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84.嫌われるのは恐くないのですか?

 理科の先生が、

 「伊茂下」と「木茂下」で表記揺れしてたので、今後「伊茂下」でそろえます。陰口めいたあだ名が「キモシタ」です。

 そんな先生のビジュアルですが、なぜか脳内にオタTの上に白衣を着た早乙女博士(最後の日Ver)が浮かんでる作者です。よろしくおねがいします。

 (先生、年齢的にはまだ三十代前半のイメージのはずなのに……)


 9月27日(金) 想定期限(タイムリミット)まであと11日


【View ; Kinji】


 私は伊茂下(イモシタ) 矜嗣(キンジ)

 この朱ノ鳥学園高校で教師をしている者だ。


 だが、最近この学園内の様子がおかしい。

 私以外にもそれを感じ取っている教師もいるのだが、何がおかしいのかと言われるとうまく説明できない。


「うーむ……」


 職員室で書類作業をしながら、その空気感の異常さに唸っていると、同僚の女性教諭の谷間先生が声を掛けてきた。


「伊茂下先生どうしました? 何か悩みごとです?」


 名前に恥じぬ見事な谷間に目を向けそうになるのを堪え、私は谷間先生へと顔を向ける。


「ここ最近、校内の空気が妙な気がしましてね」

「あー……それは、わたしもちょっと分かります」


 どうやら谷間先生も感じているようだ。


「私はあまり生徒から好かれていない自覚はあります。

 ですが、夏休み前までの嫌われ方と、最近の嫌われ方がどうにも一致しない」

「こういうの聞いて良いのか分かりませんが、どう違うんです?」

「以前まではあくまでも、『苦手な教師』『なんか嫌な先生』という扱いでした。生徒たちにとっては『嫌いな教師』だったんです。

 ですが、今は『唾棄すべき人間』『排除すべき嫌悪』という、もはや教師どころか人間扱いされてないような視線を感じています」

「いや、伊茂下先生。それはいくらなんでも……」


 穏和な性格で、見目も麗しく、生徒たちからも好かれている谷間先生からすると、あまりピンと来ないかもしれないが、事実は事実だ。


「同時、その嫌悪を向けてくる生徒からは、熱を感じません」

「熱を感じない?」

「何というのでしょうね……好きでアレ嫌いでアレ、それが生の感情に近いほど熱を帯びるというのでしょうか……。

 夏休み前に感じていた嫌悪にはその熱があったのですが、最近感じる嫌悪にはそれが無いんです。まるで誰かに言わされているような、そう振る舞うように誘導されているようなそういう空気はありますね」


