46.エクストラ・メイズ
【View ; Syuko】
高校入学後、最初の日曜日。
私は、草薙先生とともに、とある場所へとやってきていました。
そこは桜の花によってピンクに染まった森。
終わることのない花吹雪と、道だけでなく、道とは無関係な場所にも乱立する鳥居のある奇妙な森。
それが、今私たちがいる場所です。
ここは季節によってその顔をかえ、夏は緑に染まり、秋は紅葉に染まり、冬は白く染まる森。
自然の理に従っているようで、森の木――葉そのものが、季節に合わせた色に変わる、真実は真逆の心の森。
この世界を作る人々の心が、季節とはそういうモノだという認識から、その有り様が反映された場所。
今の季節は春。故に桜。
舞い散る桜吹雪が美しいその森の中で、軽い調子の声が響きます。
「ほいっ、と」
その声に合わせてでんでん虫の想い出研究室を人型モードの拳が、注連縄付きの岩を思わせる姿のピースを粉砕しました。
「見た目は結構硬そうだったけど、案外脆いな」
「実際硬いんですよ、先生の攻撃力が高いだけで。
この岩型ピース――正史では物理防御が異様に高く、属性攻撃がまだ揃ってない序盤ではかなりの難敵なんです。防御ダウン等のデバフを使うという発想がない人にとっては悪夢のような相手でしたから」
なにせ、最大五体同時に出てきたりもしますからね。
これで攻撃力もそこそこ高いので、事故を起こしやすい相手ではありました。
「ゲームでデバフを使わないって発想がそもそもあたしにはないな。
硬いなら柔くできないかどうかを考えるのってふつうじゃないの?」
「意外と物理・属性問わずに攻撃だけで乗り切ろうとする人、多いらしいですよ?」
「レベルをあげて物理で殴る――脳筋ゴリ押しが通用するゲームも多いから、分からなくもないけどね」
肩を竦めながら、草薙先生は天使の羽をもつクピードー型の基本種をたたき落とします。
「しかし、ここ面白いね。
ピースといつでも戦えるなんて、ネタの採取としてもストレス発散としても最高だ」
「ピンチになっても、よほど運が悪くない限りモノさんが助けてくれますからね。修練するにも良い場所でしょう?」
今、私たちがいる場所はエクストラ・メイズと呼ばれる場所です。
濡那原神社の社の裏手にある、敷地の外からだと何故か確認することが出来ない古ぼけた大鳥居が入り口となっている特殊なメイズ。
中は広大でピースが徘徊しているものの、コアの気配がない奇妙な迷宮なのです。
ちなみに、モノさんの領域の中にある上、そのモノさんが中の様子を常に気にしているメイズなので、ピンチになった時は強制的に脱出させられる為、比較的安全でもあります。
正史においては、いつでも挑戦できるフリーダンジョンという立ち位置でした。
メイズは基本的にシナリオ上で発生するもので、自由に挑戦できない上に、だいたいゲーム内の時間で二週間以内の攻略を求められる制限付き。その為、他のRPGのようにレベルやお金を狙って稼ぐのが難しい。
それを解消するのに用意されたのが、このエクストラ・メイズというワケです。
メタな話とは別に、このダンジョンはこのダンジョンで、物語の終盤やDLCによる追加シナリオなどでは重要な役割を果たす場所でもあるので、ただ意味もなく存在しているワケでもありません。
加えて、シナリオの進行に合わせて進める場所が増えていくという性質を持っていて、だいたいがシナリオ上のメイズを攻略後、そこで取り逃したピース収集や宝箱収集をさせてくれる場所でもあります。
メイズの性質上、シナリオ上で発生したコンフリクト・メイズは一度クリアしてしまうと再挑戦はできませんからね。
とまれ――なぜ、このダンジョンに草薙先生と来ているかといいますと……まぁ単純に先生が突然ピースと戦いたいと言い出したからです。
私自身、対ピース戦の鍛錬をしたいと思っていたところでしたし。
ちょうど良いとばかりに先生を誘ってここへ来たというのが、コトの経緯です。
「しかし、事前に言われていたとはいえ、錐咬メイズと比べると、ピースに歯ごたえがないなー……」
「ゲームの時のコトを思うと、この辺りはチュートリアルが終わり、ある程度キャラが成長してきて調子乗り始めたプレイヤーを可愛がるエリアですから」
まだまだ序盤。
中盤クラスのピースを余裕で倒せる草薙先生にとっては、この辺りのピースなんて雑魚も同然でしょう。
「可愛がるって……それでこの岩型ピースが出てくるのか。
結構、そのゲームの制作スタッフって性格悪かったんだな」
