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34.草薙先生とお食事を


 ヘアー&エイリアンのコアと戦ってから数日後の放課後。


 私は府中野(こうや)駅へとやってきています。


 府中野駅は、桜谷駅から電車に乗って、二駅目。

 その名前の通り、府中野市の中心地――いえ、正しくは西の中心地でしょうか。


 府中野市は、真ん中に川が流れ東西に別れているので、こちらは西の中心地。


 東の中心地は桜谷駅周辺――ではなく、桜谷駅からバスで行くことが出来る桜谷ニュータウン駅周辺でしょう。

 そこには、主人公(HERO)の居候先がありますので、近い内に覗きにいきたいとは思っています。


 ともあれ、本日私がやってきているのは、府中野駅。

 それも繁華街ではありません。繁華街とは反対側の出口にある『巳神(みかみ)銀座商店街』の一角です。


 名前からして、かつてはこちら側が繁華街だったのでしょうけれど、今は地味な雰囲気の飲み屋街のようになっている場所。


 そこに立ち並ぶ雑居ビルの一つ。その二階にやってきています。

 一階はテナント用の郵便ポストやゴミ置き場。三階は雀荘。四階は歯科医となっているこの建物の二階に何があるかといいますと――なんと、フレンチレストランです。


 しかも高級路線というわけではありません。この商店街通りの外側は大通りでオフィスビルも少なくありませんから、そこに勤める人たちのランチタイムを狙っているような、お手ごろ価格のお店でした。


 もちろん、そんなお店に一人で来ているわけではありません。

 もともと引きこもり気質の中学生が知る由もないお店ですしね。


「急な誘いなのに、付き合ってもらちゃって悪いね」

「いえ。素敵なお店を紹介していただけましたし、誘ってくれて嬉しいくらいです」


 タラのポワレを口に運びつつ、白ワインを楽しんでいるのは、草薙つむり先生。

 この人に誘われて、一緒に食事にやってきています。


 私はサラダバーから持ってきた新鮮な野菜を口に運びながら、笑い返しました。


 野菜も美味しいのですけれど、お酢・レモン・油・塩・胡椒を混ぜ合わせたシンプルなフレンチドレッシング(ヴィネグレットソース)がとても美味しいです。

 食べただけでは分からない隠し味やハーブ、スパイスなども使っているのかもしれませんが、いくらでも野菜が食べられそうな味をしています。


 そして私がメインディッシュとして注文したのは、ラムの赤ワイン煮込み。

 こちらも大変美味しいです。

 お肉はとろけるように柔らかく、だけどラムの風味は損なわれない完璧なお仕事。

 付け合わせ(ガルニチュール)として添えられた、甘みを抑えつつ柔らかく仕上げられた人参のグラッセと、粗めに作られたマッシュポテトも、煮込みソースとの相性は抜群です。


 マッシュポテトにソースを吸わせ、パンと一緒に頂くのも美味くて、顔が緩んでしまいますね。


「本当に美味しそうに食べてくれるね。連れてきた甲斐があったってもんだ」


 白ワインのおかわりを飲みながら、草薙先生にそう言われて、ちょっとだけ恥ずかしくなってしまい口元を押さえます。


「男女問わず、メシを美味しそうに食う奴ってのは好きだからさ、そんな恥ずかしがらずに好きなだけ食べてくれよ」


 そんな私の様子をひとしきり笑ったあと、草薙先生は少しだけ真面目な顔になりました。


「食べながらでいいからさ、ちょっと良いかい?」

「はい」


 アルコールの代わりに頼んでいた赤ブドウジュースで口を湿してから、私はうなずきます。


「あたしの能力――でんでん虫の(マイマイ・)想い出研究室(メモリーズ)の基本能力は、他人の記憶を読みとるコトだ。

 ご存じの通り、そいつを使って小説のネタを集めるのがあたしの趣味みたいなモンでね」


 黒、白、赤――とコ・マイマイは色ごとに特性が違うそうですが、そこは脇に置くと告げて、先生は話を続けます。


「手に入れた秘密を言いふらすつもりはないよ。

 能力で手に入れたとはいえ、その情報は個人のプライベートばかりだからね。

 ネタにはするけど、あくまでも作品内のネタにおけるモデルとしての利用に限っている」


 そのくらいの良識はあるからね――と、苦笑したあとで、それでも……と、草薙先生は私を見ました。


「手に入れた秘密の内容によっては、相手にどうしても確認しないといけないコトってのはあるもんさ」


 ええ――そうでしょうね。

 草薙先生が私の記憶を覗いているのであれば、気になってしまう部分は多々あったことでしょう。


「リアル転生者の鷲子ちゃんは、前世の記憶をどう使うつもりかな?」


 その真っ直ぐな瞳は、普段のだらしなさとは正反対。

 きっと草薙先生の心の奥底にある正義感や生真面目な責任感などの部分からくるものなのでしょう。

 

