43.駅前に向かいましょう
本日は2話更新 2/2
こちらは2話目です
【view;Syuko】
入学式は、そのあとのホームルームも併せて、お昼過ぎに終わりました。
それは、入学式のお手伝いをしていた上級生たちも同じだったようです。
「何を食べようか? 食べたいものある?」
「そうですねぇ……」
雨羽先輩と合流してすぐに、お昼を食べに府中野駅前へと出ようという話になりました。
「パスタとかどうです?」
「それなら、ガーデかビスロデ?」
先輩があげた二つはどちらもファミレスの名前です。
ガーデは、ガーデニアという名前の低価格イタリアンのお店。
ガーデニアとはくちなしの花のことで、前世にも同じくちなしの花の名前を冠した緑色の看板の低価格イタリアンがあったのを思い出さずにはいられません。
……メニューの内容も似たような感じです。
ビスロデはビストロデオが正式な店名の洋食系ファミリーレストランです。ちなみに骨付き肉にまたがったロデオボーイがマスコット。
カフェ&レストランを謡った大手外食チェーンのお店の一つで、前世で言うところの丸くて赤い看板のカタカナ三文字レストランが一番近い感じですが、ガーデニアほど前世の記憶のお店とは近くはないかもしれません。
ただ、今回はどちらもあまりピンと来ないので、私はもう一軒候補をあげることにしました。
「『くくるん』の中にあるラッキー・ドレイクはどうですか?」
「ショーウィンドウのケーキが可愛いところだよね? 入ったコトないんだ。あそこってちょっと高そうじゃない?」
「そうですか?
確かに価格帯としてはガーデやビスロデと比べると気持ち高めかもしれませんけど……大人数でワイワイ騒ぐことよりも、数人で軽くお喋りしながらご飯を食べるんであれば、結構アリだと思いますよ」
まぁでも、雨羽先輩の気持ちもわかりません。
前世の私も、学生時代はそういうところがあったようですしね。
ほんの数百円の差でも結構大きく感じちゃうのですよね。
「なるほどー……よし、お小遣いに余裕もあるし、初挑戦してみる!」
「なら、ラッキー・ドレイクで決定ですね」
そんなワケで、目的地は『とりあえず駅前』から駅ビル『くくるん』となりました。
そうして私たちは消防署横の校門から学校を出て、目の前に高い壁――府中野刑務所のものです――に沿って進み、わき道から商店街へと向かっていきます。
商店街前の交差点で信号待ちをしていると、朱ノ鳥学園の制服を来た女の子四人に囲まれた男性が、商店街から困った顔をしながらでてきました。
「織川先生……相変わらず人気だなぁ」
それを見て、雨羽先輩が苦笑するので、彼が朱ノ鳥学園高校の先生の一人なのだと理解します。
「人気なんですね」
「あの顔で優しくて、授業も面白いから」
先輩自身はそこまで興味はなさそうですが、人気だという理由には納得しているようですね。
「織川先生の教科は何ですか?」
「数学だよ。今年は二年生担当みたいだから、鷲子ちゃんたちは余り関わる機会はないかもしね」
雨羽先輩は、そう言うものの――何というか、あのルックスだと、ふつうに一年生の女子も熱をあげそうな気がします。
ちょっとしたアイドル扱いのようにも見えますし。
背は高め。
色素の薄めの茶色い髪はサラサラと。
女性ウケしそうな整った面差しに、今は優しさと困ったような表情が乗っています。
それでいて、ナヨナヨしさはあまり感じないというのが、人気のヒミツなのでしょうか?
