48.その紳士たちに姿なく その2
【View ; Syuko】
その日の放課後、私は雨羽先輩に呼ばれ、空き教室の一つにやってきました。
人目に付かず、滅多なことでは利用されない空き教室。
カギは開いているものの、そもそも人があまり寄ってこない埃っぽい場所です。
先輩は私に会わせたい人がいるから呼んでくる――とここを出ていってしまいましたので、私は手持ち無沙汰に待っています。
しばらくやることもなく、机に座って足をブラブラとさせていると、教室の扉が開きました。
そちらへと視線を向けると――
「お前は。この間。雨羽霧香と一緒にいたヤツ」
「倉宮先輩、でしたか?」
そう。先日、駅前で男性と口論していた倉宮 彩乃先輩が入ってきました。
「雨羽霧香はいないのか? ワタシはアレに呼ばれた」
「先輩もですか?」
「うん? お前もか?」
二人揃って首を傾げます。
雨羽先輩はいったい私たちを呼んで何をしたいのでしょう?
「あ、そうでした。先日は名乗り忘れましたので改めて。
一年の十柄 鷲子と申します」
「一年? お前が?」
「はい。一年ですけど?」
「振る舞いや雰囲気が明らかに年上だ。ちょっと驚く」
「そうなんですか? あまり自覚はないんですけど」
よく言われるんですよね――と口にすれば、そうだろうな、と返されました。
うーん、自分ではよく分かりませんね。
まぁそれはそれとして。
「あの、先輩」
「なんだ?」
「先日から気になっていたんですけど……」
そう、私が気になっているのは先輩の爪です。
「そのネイル……素敵ですよね」
「詛い以外での。コダワリだ」
言いながら、そのネイルアートを見せてくれました。
先日見た時は夜の星空のようなデザインでしたが、今日はちょっと違っていました。
これは――
「夜の海、ですか?」
「そうだ。ワタシのネイルは。基本。夜をモチーフにしている」
表情の変化が少々分かりづらいですが、倉宮先輩はどこか嬉しそうにそう言います。
「ネイル。興味は? あるなら。やってやる」
「興味はあります。ただ、武術と弓道をやっておりますのでデコ系はちょっと……」
自分がするという意味での興味はないんですけど、先輩がしてくれるネイルには興味があります。
とはいえ、答えた通り、格闘技や弓道などをやっていますので、ネイルをするのはちょっと問題が生じます。
「そうか。残念だ。そういう理由なら仕方がない。
言ってくれ。やって欲しい時は」
「はい。ありがとうございます」
魔女っぽさというか、人の寄せ付けなさというか、露悪的な行動をしている節がありますけど、この人も決して怖い人・悪い人ってワケではなさそうですね。
特に趣味のネイルに関してだけは、誰かと語らいたいとかそういうところがありそうです。
興味があれど理由があって出来ないと口にすれば、それを察して過度に押しつけようとはしないところも、良い人って感じです。
そう思うと、先日出会った時とはだいぶ印象が違って――あー、そうか。そうですよね。先日は、本人たち曰くの犬猿の仲だという雨羽先輩もいましたから。
そんなことを考えていると――
「ごめんねー、遅くなっちゃった!」
件の雨羽先輩が元気よくやってきました。
「遅い。呼んでおいて」
「会って欲しい人がなかなか見つからなくって」
はて?
なんだか変わった言い回しだったような……?
「入って入って」
「えっと、おじゃま……します?」
雨羽先輩に招かれて、おずおずとした様子で入ってきたのは、黒い髪をセミロングにした可愛い人でした。
恐らく普段は快活とした明るい方なのでしょうけど、どうにも今は怯えたような、今にも泣きそうな様子をしています。
その人が中に入るのを確認すると、雨羽先輩は入り口を施錠。その様子を見ていた倉宮先輩も、もう一つの扉を施錠しました。
「これ以上の人の介入を。望まない話題か?」
「うん。わりとシリアスな話だしね。他人に見られるのも良くない話だよ」
……やっぱり仲いいですよね、この二人。
「それにしても。読モのリコか。うちの学校だとは聞いていたが」
「倉宮さん……あたし、一応同じクラスだよ?」
「そうか。それは失礼した。だが正直。クラスメイトに興味がなかった」
これはまた清々しい発言ですね。
でもまぁ、そういう人なんだろうな、っていうのも納得はできますが。
「あたしは、倉宮さんのコト気になってたんだけど」
「ほう?」
「その……ネイルアート、に」
「そうか。それなら雨羽霧香の言うシリアスな話――それが終わったあと。するとしよう」
普段の暗く皮肉げな笑みとは違う柔らかな笑みを浮かべる倉宮先輩に、リコさんは驚いたような顔をしました。
でも、入ってきた時に比べると少し調子が戻ってきたようにも見えますね。
「倉宮さんのコトを知っているなら紹介の必要はないね。
じゃあ、もう一人。こっちは一年生の十柄 鷲子ちゃん」
「はじめまして」
ペコリと私が頭を下げると、リコさんは慌てて自己紹介をしてくれました。
「えっと、読者モデルやってる二年C組の絃色 梨々子。その、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
私と絃色先輩のやりとりを見ていた倉宮さんが何となく目を細めながら訊ねてきます。
「十柄。お前。良いトコのお嬢さん?」
「ええ、まぁ……そういう言い方をするのなら、そうです」
否定はできませんしね。
「納得」
何が納得なんでしょう?
