50.その紳士たちに姿なく その4
【View ; Syuko】
「まずいぞ。十柄」
絃色先輩の相談を受けた翌日の昼休み。
倉宮先輩が私の姿を見つけるなり、そう声を掛けてきました。
「どうかしたんですか?」
「リコ以外にも犠牲者が出始めた」
ただのイタズラ。されど思い込みで呪いになりかねない悪質なイタズラ。
元々のんびり静観なんてするつもりはありませんでしたが、さすがに悠長なことを言ってはいられないようです。
「そして。淫紋以外の絵も出てきた」
「それは?」
「人目がある場所でする話ではない。昨日の教室にいくぞ」
「はい」
場所を移して、昨日の空き教室までやってくると、倉宮先輩は即座に入り口の鍵を掛けました。
「被害者は私だ」
単刀直入。
まぁ被害者らしき人を呼ぶ様子もなく鍵を掛けましたからね。そうだろうなとは思いました。
「と。いうワケでこれだ」
ためらうことなく、スカートをたくしあげる倉宮先輩。
羞恥心の類がない――というワケではないのでしょう。少々顔は赤いです。
ただ、思考が合理に寄ってるいるので羞恥よりも周知を取ったというところでしょうか。
それはそれとして――
「先輩。よもやよもやと思ってましたけど、やっぱり下着も黒なんですね」
「殴るぞ」
小粋なボケのつもりでしたが、本気で呪いを掛けられそうな睨みをもらったのでまじめにやります。
「あ、確認したのでおろしていいですよ」
「ああ」
先輩の白い肌。綺麗な太股に描かれていたのは、いくつもの「正」の字でした。
「最悪のラクガキだ」
「人のコト言えませんが、先輩もお詳しいようで」
昨日の淫紋とは異なり、さすがにこのラクガキの意味を女子高生の口から告げるのはとてもはばかる内容です。
まぁ淫紋と同じ卑猥な由来のネタであるというところだけ、おさえておけばいいでしょう。
「だが。これで確定した」
「はい。まちがいなく、これはイタズラです。
……イタズラですよね?」
「殴るぞ。性魔術に興味はない。あってもコレはない。分かってて言っているだろ」
肌が白いせいで赤くなるとすごいわかりやすいんですよね倉宮先輩。
基本クールで気怠げで、あまり表情が変わらないので、今の様子はちょっとカワイイと思ってしまうのですが――
ただ配慮の足りない問いだったのは間違いないので、謝っておきます。
「すみません。念のため……」
「何の念だ。そんな趣味はない。あったとしても。イタズラに便乗して見せびらかす者などいないだろう」
「ごもっともで」
反省。
ちょっと前世の影響が前に出てしまったのかもしれません。
変なタイミングで時々、こうやって顔を出しますよね、前世の感性というかなんというか……が。
「とりあえず、犯人は開拓能力を用いてイタズラをする男子高校生ってところでしょうね」
「開拓能力?」
「はい。倉宮先輩であれば問題ないと思いますので、私が関わっている超能力に関する話を少ししますね」
これまでのやりとりから、倉宮先輩は信用できると判断します。
先日の呪いも、悪用などしてないことでしょう。
開拓能力。あるいは単純にフロンティアとも言うチカラ。
使い手を開拓能力者と呼称。
最近、条件を満たさなくとも増えている超常能力者。
能力は一人一能力。使い込むことで個人の基礎能力をベースに派生や応用力が増す形で進化していく。
犯人は恐らく、最近増えている突然目覚めたタイプの能力者である。
――とまぁその辺りの話をすると、倉宮先輩は少々難しい顔をしながらうなずきました。
「開拓能力者が増えている原因は?」
「今のところは何も」
「そうか」
倉宮先輩に話をしたのは私の独断。
あとでお父様にも報告しておく必要があるでしょう。
「開拓能力は必ず対像との接触が必要か?」
「いえ。それも能力によります」
そう言いながら私は自分の腕を植物の枝に変えて伸ばしていきます。
「例えば私の場合、自分の腕を植物に変え、伸ばして対像に触るコトができます」
「純粋にリーチが伸びるか。枝ではなく蔦や根にも出来るのか?」
「はい」
腕を元に戻しながらうなずき、重ねて倉宮先輩が訊ねてきます。
「ほかの例はあるか?」
「あとはビジョンで触れる……でしょうか」
「ビジョン?」
「能力の像。イメージの映像化。精神の形の発露。色々言い方はありますが、そういう開拓能力者ないしそれに近しい能力者にしか見るコトの出来ない……発現した能力が形になったモノ、でしょうか」
あまりピンと来た様子がないので、もう少しだけ詳しく言うことにします。
そしてこの反応から、恐らく先日チンピラに与えた呪いは、本当にハッタリによるものであり、能力とは無関係だというのも確信しました。
「私の能力は像を持たず、変化させた肉体を像の代わりに使っているのですが……。
