35.未知なる荒野に怯えずに
差し当たってのもう一つの問題。それは――
「錐咬 香兵。そして草薙先生もですが……」
「ん?」
「草薙先生は雨羽先輩との絆イベント中盤に名前が出てくる程度、錐咬に関してはそもそもゲーム中に名前すら出てこない人です」
「あー……」
それだけで、草薙先生はある程度理解してくれたのでしょう。
「すでに、鷲子ちゃんの知らない出来事が多発してるのか」
「はい。さらに、雨羽先輩の開拓能力が前倒しで進化しました。
本来は私が高校二年生のタイミングであるゲーム本編中での進化が、すでに発生してしまっています」
「……うーむ」
イカのフライを口に入れ、白ワインでそれを流してから、草薙先生は呻きました。
「ゲーム本編って奴は、鷲子ちゃんが高校二年の頃に始まるんだな?」
「四月に主人公が編入してきたところから、スタートですね。そこから一年間の学園生活と平行して事件を追いかけていく形になります」
「放課後にメイズ行ったり、絆を深めるイベントをしたり……って感じで進んでいくわけか」
「他にもバイトをしたり、遊びに出かけてミニゲームをしたり、学校でのテストに備えて勉強したり、居候先のお店を手伝ったり……とやることは盛りだくさんです」
「タイムスケジュールの管理が大変そうだが、面白そうだなそれ」
なにやらゲームそのものに興味を持ったらしい草薙先生は、もうちょっとシステムを教えてくれと言ってきます。
どことなくゲーマーな顔をしているので、結構お好きなんでしょうね。
話がちょっと横道に逸れちゃいますが、まぁいいでしょう。
「主人公は、自分の能力で作り出した剣に、メイズで遭遇するピースを封じ込めて、その能力を使うコトが出来るようになるんです。
ゲームが進むに連れ、複数の剣を所持できて、封じ込めたピースのチカラを融合して一つにしたり、消滅させる代わりに経験値やアイテムに変換したり出来るようになっていきます。
主人公以外は汎用スキルも固有スキルも、レベルアップやイベントで進化していくんですけど、主人公だけはスキルの進化が剣の所有数アップや、絆による特殊スキルの会得って形になっているので、戦闘面で強化していくにはピースの封印が必須になるんですよね」
「ふつうにやりたいな。そのゲーム。こっちの世界にゃ似たようなスタイルのRPGは、あるのかもしれないけどあたしは知らないしな……てきとーにシナリオとシステム書いて、どっかのゲーム会社に売り込みに行くか……?」
「その際には協力しますので、話を戻してもいいですか?」
「おっと、悪ぃ悪ぃ」
悪びれもなく、それどころか協力するという私の言葉に目を輝かせながら、頭を掻く草薙先生。
本当にネタ収集に余念がないようです。
「それで――鷲子ちゃんは、ゲームシナリオと現実の流れが食い違い始めたコトに対して、どう思ってるんだい?」
「一番の懸念はラスボスの対処ですね。あるいはそこに至るまでに成立させなければならないフラグの管理でしょうか」
「ラスボスが何かまでは聞かねぇが……そもそも未来で起きる事件が解決出来なくなる可能性があるわけか……」
「ちなみにラスボスを倒せなかった場合、府中野市が滅びます」
「おいおい」
「さらに裏ボス発生フラグが成立していた場合、ラスボス前に裏ボスを倒さないと、日本が滅びます」
「おいおいおいおい」
何せ、表だろうと裏だろうと、相手は神様ですからね。
邪神の類ではないのが救いではありますけど、気まぐれに世界を滅ぼすタイプの神ではあります。特に裏ボスは。
「懸念……ご理解頂けましたか?」
「実際、そういうバッドエンドは?」
「ありましたよ」
「まじかー……」
何杯目とも分からなくなってきた白ワインをあけてから、草薙先生は顔を上げます。
「とりあえず、だ」
お酒のせいか少し赤みを帯びてきていますが、表情は真剣なままに草薙先生は告げました。
「知識と流れが違えども、表裏のラスボス撃破できるように立ち回るってのが、鷲子ちゃんの理想ではあるよな?」
「そうですね。それと、主人公との恋人ルート完全回避です」
どうせなら『極・炎属性回避』みたいなノリの『極・恋人ルート回避』みたいなスキルが欲しいです。そんなもの現実どころかゲームにもないのですけれど。
「ルート回避の話は置いておくとして」
「置いておいて欲しくはありませんが」
「置いておくとして」
すかさずツッコミを入れると、すかさず力強く脇へと寄せられてしまいました。
「目的地がラスボス二体の撃破ってコトであれば、別に知識通りの流れである必要はないよな」
「え?」
キョトンと私が目を瞬くと、草薙先生は人差し指を立てて告げます。
「いいかい? 君の知識の中には、本編開始前の時代の出来事ってほとんどないんだろう?