あまり興味はありませんが。
信号が青になり、こちらも向こうも同時に渡りはじめます。
こちらに気付いた先生が、人懐っこそうな笑みを浮かべました。
「君たちはこれから帰りかな? 気をつけて帰ってね」
「はい。先生も女の子から刺されないように気をつけてください」
「ひどいな。いや、洒落にならないけど」
先輩の若干容赦のない言葉に、だけど先生はノリ良く返答します。
こういう会話のノリも、人気の要因なのかもしれませんね。
それに、この手の展開だと取り巻きの女の子たちが、私たちへちょっと鋭い眼差しを向けて来そうですけど、そんなこともなく、わりとお行儀良く待っているようです。
先に信号を渡って先生を待っている人もいますし、何と言いますか、自分たちの行いが先生の評判に関わるかもしれないことを、ちゃんと考えているのかもしれません。
「新入生だよね? 君も気をつけて。入学初日にケガとかしちゃったら悲しいだろ?」
「はい。ありがとうございます」
私にも声を掛けてきた織川先生に、私は無難に返事をすると、じゃあね~と先生は学校へと向かっていきます。
手には、商店街にあるパン屋さん『プチ・アンジェラ』の袋があったので、お昼の買い出しに来ていたといったところでしょうか。
「鷲子ちゃん。渡ろう。
ここの信号、青の時間短いんだ」
「あ、はい!」
何となく先生の背を見送っていると、雨羽先輩に急かされます。
見ると、信号が点滅しはじめていました。
横断歩道を渡りきり、私と先輩は商店街へと入っていきます。
だいぶシャッターが多い場所ではありますが、シャッター街というほど閉まっているワケではなく、お肉屋さんと八百屋さん。それから魚屋さんに、老舗の飲食店や知る人ぞ知るタイプのお店などが生き残っている感じの場所です。
病院の裏門側と隣接している場所でもあるので、病院の先生や看護士さんたちの飲食店利用も多いのかもしれません。
そんな商店街に入ってすぐのところにある年季の入った店構えの定食屋さんから、男性が出てきました。
「あ、伊茂下先生! さよーならー!」
ちょっと小太りで、髪がボサボサで、無精ひげを生やしたその男性も、学園の教師のようです。
何かのキャラクターモノのTシャツの上に、白衣をかけ、下はデニム。そして裸足にサンダルをつっかけた姿はどことなく、怪しさや胡散臭さを覚える人です。
そんな伊茂下先生に雨羽先輩が声を掛けると、彼は少し驚いたような顔をしてから、小さくうなずき、返事をしました。
「ああ。気をつけて帰りなさい」
それから、私を見て、低い声で告げます。
「君もな」
「はい」
ボサボサの前髪が目を隠している上に、感情表現が薄めな人なので、何となく、萎縮してしまいたくなる雰囲気を持っています。
ですが、私や先輩に掛ける声は、低く聞き取りづらくも、どこか優しさを感じられますので、悪い先生ではないのだと思います。
ズボンのポケットに手を突っ込み、猫背気味に去っていく先生の後ろ姿を見送っていると、雨羽先輩も同じように先生を見ていました。
「伊茂下先生はねぇ……個人的には良い先生だと思うんだけど、生徒たちからの評判はイマイチな人なんだよね。
あの見た目や雰囲気のせいか、陰でキモシタとか呼ばれてて。
個人的には織川先生より好きなんだけど」
「先生の雰囲気だと……教科は化学ですか?」
「化学も、かな。理科全般を担当してるみたい。
もちろん全部を一人でっていうのは無理だから、学年とかでどれか一つの教科をメインに……みたいだったはず」
理科担当も伊茂下先生だけではないので、持ち回りのようですが、良くも悪くも伊茂下先生が目立ってしまっているそうです。
「でも、授業で分からないところとかを聞きにいくと、自分の担当でないクラスの生徒でもちゃんと教えてくれるんだ」
先輩の説明で何となく理解できました。
先輩だけでなく、それ以外にも先輩みたいな真面目なタイプの生徒からは結構ウケが良いんじゃないでしょうか。
ちゃんと教えてくれる。ちゃんと答えてくれる。
それって、結構大事なことだと思います。
伊茂下先生が見えなくなったあと、私たちは駅前へ向かうべく再び歩き出しました。
その途中――商店街の中程で、先輩がタイヤキを購入。
「これからご飯を食べにいくのに食べるんですか?」
「ここのタイヤキ美味しいんだもん!」
それはもう嬉しそうにしっぽからかじりついていました。
あのタイヤキ屋さん、元々は別の場所にあったそうですが、そのお店自体は雨羽先輩のお母様が朱ノ鳥学園に通っていた頃からあったそうです。
先輩は親子揃ってあのお店のファンなんだそうです。
そうして商店街を抜け、その先にある農業高校の本棟と別棟の間に通された道路を抜け、ようやく府中野駅前の並木道に到着しました。
……朱ノ鳥学園……確かに駅から近いことは近いですけど、意外と歩きますね。思っていた以上に歩いた気がします。
「ここからくくるんだと……下を歩いていくより、キグナスの中を通って二階のスカイナードに出た方が早いよね」
そんなワケでここ数年で出来たばかりの新しい駅ビル『キグナス』の中へ入ろうと思った時――
「テメェ、いい加減にしろよッ!!」
キグナスの前の通りで、ガラの悪そうな男が、どこか暗そうな雰囲気の女の子に今にも殴りかからんという勢いで、大声をあげていました。
「絡まれてる子、うちの学校の子だ……」
絡まれている女の子の制服から、朱ノ鳥の生徒だと判断したのでしょう。
雨羽先輩は少しだけ表情を引き締めます。
どうやら介入する気満々のようで――
とりあえず、事情を聞くくらいはしましょうか。
新章はじまってすぐのあとがきにこんなコトを書くのは申し訳ないのですが
プライベートの方で想定外のイベントがあって8月以降が多忙になってしまった為
しばらくは不定期連載となるかと思います。ご了承をば。