「スタッフというかメーカーの気質でしょうか……。
そのメーカーが発売するゲームってどれも難易度が高めで、特にRPGの戦闘においてはバフ・デバフ・状態異常などを使いこなせないプレイヤーを容赦なく殺しに来るんですよね」
「どのくらい容赦ないんだ?」
興味津々とばかりに訊ねてくる先生に、私は少し思案し前世のことを思い出しながら、答えます。
「とあるRPGの終盤……苦悶に満ちた顔のリアルな石像が並ぶ小さな部屋がありまして、その石像の一つを調べると、モンスターが不意打ちで襲いかかってくるサブイベントがあるんですが……」
「ふんふん」
「そこで襲いかかってるモンスターは、チョウチョが五体。イベントの都合、必ず敵側の先制攻撃からはじまります」
「ほうほう」
「ちなみにそのチョウチョ、石化効果のある鱗粉を使ってくるんですが、行動ルーチンとしての使用率が50%なんですよね。
石化成功率が異様に高い分攻撃力の低い単体版と、石化成功率は低いけど全体に飛んでくるし妙に攻撃力の高い範囲版の二種類を使ってくるんですけど……基本的に、開幕では全てのチョウチョがそのどちらかを投げてきます」
「鬼か!」
「パーティメンバーは五人でして、最悪の場合、全員石化してゲームオーバーです」
「でも対策をしてれば大丈夫なんだろ?」
「それでも全体鱗粉の異様な攻撃力のおかげで、石化しないで倒れる場合もあったりもします。
何よりそのダンジョン……そのチョウチョとふつうにエンカウントするのって、そのイベントが発生するひとつ下の階からでして……。
そこまでに遭遇する敵の多くが、石化とは別の対策装備をしている必要がある相手が多くてですね……」
「そっちの対策装備で固めてると、その隙間を付くようにそのイベントで石化するワケか……エグい……」
そんな雑談をしながら近寄ってくるピースを倒していく私たち。
……正直、トレーニングになっているかどうか怪しいです。
しばらく適当に歩いていると、ふと思い出したように草薙先生が訊ねてきます。
「このエクストラ・メイズってゲームではシナリオ進行にあわせて行ける範囲が増えていったらしいけど、現実となってるこの場合はどうなってるんだろうな?」
「言われてみれば確かに……。
そもそも、主人公の存在を無視して入ってきてますしね」
前世の場合、ゲームなワケですから主人公の成長やシナリオの進行に合わせてあっただけで――一応理由はありましたが――現状において主人公は無関係。
確かに、草薙先生が言う通り、この先がどうなっているのか、わかりませんね。
「何なら手強い敵の多いエリアとかねぇかなーっと思うんだけど」
「強すぎても面倒なのでほどほどが良いです」
そんなことを言いながら歩いていると、明らかに色の違う鳥居を見つけました。
「鷲子ちゃん。あれって何か意味のあるやつ?」
「いえ……前世の記憶にはなかったものですね……」
古ぼけた赤い鳥居が乱雑に――それこそ木々と同じように生えている森型ダンジョン内のちょっとした広場にある、黄色い鳥居。
「いやぁ、うずくねぇ……好奇心ってやつが」
「え? 本気ですか?」
気にはなりますが、正直あまり関わり合いたくないような気配をビンビンに感じるのですけど。
「何が出るかな~♪」
鼻歌交じりに近寄っていく先生。
すると、どこからともなく、見覚えのあるハサミが飛んできました。
「お?」
そのハサミは黄色い鳥居の中に吸い込まれていき、続いてパリンと、ガラスのような何かが砕ける音が響き――そして、黄色い鳥居の内側が波打つようになります。
「ふむふむ」
なにやら言いながら、草薙先生はそっと手を伸ばし――
「お、ここ入れるみたいだぞ」
「えー……入るんですか?」
正直、何の準備や心構えもなく進みたくはないのですけど。
「黄色が嫌なら、あっちの青い鳥居はどうだい?」
「え?」
言われて草薙先生が示す先へと視線を向けると、確かに青い鳥居がありました。
色は青いんですか、ここの黄色や周囲に乱立する赤と比べて妙に禍々しい感じがします。
……ゲームにおける隠しダンジョンというか隠しエリアへの入り口は黒い鳥居だったので、これとは違うと思いますけれど……。
「黄色より青い方が気になるな!」
まぁ恐らく黄色は、錐咬メイズに似た空間に繋がってるのではないかと推測はできますしね……。
そうして、好奇心溢れる先生は青い鳥居をくぐると、空間が波打ち先生の姿が消えてしまいます。
黄色と比べて何の予兆やカギもなくふつうに入れるんですかッ!?