多少のスピンオフとか外伝なんかが、メディアミックスとかであったとしても、それがすべてってワケじゃない。
それに――当たり前だけど、ここは現実だ。
ゲームでは賑やかしにすらならない名無しのモブも、現実では名前があるし、意志はあるし、生活もある。生きた人間だ。モブなんて奴は存在しない」
頭では理解していたはずのことを改めて他人の口から告げられると、ハッとするような心地になります。
「つまりゲームには存在しないイレギュラーなんてのは、山ほど存在するんだ。むしろそっちの方が多い。
ゲームの流れが運命のようなものだとしても、そこに至る道のりはすでにズレている。
もたらされる結果が運命通りであっても、そこに至る道順は運命通りには――きっと、もうならないだろうさ。
そもそも、君が前世の記憶って奴を取り戻し独自に動き出した時点で、君が進もうとしているのは未知なる道なんだよ。
当然、そこには未開拓の荒野が広がっている」
そうです。
そうでした。
私という存在がそもそもイレギュラー。
ならば、すでに知らない出来事が起きてしまっても不思議ではないんですよね。
もしかしたらゲームでは語られていない前日譚に、錐咬との戦いが存在していたかもしれません。だとしても、彼と戦ったのはきっと十柄鷲子以外の誰かだったはず。
それを私が担ってしまった以上、草薙先生の言う通り――どうあってもこの先に広がるのは未知なる荒野でしかないのでしょう。
「時には運命に従い、時には運命に抗い……荒野を切り拓いていくしかない」
そこまで説明をしてから、草薙先生はどこか保護者のような眼差しをこちらに向け、諭すように告げました。
「だからこそ、君がやりたいコトをやる為にはね……鷲子ちゃん。
そのやりたいコトは、運命通りになるように道を整備するコトじゃあない。
鷲子ちゃん、君がやりたいコトの為に、やらなければないないコトは――最終的に運命と同じような事件の解決を迎えられるようにするコトだ。
未知なる荒野を歩みながら、例え知識と異なる手順、異なる流れであったとしても、最終的に必要なフラグを立てられればそれでいいのさ。
解決の手順も、解決の仕方も、終わりの迎え方すら知識と違ったとしても、本当に必要なのは、君が納得できる場所へと到達するコトじゃないかな?
その為に、必要なコトとやりたいコトをやっていけばいいのさ」
草薙先生の言葉は目から鱗でした。
可能な限り運命の通りに進ませつつ、自分に不都合なフラグだけは回避しようだなんていうのは、きっと虫が良すぎる話なのでしょう。
自分がフラグを回避すれば当然、その余波がどこかへと影響を与える。そうでなくとも、見ず知らずの人を助けることが、別のフラグ成立になってしまったりだってあり得ます。
バタフライエフェクトなんて大層なものではないんです。
自分の行いによる小さな小さな必然的変化は、どこかに何かしらに絶対に発生するというお話です。
それならば――自分の行いで必要なフラグが折れてしまったのならば、何らかの手段でフラグを立て直せばいい。そういう考えでいた方が、気持ち的にはきっとラクです。
「ありがとうございます。懸念が消えたワケではないですが、精神的にはかなり余裕がもてるようになった気がします」
「そうかい? そいつは何よりだ」
そう笑って草薙先生は白ワインをあおると、何度目かのおかわりを頼みました。
「あとでネタにしても構わないってーなら、何でも相談してくれよ。
あたしは、鷲子ちゃんの協力者になってやるからさ」
草薙先生がそんなことを言うものですから、気のせいかもしれませんが、脳内で協力者との絆関係成立時のナレーションが流れたような気がします。
これは、モノさんの時には感じなかった感覚です。
きっと歓迎すべき感覚……ですよね?
「さて、堅苦しい話はこの辺りまでにしてさ、ちょっと興味本位の話とかしていい?」
「内容にもよりますけど……」
私がうなずくと、ニヤリと先生は笑ったのでした。
このあと、TSした感想だとか、記憶の自覚の仕方だとか、そういう話を根ほり葉ほり聞かれてしまいました。
……まぁ先生が望んでいるようなネタは特になかったような来もしますけどね。
「ちッ、鷲子ちゃんの存在はそのままに記憶だけが生えたようなタイプか。
これじゃあ雌堕ちとか、女体化した自分への感想とかが楽しめないじゃねぇか……」
舌打ちする先生の呟きなんて、聞こえません。
【CHECK!!】
草薙つむり と 山羊の絆 が成立しました。
【INFO】
これにて第一章終了となります。
毎日更新はここまでとなります。
第二章の開始はもう少し書き貯まったら開始予定です。