んでた。それくらいにしてあげれば?と思い、そっとシアの腕の中で身動ぐと、騎士さんたち…そうさっきから騎士さんと呼んでるんだけど。だって、見て見てよ。もうシアにびびりまくりよ?なんか可哀想になってきた…。騎士さんたちの視線がわたしに注がれる。
え?なんか期待されてんの?わたし。
あ、この場をどうにかしろと?
ハァ…もう、困った人たちですこと。
リンゴ、今ではなかなか自分では買わないけど、すりおろしたリンゴを病気の時に食べるの好きだったなぁとか。