 だが、心理学などを用いた誘導をするにしても、規模が大きすぎる。まるで全校生徒を操っているようなソレは、単純な思考誘導や洗脳話術などでは説明がつかない。


 宗教団体のように、そもそも皆が一定の目的を持っている場合とはワケが違う。

 そもそも、趣味も趣向も考えも目的もバラバラの生徒たちを、一斉に同じ方向へ向けるなと、不可能に近いはずだ。


「伊茂下先生は、誰かが生徒たちを扇動している、と?」

「理論的に考えるとそうなりますね。現実的ではありませんが」


 解決方法は考えるべきだが、だからといって仕事を疎かにするワケにもいかない。


「……って、伊茂下先生。喋りながらその作業してたんですか?」

「ええ。このくらいでしたら、片手間でなんとか」


 私はデータを保存し、ノートパソコンを閉じると立ち上がる。

 畳んだノートパソコンを小脇に抱えて、谷間先生に小さく会釈をした。


「そろそろ、午後の授業の準備をしますので、私はこれで」

「はい。あの、その……」


 すると、谷間先生は意を決したような顔をして訊ねてくる。


「伊茂下先生って生徒に嫌われるのは怖くないのですか?」

「難しい質問ですね。好悪で言えば、間違いなく嫌ですが……。

 でも、そうですね……私を嫌うコトで、生徒が前に進むキッカケになるのであれば、それで構わないとも思っていますよ」

「……生徒が、前に進む……?」

「たとえば『あんなヤツに科学を教わるくらいなら自力で!』と、私の授業を聞かずとも、本気で勉強して有能な科学者になる生徒がいたら、嬉しくはありませんか?」


 学校の教師なんて言うのは長い人生の中で、子供と呼ばれる時代の短い時間に触れあう存在でしかないのだ。

 だからこそ、その些細な触れ合いの中で、良き将来を掴めるキッカケにでもなれたら――と、私は思う。


 例えそれが私の授業と無関係なことであっても。

 私という存在が何らかのキッカケになれば良いと。


「わたしはまだ、そんな風に思えないかもしれません」

「谷間先生が私と同じように考える必要はありませんよ。私は、そう考えている――ただそれだけです。

 長く教師を続けていく上で、その道の途中で迷ってしまった時の為の、私なりの指針です。

 谷間先生も、そういう自分なりの指針を一つ作っておくと、未知なる場面に出くわした時に、進むべき道を切り拓く支えとなると思いますよ」


 それでは――と、私は谷間先生の前を後にする。


 何やらキラキラとした眼差しを向けられている気がするがやめてほしい。自分はそのような眼差しを向けられるほど、出来た教師ではないのだから。




 その日の放課後――


 用事を済ませ第二準備室に戻ってきた私は、妙な違和感を覚えた。

 室内を見回すが、おかしなところは無さそうだが……。


 ふむ。

 学校の雰囲気に当てられ、妙なカンぐりをしてしまっているのかもしれないな。


 問題のないことまで問題だと捕らえてしまうようでは、正しいものも見失いかねんか。


 やれやれ――と小さく嘆息した時、机の影に生徒がいることに気がついた。

 机に寄りかかり、荒い呼吸をしている。

 まるでさっきまで全力で走っていたかのようだ。


 ……この生徒の名は……。


「栗泡。こんなところで何をしている?」

「伊茂下先生!」


 声を掛ければ、栗泡は驚いた顔をしてこちらを見上げてくる。

 しかしだ。栗泡はいつからここにいた?