そうですね。例えばサイコキネシスなどが分かりやすいかもしれませんね。その能力の像としてマジックハンド型の像があったとします。
その人のサイコキネシスはそのマジックハンドでモノを掴んでいるワケです。でもそのマジックハンドの像は、一般の人には見せません」
「なるほど。それならば確かに。手を使わずに持ち上げているように見えるだろうな」
「今のはサイコキネシスでしたが、例えばマジックハンドの像を持ったサイコメトラーであれば、その像で触れた物質から記憶を読みとったりできるわけです」
「理解した。そういう意味では遠隔で能力を発動できるのだな」
「ただ本体から離れるにも限度があります。それを射程距離と呼びます。そして例え射程距離が無限であっても離れるほど効果が薄く、使いづらくなるのが常です」
「ふむ」
この辺りの説明をさくっと理解できてしまう倉宮先輩は本当に頼りになる先輩です。
私の中では結構、先輩への信頼度が上がってます。
「遠隔でラクガキできる可能性。あると思うか?」
「失念してましたね。確かに可能性はあります。同じクラス内であれば射程距離による効果の鈍化があっても、長時間触れているコトは可能でしょう」
だって授業中にこっそりと能力を遠隔発動させるだけで良いのですから。
雨羽先輩のストールのように、手の届かない場所へも伸ばして届かせることができる像を持っているのであれば、何のリスクもなく使用できるでしょうね。
「雨羽先輩がクラスにいれば即座に気づいたかもしれませんが」
「彼女は像が見えるのか」
「はい」
ただやはり犯行時間帯が授業中となると、現行犯として捕まえるのが難しくはなるんですよね。
例え像が見えたとしても、手を出すのが難しいわけですし。
「ダメだな。現行犯で押さえるのは難しい」
それは倉宮先輩も思い至ったのでしょう。
「だが。有益な情報は得た」
「それならば何よりです」
私は一息ついて時計を見ます。
ご飯を食べ損なっちゃいましたが、そろそろ昼休みが終わりそうですね。
「すまない。食事をし損なったか?」
「お昼を抜く程度なら大丈夫ですので」
そんな感じで、話の内容はともかくその終わりは和やかに――そう思っていたのですが……。
ポケットに入れていたスマホがメッセージの受信を知らせました。
それを取り出し、覗いてみると雨羽先輩からです。
《大変なコトになってきちゃった!!》
添えられていたのは、どこかのサイトのアドレスです。
《スパムとかじゃないから覗いてみて!!》
「どうした?」
「雨羽先輩からなんですが……」
倉宮先輩に対して曖昧に返事をしつつ、私は届いたメッセージのアドレスをタップしました。
そうして表示されたのが――
【人気JK読モが慌ててポロリ】
どこかのアフィ系めとめブログ。
記事のタイトルがこれです。
そして、そこに張られていた動画が――
【GRWM中に何かトラブル。慌ててカメラを止めようとしてうっかり】
下着JKキタ――――!!
これま?
JKボディえっろ!
さんきゅートラブル!
GRWMが何だかわからんがさんきゅー!
この一瞬だけなのが勿体ない!!
「この手のサイトに掲載されると拡散は速いぞ」
「やろうと思えば拡散を薄めるくらいのコトはできそうですが……」
「できそうな時点で十柄もやばいぞ」
そんなことよりも、気になるコメントが混じっています。
「まずいですね。気づかれました」
「どういう意味だ?」
このJKモデルちゃん淫紋ね?
まじで?
わかんないから誰かアップ画像
これこれここここ。《画像》
まじだー!
うっひょ――――!!
妄想だけでイケる!!!
「別の意味で拡散されそうです」
「急ぐ理由が増えたか」
「犯人からすればささいなイタズラだったんでしょうけど」
「偶然とはいえここまで来た。相応の仕置きは必要だ」
「はい。さすがにイタズラで済まなくなってきました」
とりあえずは、淫紋に関してはアップした人のコラであるという情報の拡散をした方がよさそうですね。
淫紋の映っていないコラ画像を作ってそれを証拠として……。
サクラを複数雇って、そっちを拡散させて、淫紋の情報とぶつければある程度の相殺くらいはできるでしょう。
お父様なら絃色先輩が所属している事務所ともコンタクトを取るでしょうしね。
ただまぁ、下着姿の拡散だけはどうにもなりませんが、丸出ししているワケではありませんから、そこは諦めて飲んでもらうしかなさそうですが……。
ともあれ、ネットの火消しと、現実の事件の解決。
どちらも早急にやらないといけませんね。
【TIPS】
魔女だからといって悪ではなく、しかして正義でもなく。
詛いとネイルの魔女はただただ己の思うままに動いているだけです。




