36.【閑話】スプラッターハウス 1
メインタイトルを少し弄りました
二章の前に、霧香主役の閑話を少しやりたいと思います
【View ; Kirika】
私こと雨羽 霧香は、開拓能力者として能力に目覚める以前から、奇妙なものをその視界に捕らえていた。
それは他の人には見えないもの。
幽霊とか精霊とか妖精とか、あるいは神様だったかもしれない――
どれであっても大差ないと結論を付けたのはいつだったか。
結局のところ、私の特殊な目によって見えるそれらの多くは『善くないモノ』だ。
そして、その多くは目を合わせてはならないモノだ。
あれらは、己の存在を知覚できる存在に近寄ってくる。
それが、その『善くないモノ』たちにとっての好意であれ敵意であれ無垢であれ、厄介以外のナニモノでもないというのが、私の見解だ。
もちろん、目を合わせなくても近寄ってくるようなのもいる。
そういうのに気が付いた時は――特に友人知人に近寄ってくるようなものは、さり気なく『善くないモノ』を追い払ったりはしていたのだけれど。
そのせいで、なにも無いのに変なところを凝視したり、変な虫にたかられる奴――みたいなよく分からないキャラだと思われている。
それらを追い払う為の行いの多くが誰にも理解されていないものだから、時々奇行をする不思議ちゃんとか天然ちゃんとかそういう扱いだ。
でも、それでいいと思ってる。
そう思いながらも友人づきあいしてくれている子たちはいるし、私のことをそうやって揶揄するってことは、その人たちは助かったのだから。
とはいえ――普段から「お人好しすぎる」「ちょっと人が良すぎない?」などと友人たちから言われる通り、困っている人を見るとついつい手助けをしちゃったりしてるんで、『善くないモノ』の存在そのものはあんまり関係なく、私の性格なのかもしれないけれど。
そんなところに、錐噛 香兵に関する事件に巻き込まれちゃったりした結果、変な度胸が付いちゃったんだと思う。
それが良いのか悪いのか、わからないんだけど……。
ある日の放課後――
「行方不明?」
「うん」
友人・真衣とともに駅前にあるバーガーチェーン店『コスモバーガー』でお茶をしてた時に出た話題がそれだった。
真衣とは中学時代からの友人で、同じ朱ノ鳥学園高校に通っている。残念ながらクラスは違うんだけどね。
彼女の話によると、真衣のクラスの女子生徒が数名、数日ほど学校に来ていないらしい。
学校側は特になにも言っていないけれど、彼女たちがどこだったかに肝試しに行こうなんて話をしていた翌日から姿が見えないというのだから、クラスメイトたちは色々と想像してしまうのだろう。
「肝試しって、どこに行ったか分かる?」
「んー……と」
私が訊ねると、真衣は思いだそうとして唸る。
「府中野市と稲果市の境あたりにある森って分かる? ゴルフ場になっている場所とは逆側の」
言われて、すぐに場所のイメージが分からず、私はストローからコーラを啜った。
私の様子に、場所がピンと来ていないと気づいたんだと思う。
真衣は、とにかく――と告げて、続きを口にした。
「そこにね。随分前から放置されている住宅街っぽい場所があるんだって」
「建物じゃなくて住宅街なの?」
「昔は主要道路だったらしいんだけど、今使われている大通りが出来ちゃってから、使われなくなっちゃったとか」
詳しいことは分からないけど、そうしてそこの住宅街は廃れてしまい、そのまま放置されてしまっているらしい。
この近隣の市の統廃合なんかの関係で、森の所有者もあやふやだから放置されている面もあるとかないとか。
「今でも道としては使えるみたいだけど、使っている人はほとんどいないようだしね」
草木も伸び放題で、昼なお薄暗く、夜は真っ暗なその場所に、真衣のクラスメイトの子たちは肝試しにいったらしい。
「そこの廃棄住宅街そのものが有名な肝試しスポットらしいんだけどね……」
「遊びに行ったきり帰って来ないのね。
変な事件に巻き込まれてなきゃいいけど」
「ほんとだよねぇ」
とはいえ、すでに三人が帰ってきていないのだから、事件に巻き込まれているとしか思えない。
有名な肝試しスポットとはいえ、そんな頻繁に肝試し客も来ないだろうし。
肝試しスポットになるくらいなんだから、ふだんは人通りもないんじゃないかな。
「心配なのは分かるけど、ご両親が捜索願とか出してるんだよね?」
「たぶん」
「なら、私たちに出来るコトはないんじゃないかなぁ……」
「まぁそうなんだけど……」
真衣としては心配で何かしたいのかもしれないけれど、ただの学生の身で何かが出来るとは思えない。