 確かに部屋の入り口からだと死角にはなっているが、呼吸の荒げ方を見るに、音くらいは聞こえてもよかったはずだが。


「いや、そのー……」

「私に関する妙な噂でも確かめにきたか」

「……はい」


 ふむ。

 だが、栗泡は多くの生徒と違い、扇動されてここに来た感じではないな。自らの意志で探りにきたか。


「お求めのモノは見つかったかね?」

「ないから困ってます。どうやったら先生がシロだって証明できます?」


 なるほどな。

 栗泡は私を疑うのではなく、むしろ私の潔白を晴らそうとしてくれているわけか。


「それは嬉しいが、勝手に入ってモノ漁りとは感心しないな」

「ですよね」


 すみません――と、栗泡は頭を下げる。

 基本的には真面目な少年だ。自ら率先して、忍び込むようなマネをしない男だとは思うが……。


「あまりにも不自然に伊茂下先生が犯罪者だって噂が流れはじめたので、つい……」

「ついに、噂はそのレベルまで大きくなったか」


 犯罪者、ね。


「流れ方が不自然です。

 男子でそれを口にしているのは、むしろ流れに乗ってるだけのバカばかりだけど、女子の多くはそれを信じている感じで、妙な空気なんですよ」

「君から見ても不自然さを感じるワケだな」

「はい」


 心配をしてくれるのは嬉しいが、少々無茶なことをしているように見えるな。


「オレは、誰かが意図的にこの状況を作り出したんだと思ってます」

「栗泡?」

「しかも、ふつうの方法じゃない。ヘタしたら警察すら見抜けないような――それこそ魔法のような方法で、それを行ってるヤツがいるんだって、そう思ってます」

「仮にそれが事実だとして、魔法を使うような相手を見つけてどうするつもりだ?」

「オレだけじゃどうにもならないと思うけど……でも、そういうのを取り締まっているヤツが知り合いにいます。通報しますよ」


 マンガやアニメの見すぎだ――と一笑することも可能だが、栗泡の双眸は真剣だ。

 そして、本当に知り合いにいるのだとしたら……栗泡はすでにそういう事件と関わったことがあるということになる。


 ……本当に、マンガやアニメのような話だが……。


「重ねて聞くが――君の語る話がすべて真実だとして、どうして君がそれを暴こうとする?」


 そう、これが分からない。

 栗泡の言い方からして、彼本人は犯人を見つけたところで、どうにかできる力は無さそうだ。

 だというのに、犯人を暴こうとしている。


「あー……どうしてだろう?」


 どうやら、本人もよく分かっていなかったらしい。


「魔法に関わったコトある面々で集まって相談してたら、なんかそういう方向になったから、じゃあがんばるかー……みたいな感じなんですよ」

「ほかにもいるのか」

「あー……はい。いますよ。魔法使いみたいな生徒が」

「そうか」


 魔法使いは多数いるのか。

 マンガやアニメであれば、そういうものはあまり語らぬ方が良いことが多い。

 恐らくは、栗泡が関わっている魔法もそういう方向のモノなのだろうが……。


 栗泡は、嘘や誤魔化しが苦手なようだな。

 そんな栗泡だが、何かを言いたいのか、もごもごとした様子で口を開く。


「友達が……」

「ん?」

「思わず間に挟まりたいって言い出すヤツがいる程度には仲の良い女子コンビがいるんですよ。

 本人たちからすると武術家仲間みたいなノリっぽいですけど」

「間に挟まりたいという欲求を否定しないが、個人的には挟まらず眺めていたい派だな」

「先生とは改めてお話ししたいけど、そこはさておいて……。

 ともあれ、そんな武闘派女子コンビなんですが、昨日今日と両方とも学校を休んでるんですよね」

「休んでいる? 学校サボってデートというワケではなさそうだな。その語り口だと」

「片方が片方をいじめるような行いをしたようです」

「は? 仲が良かったのだろう?」

「四日前までは」

「どういうコトだ?」


 まるで、四日前からは仲が悪かったかのような言い方ではないか。


「恐らく黒幕に迫ったんだと思います、片方が。

 だから黒幕は自分に迫った女子に魔法を掛けようとしたが、上手くいかなかった」


 ならば、黒幕がやったのは――


「だから、ターゲットを相方に変えたんですよ。

 思考誘導を受けて、涙を流した友人を無意識に嘲笑うムーブをしちゃったみたいです」


 栗泡の話をすべて信じるわけではない。

 だが、学校全体に不自然な扇動があるのは感じていた。


 黒幕は――それを使って、一人の生徒を苦しめたというのか!


 ましてや仲の良かった友人を利用して!


「まぁその片方も泣いてスッキリしたら、冷徹なまでに犯人を追いつめる子らしいですけど……。

 もう片方も自分の言動と行動に矛盾を感じ取り、友達を無自覚にいじめてたコトに気づいたショックで少しだけ休むみたいです」

「意外と強いのか?」

「転んでもタダで起きる二人じゃないみたいです。

 むしろ、魔法関連の事件に関する探偵コンビみたいなモノなんで、ここから反撃に出るんじゃないですかね。

 仲直りは事件解決までおあずけかもですけど」


 腹は立つが、二人がそれでいいなら、良い……のか?


「まぁそんなワケで別にオレが怒る必要もないのかもしれないけど。

 でも、なんかムカつくんですよ。仲の良かった友達同士が、クソみてーな阿呆の思惑で仲違いさせられて、二人で大泣きしあって……。

 この二人だからこそ、変に拗れなかっただけかもしれないけど、だからこそ、自分が友達とそうなったらって思うと、怖いやらムカつくやら……」


 ああ、そうか。

 どうして栗泡が、黒幕を探そうとしているのか、理解した。


 彼の中に正義感があるのだろう。

 それは小さなモノだったのかもしれないが、今回の一件で、その正義感が強く表層に現れるキッカケになったのだ。


「オレ、兄弟多くて一番上なせいもあるかもですけど……。

 下のチビたちが、仲直りできない兄弟ゲンカとかしたらイヤだなって……しかもそれが本人たちが望んだコトじゃなくて、外部から無理矢理させられて、拗れに拗れたりしたら……って」


 握る拳は、仲違いさせられた少女たちの為のもの。

 滾る怒りは、彼の優しさが燃えているからなのだろう。


「教師としては、危ないコトはするな……と言いたいんだがな」

「だけど、先生……オレはそれでも……!」


 栗泡が何か決意のようなモノを口にしようとした時だ。


 ドンという大きな音と、激しい震動のようなモノを感じ、私と栗泡は顔を見合わせる。


「おい! あれ!」

「家庭科調理室じゃない!?」

「マジかよ、爆発?」


 聞こえてくるざわめきに、私と栗泡は慌てて準備室を飛び出し、廊下の窓から調理室のある辺りを見遣る。


 一階にあるその部屋から、黒い黒煙が上がっていた。


「ん? ツユっち? どうした?」


 私の横では誰かから電話をもらったのか、栗泡がスマホを耳に付けている。


「おいツユっち? 何とか言えって。電話掛けてきておいて無音はやめろ」


 ……待て。まさかその電話の相手は……!

 何も言わないのではなく、何も言えないのではないか?


「栗泡。その電話の相手はここの生徒か?」

「え? はい。二年の富蔵(フグラ) 路定(ロテイ)ってヤツですけど……」

「魔法の関係者か?」


 私が問うと、栗泡の表情が強ばる。


「……まさか……」


 視線が向かうのは、黒煙を上げている調理室。


「先生……!」

「ああ。行くぞ!」


 そして我々は、家庭科棟へ向かって走り出した。


 魔法が関わっているとかどうとかは関係ない!


 これが人為的なモノで、生徒を害する為に誰かがやったことなのだとしたら、私は犯人を絶対に許すわけにはいかないッ!


【TIPS】

 伊茂下先生は雰囲気などのもろもろのせいで嫌われやすい。

 一方で、為人(ひととなり)を知ると良い先生だと理解されやすく、一部の生徒たちからは非常に人望が厚い。

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