そうして自己紹介から始まった軽い雑談のあと、雨羽先輩が軽く手をたたきます。
「さて、紹介が終わったところで、本題に入ろうか」
「……はい」
霧羽先輩がそう言った途端、絃色先輩の顔が入ってきた時のような暗いものに変わります。
「二人を呼んだのはオカルト案件をまとめて片づけたかったから。
正しくは、誰が一番理解のあるオカルト案件かの確認、かな?」
「それは。つまり。雨羽霧香。お前のような神霊担当。
ワタシのような詛い担当。そういう分類の話か?」
「そういうコトだね」
「ならば。十柄は?」
「超能力」
「なるほど」
あ、納得するんですね。
神霊や呪いと比べると、超能力って仲間かどうか微妙じゃないですか?
「依頼人。それがリコか」
「んー……リリコちゃんは被害者、かな?」
「ほう」
被害者。
その言葉に、倉宮先輩の目が細まります。
「ズバリ、倉宮さんに聞いちゃうけど……。
えっとその……ある?」
「ん?」
ズバリと言いながらも、雨羽先輩は微妙にごにょごにょ言っています。
聞き取れなかったのか倉宮先輩も眉を顰めました。
「だから、その……人を、えっちにしちゃうような……呪い……」
「ふむ。性欲。それを増大させる。なくはない。
古来より。陰陽。その交わり。それを触媒とする魔術の類はそれなりにある」
倉宮さんがそう答えると、絃色先輩は顔色を悪くします。
「じゃあ、やっぱり……あたし、このままえっちになっちゃうの……」
「落ち着け」
パニックを起こしそうな絃色先輩の顔を両手で包み、倉宮先輩はその目をのぞき込みます。
「呪い。詛い。それらは――思い込み。決めつけ。勘違い。それを根幹とするコトがある。お前が思い込めば。それがニセモノの呪いであっても。本物の詛いになってしまうぞ」
倉宮先輩が先日にやったものですね。
呪いによって不幸で不健康になってしまった。その思い込みそのものが、心身に影響を与える。
言い方を変えれば、心理学を利用して、相手の体調を崩す方法でしょうか。
「落ち着いたか」
「うん」
「ならば。良し。
いいか。話が終わるまで早とちりはするな」
そう告げて、倉宮先輩は絃色先輩から離れます。
そのタイミングで、私は絃色先輩に声をかけました。
「絃色先輩は、何か呪いだと思われるものが?」
「う、うん……」
そううなずいて、なぜかスカートに手を掛けました。
「ストップ、リリコちゃん。
ちょっと待って。カーテンしめるから」
雨羽先輩がそう言うと、私に視線を向けてきたので、うなずきます。
先輩は右から、私は左からカーテンを中央に持ってきて、完全に閉じたのを確認します。
「それじゃあ、改めて」
スカートをズラしておへその下あたりを見せてくる絃色先輩。
そこには、いわゆる淫紋と呼ばれるような文様が描かれていました。
「モチーフはハート。心臓。子宮。女性器。内包する意味は心変わり。情欲。不純。と言ったところか。
加えて位置は子宮の上。淫欲と性欲。そこに変化をもたらす。そういうものならば。確かにこの図案は相応しい。実にらしいじゃないか。なるほど。創作でそれらをカジった程度なら勘違いもしよう。
だが。馬鹿らしい。そうとしか言えない。
安心しろ。これに呪いなど一切ない。それっぽく見せた落書きだ。何のチカラもない」
馬鹿らしい――と、呪いの専門家と思われる倉宮先輩が言うのですから、たぶんこれは見せかけだけなのでしょう。
それでも、知らない人からすれば、得体のしれないものでしかありません。
でもまぁ馬鹿らしいという先輩の意見もなんか分かるんですよね。
あんまりマジマジと見てしまうのは少し失礼かもしれませんが――
「これ、マジックペンみたいなもので書かれてません?」
「やはり。そう見えるか」
オカルト感が一気になくなりますね。
なんていうか、自然に浮かんだり、魔法のようなもので描かれたりしたというより、手書き感があるんです。
もちろん、手書きというにはかなり精巧ではあるんですけど。
「ですがイタズラだとしても、少々問題があります」
「同感だ。自分だけだ。こんな場所に落書き可能なのは」
そう、倉宮先輩の言う通りです。
おへその下なんて、自分以外がどうやって触るんだって話です。
「倉宮さん、これは呪いじゃないってコトでいいかな?」
「ああ。分類すればただのイタズラだ。それはそれで。問題はあるが。
お前はどうだ、雨羽霧香?」
「そういうものの気配は全くないかな。鷲子ちゃんは?」
うーん……。
話を振られても、なんと答えれば良いやら。
とりあえずスカートは戻してもらって、ちょっと考える素振りをします。その時、自分の手のことを思い出しました。
「雨羽先輩。このペン痕、覚えてます?」
「うん。一緒にご飯食べた時に気にしてた……あれ? まだ消えてないの?」
「ぜんぜん、消えないんですよね」
私は手の甲のこれを開拓能力者の仕業じゃないかと考えました。
あまりにも消えなさすぎるからこそ、能力を使ったイタズラなんじゃないか、と。
「このペン。絃色先輩の淫紋に使われていたモノと似てません?」
「同感だ。恐らく同一のペンだろう」
「そう、かも?」
「そう言われると……」
私の手の甲の線と、絃色先輩の淫紋。
そのどちらもが同一犯の可能性があります。
――で、あれば。
「この件、私の管轄かもしれません」
だとすれば、誰にも気づかれないまま、絃色先輩にイタズラするのも可能かもしれませんね。
【TIPS】
実はリコっち、話にイマイチついていけていない。
だが本物の呪いではないコトだけは理解できたので安堵している。