 はぐらかすようなことはせず、真面目に解答する場面――かもしれませんね。

 誠実に、返答することにしましょう。


「まず一つ。異世界転生とはちょっと違うのでそこまで知識の活用はできないと思います。何せ現代日本から平行世界の現代日本への転生ですからね。基本的な生活様式などで大きな違いはまずありません」

「確かにそれだと異世界ファンタジー的な知識チートも微妙だわな」


 微笑んでうなずいてくれる草薙先生。

 ご本人もそういう作品を手がけているだけあって、話がはやいです。


「とはいえ、前世ではこの世界の出来事を学園モノRPGとして体験はしています」

「鷲子ちゃんはその作品のヒロインの一人なんだろ?」

「はい。そういう意味では一種の未来予知的な知識チートはあるかもしれません」

「ふむ」


 真面目な顔をしてうなずく草薙先生に、私は苦笑を向けます。


「どうしたの?」

「その知識を使って行う目的は、しょうもない話なんですけど」

主人公(HERO)とイチャイチャしたくないって奴?」

「はい」


 うなずくと、草薙先生も思わずといった様子で苦笑しました。


「そこがよく分からないんだけど、詳細を聞いてもいい?」

「ええっと……ですね。そのゲーム、女性キャラとの恋愛要素もあるんですよ。

 絆イベントといって、男女問わずパーティメンバーとか協力者の人たちと仲を深めていくっていう。

 そんな絆イベント中で女性キャラに関しては、仲を深めていくにつれ以降の絆イベントを友情ルートにするか、恋愛ルートにするかの選択が出来るシステムでして……」

「イチャイチャしたくないっていうのは、主人公との恋愛ルートに入りたくなっていってコトか」

「そうなんです。作中屈指の砂糖ルートだとか、苦めのブラックコーヒー必須だとか言われてるルートなものでして……」


 笑いを噛み殺しているかのような表情をしはじめた草薙先生に、私はわりと切実な顔で告げます。


「草薙先生なら理解して頂けると思うんですけど、前世の記憶が叫ぶのです。

 主人公になってヒロインとイチャイチャしたいのであって、ヒロインになって主人公とイチャイチャしたいワケではない、と」

「あー……」


 すると、突然合点がいったような顔をして、呻きました。


「そうか。なるほど。そうだよな。うん。笑ってごめん」


 それから至極真面目な顔をして謝罪してくれたので、理解して貰えたのでしょう。


「ところでさ、ゲームジャンルがRPGだったってコトはラスボスみたいのいたんでしょ?」

「実はそこも問題がありまして」

「だろうね」

「ゲームだと、主人公(HERO)は他者と絆を深めるほど強くなるという能力の持ち主であり、人と仲良くなるコトが主人公を強化するシステムとして組み込まれているんですよね。

 なので、イチャイチャはしたくないんですけど、ある程度は仲を深めていかないと……」

「あー……この世界でもそういう能力であった場合、鷲子ちゃんが距離を取りすぎると、主人公(HERO)がラスボスに勝てるようなスペックに至らない可能性があるって話か。

 ましてや鷲子ちゃんはパーティメンバーの一人だから、システム的にも強化値が高く設定されている可能性がある、と」

「理解が早くて助かります」


 そう。これが本当に問題なんですよね。

 だけど、悩みはこれだけで終わるワケではなく――


「それと、さし当たっての問題がもう一つ」

「……大変だね、鷲子ちゃんも」


 同情的な視線を向けながら、通りすがりの店員さんに白ワインのおかわりを注文した草薙先生は、改めてこちらを見て、話の先を促してきました。



【TIPS】

 サラダバー付きディナーセットは、各セット1800円。

 ドリンクは別料金。

 ソフトドリンクは各種300円~

 アルコールは各種400円~

 飲み物の二杯目以降のご注文は半額になります。


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