私は不安そうにしている真衣を宥めていると、やがて話題は他愛もない雑談へとシフトしていく。
そのままおやつ代わりのハンバーガーセットを食べ終えた私たちは、それぞれの帰路につくのだった。
……そうして、その話を聞いた日の夜。
私は噂のスポット――廃棄住宅街へと、懐中電灯を片手に一人でやってきていた。
「うあ……雰囲気あるなぁ……」
主要道路だったという大きな通りに風が吹き抜けると、放置されて伸び放題になった木々の枝葉がこすれあいザワザワと音を立てる。
雰囲気あるこの道のせいで、なんてことのないその音に、意味を感じ取ろうとしてしまい、私は慌てて頭を振った。
住宅街といっても、どちらかというと団地街が近い。
二階建の似たような建物が多く建ち並んでいる。
「……街灯は一応ついているけど、灯り切れてるのも多いし……ほんと放置されてるんだねぇ………」
そんなことを独りごちながら、しばらく歩いていると、団地が無くなり、一軒家が並ぶようになってくる。
そのどれもが一階や道路側がお店になっているような作りで、シャッターや戸がしまっているものなのを見ると、かつては商店街だったのかもしれない。
ただどれも古い様式だ。
昭和の建物のようにも見える。
そういえば、団地の作りもなんだかとても古いような……。
……ほんと、いつから放置されてるんだろうここ。
しばらく歩いていると、店舗兼自宅のような建物は減っていき、平屋建ての一軒家が増えてくる。
どれも、今の感覚で言うと結構大きい家が多い。
かつてはお金持ちの街だったんだろうか。
さらに歩いていると、『===研究所』と書かれた大きめの看板が目につく。
ただ肝心の名前の部分がボロボロで読みとれない。
「研究所、かぁ……」
この辺りに住んでた人って、実はここの関係者が多かったのかも。
そんなことを考えながら、研究所方面だと思われる路地に入っていく。
すると、背の高い白い塀に囲まれた大きな建物が見えてきた。
入り口の鉄格子のような門は有刺鉄線でぐるぐる巻きにされているし、背の高い塀の上も、ネズミ返しになってる上に有刺鉄線が張り巡らされているので、簡単に進入できそうにない。
鷲子ちゃんや草薙先生みたいな人なら問題なく入っていけるだろうけど、ふつうは入れないよねぇ……。
恐らく三人はこの研究所跡には入っていない。
私は道を引き返して、メインストリートへと戻っていく。
そこからまた、稲果市方面へと歩き出した。
ややして、ひときわ目立つお屋敷と遭遇。
お洒落だっただろう面影のある塀に囲まれた、三階立ての西洋建築風の建物だ。
造りもしっかりしているし、当時のお金持ちとか政治家とか、そうじゃなければ研究所の偉いひととかが住んでたのかもしれない。
お洒落なデザインだったんだろう格子の門は、片側が屋敷側へと倒れてしまっているので、容易に中に入れそうだ。
さてどうしたもんか……。
真衣の話では、この住宅街にある一番有名なスポットは、稲果市寄りの場所にあるコンクリート造りの元オフィスビルっぽいものらしい。
つまり、このお屋敷ではない。
ただ肝試しするだけなら、有名スポットの方へ向かうかもしれないけれど……。
たまたま入れそうなお屋敷を見つけて、気まぐれに入っちゃうコトもゼロじゃない……よね。
先に、廃ビルの方を見てくるべきか――そんなことを考えていると、人の気配が近づいてくるのに気づいた。
思わず、手早くも懸命な祈り手を使ってストールを呼び出してそれを纏う。
これを纏っている間なら、身体能力が向上するのは、先のメイズで体験済みだから。
ストールの右側を伸ばし、右腕にくるくると巻き付けてドリルのようにする。
鷲子ちゃんが髪の毛を蔦に変えて束ね武器にするのを見て、私なりに考えた結果がこれ。
私は螺旋を描くストールの内側で、右手の指をそろえて伸ばすとその中指を突きつけるように、近づいてきた人へと向けた。
瞬間、その人も何かを私に向けて突きつけてくる。
「ドリル状の……布?」
向こうが驚愕するように目を見開く。
……この女性は、私のストールが見えている……ッ!!
背中に冷や汗が流れるのを感じながら、私は私の首もとに突きつけられているものを見た。
首に突きつけられているのは、写真や映画に使われていたというフィルムだ。それが硬質化し、剣のようになっているかのように見える。
「剣のようなフィルム……?」
思わずそう呟くと、その剣の持ち主である女性が息をのむ。
「ムネーモシュネーの剣が視えるんですね」
「そちらも。祈りのストールが視えるんですね」
フロンティアによって形作られた武器を突きつけながら、私たちはお互いにそんなことを問いかけあった。