「せ、先生ッ!?」
慌ててその背中を追いかけると、どこか奇妙な建物の中にでました。
中は薄暗くはありますが、ファンタジーなどによくでてくる貴族の屋敷のようにも思えます。
そんな中、背後を見れば青い鳥居がありました。
洋風建築のエントランスに鳥居があるのって、妙にシュールではありますが……。
「……誰かの、メイズの中か?」
さっきまでの様子とは裏腹に、シリアスな様子で先生は周囲を見渡し始めました。
ですが、気持ちは分かります。
この場所は、嫌な臭いに満ちています。
床も変な湿り気を感じますしね。
「ちょいと遊びすぎたね。
敵が弱くて浮かれてた。その鳥居から帰れそうかい?」
言われて、私は背後の青い鳥居に手を通すと――
「恐らく帰れます」
手がすり抜けていったので、可能であると首肯してみせました。
「雰囲気があまりにも変わりすぎた。
血の臭いもするし、それとは違う錆びた鉄の臭いもする。
帰るのはありだと思うけど、どうする?」
「……退路を確保しつつ、少し様子を見たいですね」
「同感だ。こっからは真面目にやるよ」
ゲームには存在しなかったエリアです。
だからこそ、ここが何なのか少し情報が欲しいところ。
私たちはうなずきながら、歩き始めます。
床はヌメりを感じますし、古びたカーペットは踏みしめるとピチャリと水気を感じます。
その水気もどこか粘性があるので何が染み込んでいるのか――など、正直考えたくないです。
「お化け屋敷の類か……?」
「雰囲気はありますね」
足下から感じる感触に嫌悪感を覚えつつも、とりあえず手近な部屋のドアに手を掛けて、中へと恐る恐る入っていくと――
そこには苦悶に満ちた表情を浮かべたとてもリアルな石像が並んでいました。
全員が全員、ファンタジーな姿をしていることを覗けば、ついさっきまで生きていたかのような姿で……。
「草薙先生」
「ああ、うん」
嫌な予感が私たちが顔を見合わせた時、その石像たちの背後からチョウチョ型のピースが無数に飛び出してきました。
その瞬間、私と先生の心の声が一致したことでしょう。
「退散ッ!」
「異議なしッ!」
私たちは即座に部屋から飛び出し、ドアを閉じると、わき目もふらず青い鳥居へと飛び込みます。
青い鳥居を通り抜ければ、さっきまでいたエクストラ・メイズの森の広場に出てきました。
「……エクストラ・メイズ……もしかしなくても、鷲子ちゃんの記憶を読みとったのかな?」
「もしかしなくても、そうかもしれませんね……」
迷いのない人はいません。
人は常に心の中に迷いを持ちます。
それを自覚しても、しなくても。
エクストラ・メイズは集合的無意識の産物。
この府中野市に生きる人の迷いから生まれた、いわば『みんなのメイズ』。
だとすれば、人の記憶を参照に奇妙な空間が生まれるのも不思議ではないのですが――
「未知の領域。挑戦しますか、先生?」
「今回は遠慮しとく。やるなら、せめて静音と霧香ちゃんを呼んで、パーティ組んで、だろ?」
それでも万全かは分かりませんが、万全を取りたいのは間違いないので、私は神妙にうなずくのでした。
ふと、思ったのですが……裏ボス的存在が面白がって作り出した可能性もあるんですよね……。
何か難しく考えるより、こっちの方が正しい気もしてきましたが、気にしたら負けですね。
知らないエリアが増えたので、いつか攻略しようぐらいに思っておいた方が、精神的に良さそうです。